第31話 伯爵級魔族

 「伯爵級魔族のハーティですっ」


 うふんっとセクシーポーズを取りながら、ハーティは口にする。

 だが、聞き逃してはいけない言葉があった。


「伯爵級……!」

「そうよ~、結構強いでしょっ」


 この前戦ったグラヴィルが、子爵級。

 その一つ上の階級という強さに加えて、三つの覚醒ギフト持ち。

 これ以上ないほど厄介な相手だ。


「じゃ、いくわよ~」

「……!」


 その腑抜けた声とは裏腹に、ハーティはものすごい速さでアケアに迫る。

 これは【覚醒・剣聖】のしゅんびん性だ。


「【げん斬獄ざんごく】」

「ぐぅっ……!?」


 そのまま飛び出すのは、無数の斬撃。

 ハーティが剣にしているのは、先がハートの形をした自身の尻尾だ。 

 だが、ラブリーな見た目とは違って、凶悪すぎる威力である。


 これは【覚醒・剣聖】のスキルだ。


「あら、よく耐えきったわね」

「この程度で負けられない!」

『『『られないー!』』』


 それでも、アケアはぷにぷに全身武装アーマーの結束力で防ぎ切る。

 さすがの防御力だが、表情には焦りが見られた。


(このレベルのスキルをたくさん持っているのか……!)


 覚醒ギフトのスキルは、通常スキルとは一線を画す。

 アケアの周りに覚醒者はいなかったため、受け続けるだけではジリ貧になる可能性が高い。

 ならば、やることは一つ。


「こっちから行く!」


 攻めこそ最大の防御。

 やられる前にアケアが押し勝つつもりだ。

 しかし、ハーティは妖艶ようえんな表情を浮かべる。


魔法こちらもお忘れなくっ」

「……ッ!」


 前に出るアケアに対して、待っていたのは凶悪な魔法の数々。

 【覚醒・魔女】由来の魔法だ。

 アケアと同じく多属性を使い、視界のほとんどを埋め尽くす弾幕だ。


 それには、スライムが声を上げる。


『アケア、きついー!』

「!?」


 ぷにぷに全身武装アーマーに組み込まれた、食いしん坊スライムだ。

 その声を聞き、アケアはとっさに回避を選ぶ。

 

『魔法が多すぎるよー!』

「……! わかった!」


 魔法防御担当である食いしん坊スライムですら、一度に消化しきれない弾幕だったようだ。

 これでは、グラヴィルの時のような直線の突っ込みはできない。


「あらあら、強気な姿勢はどこへ行ったのかしら?」

「ぐっ……」


 宙に浮きながら、ハーティは誘惑するような表情で足を組む。

 重なった太ももはムッチリとし、下着もちらりと見えている。

 まるでアケアを玩具おもちゃだと思っているような態度だ。


 その余裕には、理由があった。


「ん~、この程度じゃあれ・・を出す間でもなかったかしら」

「なんのことだ!」

「ほら、向こう向こう」

「……!」


 ハーティが指したのは、市街地の方だ。

 そこには、フィルをはじめとした冒険者たちが包囲網を引いている。

 だが、アケアはハッと何かを察知した。


「この魔力量は……!?」

「うふふっ、私のペット♡」







 フォーロス領、市街地近く。


「退避! 退避ーっ!」

「「「うああああああ!」」」


 包囲網を張っていた冒険者たちが声を上げている。

 相手にしている魔物を、街に近づけさせない為だ。

 だが、その相手は──“化け物”だ。


「グルオオオオオオオオオオ!」

「「「……!」」」


 黒ずんだ毛皮が巨大な体を包む姿は、黒いマンモスのようだ。

 化け物は、大地にとどろ咆哮ほうこうを上げ、冒険者をかくする。


 この魔物は『ビーストデーモン』。

 古代に魔族に飼われていたと言われ、人々の前に出た時には“災厄さいやく”をもたらすとされている。

 

 ランクは測定不能。

 まさに未知の化け物である。

 これがハーティの“ペット”だったのだ。


「グルオオオオオオ!」

「「「……!」」」


 ビーストデーモンの周囲には、黒いオーラがまとわれている。

 これに触れた冒険者は直ちに衰弱し、動けなくなったのだ。

 冒険者は牽制けんせいしながら退避するしか手段がない。


「こんなの一体どうすれば!」

「けど簡単に引けねえだろ!」

「ああ、なんて言ったって!」


 冒険者たちは後方をちらりと見る。

 ビーストデーモンは真っ直ぐに市街地へ向かっているのだ。

 ここまま引き下がるだけでは、すぐに市街地は焼け野原になるだろう。


 すると、後方から声が聞こえてきた。


「皆さん!」

「「「……!」」」


 現れたのはフィルだ。


「ここは私が前に出ます!」

「フィルちゃん!? どうするつもりだ!」


 助けはありがたいが、フィルはただのDランク冒険者。

 周りから見ても決して強いとは言えなかった。

 それでも、フィルは強い目で両隣を見た。


「この子たちが止めるって言ってるんです!」

「くぅん!」

「ぎゃう!」


 子犬のシロロン、ドラゴンのドランだ。

 二匹はビーストデーモンにもおびえず、むしろ真っ直ぐ向き合っている。

 ここで倒すつもりのようだ。


「グルオオオオオオオオオ!」

「「「……!」」」


 すると、ビーストデーモンは再び咆哮を上げる。

 フィル達を認識したのだろう。

 対して、シロロンとドランも負けじと遠吠えを上げた。


「くぉぉぉぉぉぉん!」

「ぎゃうううううう!」

「これは……!」


 その意思を示すように。

 強大な敵に対抗するように。

 二匹の体はみるみるうちに大きくなっていく。


 そうして、フィルの両隣でたくましい姿を見せた。


「クォン」

「ギャウ」


 気高いたたずまいは、そこらの魔物と一線を画す。

 まとうオーラは、ビーストデーモンと正反対の神々しさだ。

 その姿は、“古代の魔物”特有のものである。


 シロロンは、古代の白狼“フェンリル”。


「クォン」


 ドランは、古代の竜種“いにしえのドラゴン”。


「ギャウ」


 本来の姿を取り戻した二匹は、冒険者たちの前に出る。

 図らずも、二匹とビーストデーモンの先祖はかつて争い合っていたのだ。


「クォォォォォォォン!」

「ギャウウウウウウウ!」

「グルオオオオオオオ!」


 古代を再現するような戦いが、いま行われようとしていた。





 再び、ハーティとアケアの戦場。


「フェンリルと古のドラゴンですって……!?」


 感知で市街地の様子を把握したハーティは、初めて余裕の表情を崩す。

 ビーストデーモンで全て終わりだと見込んでいたが、予想外の対抗が出てきたからだ。

 対して、アケアはこくりとうなずいた。


「あっちは大丈夫そうだね」

「……あなたはこうなることを見越して?」

「いや、友達を信じているだけだよ」


 すると、アケアも口角を上げた。


「これでスライム達を結集できる」

「……!?」


 同時に、各地のスライムの転送を完了した。

 魔境の森、ソコソコ草原、エスガルドに散らばらせていたスライムを、全てここに集結させたのだ。


 その数は──およそ1000匹。


「いくよ」

「……!」


 アケアは全スライムに指示を出した。


 全方位からハーティを囲うように。

 強すぎる自分の攻撃・・・・・・・・・が周りに被害を与えないように。


「【スライムドーム】!」

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