第26話 出会った子犬

<三人称視点>


「フィル、あれを見て!」


 アケアが指差した方向に、傷ついている子犬を発見した。

 汚れているが、白い毛並みを持っている。

 フィルはすぐさま駆け寄ると、あることに気づく。


「この子、さっきまでテイムされてる!」

「くぅん」


 テイムスキルの紋章が浮かび上がっていることから、ほんの少し前までテイムされていたようだ。

 だが、あるじは見つからず、明らかに弱っている。


「この状態で放置なんて……」

「くぅん……」


 フィルはテイムした魔物には、必ずありがとうと伝え、元の状態で見送る。

 助けてくれたことに感謝しているからだ。


 しかし、これは使い捨てのようなもの。

 使えなくなったから捨てる、動かなくなったから捨てる、そんな様に扱われたように見える。


 また、紋章は少し経てば消えていく。

 この近くに元の主がいるのだろう。


 だが、探すまでもなくその者は現れた。


「お、その犬をテイムすんのか」

「あなたは?」

「俺は冒険者でテイマーのネガトだ。一つ忠告するよ、そいつはやめとけ」

「……どうして?」


 じっと見つめたフィルに、ネガトは笑って返す。


「雑魚だからだよ」

「!」

「テイムしても何も還元されねえしよ。知らねえ奴だったから試しにテイムしてみたが、全然ダメだ。何もできやしねえ」

「……だからそのまま捨てたの?」

「そういうことだ」


 ネガトはバカにした笑いのまま去って行った。


「お前もテイマーなら分かるだろ。テイマーは使える奴をいかに使うかだ。不遇職なら不遇職なりに頭使わねえとな」

「……回復薬」


 そんなネガトを見ながら、フィルは子犬を回復させた。

 すると、子犬はフィルの太ももにほっぺをすりすりさせてくる。


「くぅん」

「ふふっ、良かったね」

「くん!」


 フィルにはアケアが声をかけた。


「テイマーってああいう人もいるのかな」

「まあ間違ってはないし、悪いことをしてるわけではないからね」

「うん……」

「でも、私は違う考え方かな」


 対して、フィルは子犬をなでながら答える。


「私たちテイマーは助けてもらってる方だから。せめて最低限の敬意は払いたい」

「やっぱりフィルは良いテイマーだね」

「そ、そう? ちょっと照れるかも」


 使役ではなく、助けてもらっている。

 フィルにはそんな考え方が根付いているようだ。

 

 そうして、元気になった子犬は走り回る。


「くん、くぅん!」

「ぎゃうぎゃう!」


 ドランにお辞儀をして、二匹は仲良くはしゃぎ始めた。

 アケアとフィルは微笑ましく様子を眺める。


「ドランとも仲良しみたいだね」

「ふふっ、かわいい」


 互いに惹かれ合うもの《・・・・・・・》があったのかもしれない。

 するとフィルは、アケアにたずねた。


「この後はこの子も連れて行っていい?」

「もちろん! ドランも喜んでいるし!」

「ありがとっ!」


 そうして、立ち上がったフィルは子犬を誘った。


「じゃあちょっと一緒に行こっか」

「くぅん!」





「そーっと、ゆっくり近づくんだよ」

「くぅん」


 木陰に隠れ、フィルが子犬に伝える。

 標的にしているのは虫の魔物だ。


「それ今だ!」

「くん!」

「ギイイイ!」


 的確な指示を出すと、子犬はしっかりと役目を果たした。

 フィルはうんうんと笑顔でうなずく。


「この子、結構すごいかも!」

「たまに片鱗へんりんを見せるっていうか、力を発揮する時があるね」


 それにはアケアも同意だ。

 ここまで何度か指示を出してきて、子犬は期待以上に働きを見せたのだ。


「じゃあ、あのネガトの指示が悪かったのかな」

「そうかもね。もう、こんなに出来る子なのに!」

「くぅん!」


 ねー、とフィルは子犬を抱き寄せる。

 フィルもすっかり気に入ったようだ。

 

 ──そんな時、アケアが目付きを変える。


「後方から魔物だ。かなりデカい」

「……!」

「ここは僕が出た方が良いかも」


 今回はフィルの願いでアケアが手を出さないようにしていた。

 だが、そうも言っていられない魔物のようだ。

 それでも、フィルは子犬に目線を合わせて口にした。


「私たちにやらせてもらってもいい?」

「くぅん」

「二人とも……!」


 フィルも子犬も覚悟を持った目だ。


「わがままかもしれないけど、危なくなったら退くから」

「くぅん」

「……わかったよ」


 アケアも二人に応え、魔物を待ち構える。

 すでに彼らを察知している魔物は、すぐに目の前に現れた。


「グオオオオオオ!」

「「「……!」」」


 Cランク魔物の『ナイルベアー』だ。

 ここらでは最上位クラスに強い魔物である。


 対して、フィルはDランク冒険者。

 おまけにテイムしている魔物はいない。

 条件はかなり悪いと見えた。


「いくよ!」

「くんっ!」


 それでも、フィルは子犬と共に前へ出る。


(今までの狩りから、この子の武器は“速さ”!)


 見つけた強さを生かすよう、フィルは的確な指示を出す。

 

「まずは飛び回って! 正面からじゃ力負けするよ!」

「くん!」

「グオ!?」


 指示通り、子犬はぴょんぴょんとあちこちを跳ねる。

 何倍もの体格差は、裏を返せばとらえにくいと言える。

 その速さを生かして、子犬はナイルベアーの後ろに回った。


「今だよ!」

「くぅーん!」

「グオオオ!」


 子犬は拾った木の幹をくわえ、ナイルベアーの急所にぶっ刺した。

 速さを加えたこの攻撃には耐えられない。

 ナイルベアーはそのままずしーんと倒れた。


「やったね!」

「くぅ~ん!」


 ハッハッっと嬉しげに走ってくる子犬を、フィルは全力で抱き寄せる。

 

「あはは、本当に倒しちゃったか」

「見守っててくれてありがと、アケア君!」

「ううん、これは二人の勝利だよ」


 アケアもつい微笑ましく光景を眺める。

 だが、そこに例の冒険者がやってきた。


「なーんだ、意外とやるじゃねえか」

「「……!」」


 子犬の元あるじのネガトだ。

 フッと笑ったネガトは、すっと子犬に手を伸ばす。


「そこまでやるんなら最初から言えよ。ほら、俺がテイムし直してやるぜ?」

「くぅん……」


 それには、フィルもキッとした目を向けた。


「あんた!」

「おっと、そんなに怒んなよ。弱ければ捨てる、強ければ育てる、俺は合理的なだけだぜ。それにお前もテイムしてねえじゃねえか」

「……わかったわ」


 そうして、フィルは子犬を地面に置く。

 しかし、ただ手放したわけではない。


「この子にどっちにテイムされたいか、選んでもらいましょ」

「フッ、いいだろう」


 すると、ネガトはニヤリとした顔で言葉にする。


「俺の指示が悪かったことは認める。だが、強くなるには俺の所に来い」

「……」

「くぅん……」


 対して、フィルは何も口にしない。


 “どちらにもテイムされたくない”。

 もしかしたら、子犬がそう思っているかもしれないからだ。

 このまま野生に帰るなら帰るで、フィルは止めるつもりもなかった。


 しかし、子犬はタッと走り出した。


「くぅん!」

「子犬ちゃん!」


 フィルの方向に向かって。

 愛おしい姿には、再度フィルは抱くように迎える。


「くぅん、くぅーん!」

「あははは、もー分かったよ~」

「くぅ~ん!」


 フィルをぺろぺろと舐め、テイムしてほしそうにしている。

 そんな中、アケアがネガトに告げる。


「だってさ。もう君に用はないよ」

「……チッ、後悔すんじゃねえぞ」


 ネガトは毒を吐いて去って行った。

 彼もただ合理的なだけなのだろう。

 だが、フィルとは違って愛はなかったのだ。


「じゃあテイムするね」

「くぅん!」


 そうして、二人に主従関係が結ばれる。


ーーーーー

フィル

MP :210/210

ギフト:中級テイマー(1)

スキル:【テイム】【中距離テイム】【従魔強化】【従魔解除リリース

魔法 :なし

ーーーーー


「あらら、本当に魔法は無しだ」

「くぅん?」

「あ、ううん、こっちの話だよ」


 フィルに魔法が還元されないのは、子犬が魔法を身に付けていないからだ。

 それでも、フィルは不思議と決意することができた。


「決めた。私、この子をパートナーにするよ」


 アケアもその決断を笑わない。


「フィルが決めたなら良いと思う!」

「何かを感じるんだ。この子が実はすごいじゃないのかなって」

「ドランとも仲良しだしね」

「うんっ!」

 

 フィルはこの日一番の笑顔を見せる。


「よろしくね」

「くぅん!」

「かわいい~っ!」


 こうして、フィルは一匹の子犬をテイムした。

 パートナーと決めたため、しばらくリリースするつもりはないのだろう。

 子犬が本当にすごい魔物だと知るのは、もう少し後のことである──。







 一方その頃、フォーロス家。


「マルム、どういうつもりだ……」


 マルムの父ガロンは、苦し気に声を出す。

 対して、マルムはニヤリとした。


「どうもこうもねえよ。親父、世話になったな」

「ま、待てマルム! ──かはっ!」


 マルムはそのまま返り血を浴びる。

 父にだけは従っていたマルムがまるで急変したようだ。

 

 それもそのはず──


「来いよアケア。ぶっ潰してやる」


 その目は何者かに支配されている様だった。

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