第35話 祝賀会にて

<アケア視点>


「ぜひエスガルドの王都と貿易いたしましょう!」


 アケア領に現れたセレティアは、そう言ってお辞儀をした。

 突然の事に僕は驚いてしまう。


「そんな急に!?」

「はい! ようやく多大な恩をお返しできる機会ですから!」


 エリン様や魔族騒動のこともあり、セレティアは恩を返したいそうだ。

 でも、セレティアはすぐに付け足した。

 

「もちろん対等な貿易ですよ。差があると後々に軋轢あつれきが生まれますので」

「なるほど……」

「わたしたちからは主に加工品を。こんな物なんてどうでしょう」


 セレティアはパッと両手を開く。

 それにはフィルが真っ先に反応した。


「王都で加工された、宝石やアクセサリーです」

「はわわわ……!」

「他には装備などもあります。技術には自信がありますので、冒険者の方々にもお役に立つかと」


 それから、セレティアは向こうの『ソコソコ平原』を指した。


「アケア領からは平原の特産物を頂けたら嬉しいです。もちろん吸い尽くそうなどとは思ってません」

「フルーツとかはここ限定らしいね」

「はい。それを基に今後は農業などされてもよろしいかと」

「はえー」


 すると、今度は不安げに下から覗いてくる。


「それで、いかがでしょうか……」


 途端に自信なさそうだ。

 今の話も僕が了承しなければ成立しないからだ。

 でも、こちらには断る理由なんてなかった。


「もちろん! よろしくね、セレティア!」

「……! よろしくお願いします、アケア様!」

「「「おおお~」」」


 何の「お~」から分からないけど周りは湧いた。

 やっぱりエスガルドの王都と言えばすごい相手なのかもしれない。

 すると、セレティアはボソっとつぶやく。


「そしてゆくゆくは領主同士で……」

「え?」

「い、いえ! なんでもありません!」

「そう?」


 最後の方は聞こえなかったけど、セレティアは手を差し伸ばしてきた。

 僕も迷わず応える。


「今度ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ!」


 セレティアが相手なら安心できる。

 むしろ願ってもない話だった。


「「「……!」」」

 

 そして、僕が了承した瞬間、サササっと横を走って行く人達がいる。

 アケア領の商人たちだ。


「それではこちらの条件は~」

「ではこちらからは~」

「「ほう、ありですな!」」


「あははは……」


 早速セレティア側の商人と交渉をしているみたいだ。

 あの熱量なら任せても大丈夫だろう。

 難しそうな話なので僕の出る幕はないかな。


 エスガルドの王都と良い関係を結ぶことができれば、きっと領土も心配ない。

 これで条件通り、僕も自由に活動できるだろう。


「うーーーんっと」

 

 そうして、気持ちを楽にしていると、後ろでは何やら起きている。


「「「アケア領ばんざーい!」」」

「「「ばんざーい!」」」

『『『ばんざーい!』』』


「なんだあれ……スライム達もいるし」


 とにかくアケア領は良い場所になりそうだ。

 今までフォーロス家に従わされていた分、のびのびと過ごしてくれたら嬉しいな。

 それから、最後にセレティアが声をかけてくる。


「アケア様。実は、ある準備をしてきておりまして」

「なんの?」

「ささやかながら祝杯の準備を」

「え、すご!」


 セレティアが手を向けると、馬車からは食べ物やお酒が出てきた。

 再び丁寧な姿勢になったセレティアは、僕に手を向ける。


「本日は祝賀会なんていかがでしょうか」





 その日の晩。


「「「あっはっはっは!」」」


 アケア領の中心、迎賓げいひん館では盛大なパーティーが開かれていた。

 ゲストはセレティア一行、参加者はアケア領のみんなだ。


「みんな元気だなあ」


 パーティーも後半に差し掛かり、僕は一休みしている。

 先程まで、挨拶やらお話やらが結構あったからだ。

 ちょっと慣れなかったけど、みんなの楽しそうな顔は嬉しかった。


 すると、隣にそっと立つ人が現れる。


「ここにおられましたか、アケア様」

「ちょっと休憩だよ」


 セレティアだ。

 彼女も色々とお話をしていたので、二人で話すタイミングは無かった。

 すると、セレティアは口を開く。

 

「アケア様はすごいですね」

「え?」

「初めてお会いした時から、あっという間に領主になられて」

「なったというか、させられたというか……」

 

 僕の答えに、セレティアは首を横に振る。


「いいえ。全部アケア様の力です」

「そうかな?」

「はい。そんなアケア様とご縁を頂けたことは、わたしの誇りです」

「……っ!」


 窓からの夜風が、セレティアの金髪を撫でる。

 軽く横髪を抑えながら笑ったセレティアの表情には、少しドキドキしてしまった。

 だけど、むーっと目を細めたセレティアは、ふいにたずねてくる。


「それはそうと、フィル様とはどういうお関係なんですか?」

「関係って、ただの冒険者仲間だよ。テイマー同士で仲良くしてるだけで」

「……! それは良かったです!」

「うん?」

 

 良かったの意味は分からないけど、セレティアの顔は晴れた。

 もし変な事を言っていたらと思うと、ちょっと恐ろしい。

 すると、セレティアはすっと手を差し伸ばしてくる。


「それでは、わたしと踊っていただけませんか?」

「踊りを? ……あ」


 周りを見渡せば、二人組でダンスをしている人達がたくさんいた。

 祝いの場ではダンスをするんだっけ。

 でも、養子出身の僕はしたことがない。


「あの、やり方が分からなくて……」

「ふふっ。アケア様にも弱点があったのですね」

「だから他の人と──」

「いいえ、アケア様と踊ります!」


 そうして、セレティアは僕の手を引っ張る。


「たまには私からリードさせてくださいね」

「わわっ!」


 そのまま僕たちは中央に躍り出た。

 すると、周りがわっと湧き上がった。


「おお、みんなあれを!」

「アケア様とセレティア様だ!」

「主役の登場ですな!」

「これは素晴らしい!」


「うっ……」


 ダンスをしたことがないのに真ん中に出るなんて。

 恥ずかしさで顔を覆いたくなるも、セレティアはふっと微笑んでくれた。


「周りは関係ありません。わたしたちなりに踊りましょう」

「わ、わかった」

「ではいきますよ」

「……うん!」


 セレティアがリードしてくれる中、見よう見まねで合わせてみる。

 自分でもぎこちないのが分かるけど、なんとなく踊れている気がした。


「上手くできてるかな?」

「ええ、お上手ですよ。アケア様らしくて素敵です」

「それって褒めてる!?」

「もちろんですっ」


 セレティアの動きを見ていると、段々と緊張もほぐれてくる。

 というより、周りがあまり気にならくなった。

 今はセレティアと楽しみたいと思ったんだ。


「合ってきましたね」

「なんとか!」


 すると、僕たちのダンスはみ合う。

 まだリードはできないけど、セレティアと呼吸を合わせられるようになってきた。

 徐々に視線が合う回数も増え、胸が高鳴っていた。


 また、隅っこではスライム達もおててを繋いで踊っている。


『ららら~』

『るるる~』


「あははっ」

「ふふっ、かわいいですね」


 そうして、ついに演奏が終幕を迎える。


「アケア様、ポーズを」

「う、うん!」


 セレティアと対照的になるよう手を広げた。

 周囲の人達は大きな拍手を送ってくれる。


「アケア様ー!」

「セレティア様、ご立派になられて……!」

「これでアケア領は安泰ですな」

「ええ、お相手があのヒルナーデ家であれば」


「ん?」


 でも、時々不思議な会話が聞こえてきていた。

 その意味については、僕はに知る事になる。

 この国では、ダンスは“親しき男女の仲”でするものということを。


 こうして、アケア領の祝賀会は終えたのだった──。





 数日後。


「恥ずかしい……」


 僕は旧フォーロス家屋敷である“スライム殿てん”で、赤い顔を抑えていた。

 ダンスについての意味・・を聞いたからだ。

 ただ、恥ずかしさもだけど、申し訳なさもある。


「セレティアは僕なんかで良かったのかな」


 でも、セレティアから誘ってくれたしなあ。

 もしかしたらセレティアも深い意味を知らなかったのかも。

 

 と、そんな事を考えている所に、魔境の森から念話が入る。


『アケアよ!』

「ん、どうしたの?」


 長老スライムさんからだ。

 声色はどこか緊急性を思わせる。

 すると、長老スライムさんは口にした。


『ついにあれ・・が動き出した』

「……!」


 ──あれ。

 それは僕が魔族の存在を知るきっかけになった、森での一件に関わるものだ。





───────────────────────

不穏な終わりでしたが、ひとまずアケア領は無事に発展していきそうです!

それにしても、セレティアは確実に外堀を埋めてきていますね……。

実は、作中一番の策士なのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る