第25話 依頼の約束

<アケア視点>


「アケア君ってフォーロス家にいたの!?」


 茶髪ショートを揺らしたフィルが、身を乗り出して聞き返してきた。

 僕もこくりとうなずく。


「そうだよ」

「だからマルム様とも知り合いみたいだったんだ……」


 マルムと対峙してから少し。

 僕はフィルと二人でギルドの酒場に来ていた。

 これからの事を話すためだ。

 

「あんなことをしちゃって大事おおごとにならないかな」

「少なくとも魔族騒動の件に関しては、これ以上好きにさせない。その後は……直接あの人・・・と話してみるしかない」


 僕は先程、フォーロス家に面談申請を出してきた。

 元父上であり現当主──ガロン・フォーロスと話すためだ。


「その、アケア君は大丈夫なの?」


 正直、ガロン・フォーロス様に良い思い出は無い。

 でも、僕は首を縦に振った。


「大丈夫だよ。過去の話をしに行くわけじゃないから」

「……そ、そっか」


 ガロン様に対しては、不思議と恨みは無い。

 あそこで勘当されたことで、森や王都での出会いもあったわけだし。

 だからその時のことを追及するつもりもない。


 僕はあくまで冒険者たちのため、マルムへの抑止力になるよう持ち掛ける。

 マルムに好き放題させないためには、それが一番有効だと思うから。


「まあ、許可が出るには数日かかるみたいだけど」

「さすがにすぐには出ないよね」


 あれでもってフォーロス家は侯爵家だ。

 すぐにホイホイと話せる立場でもない。

 すると、フィルが少し口を尖らせてつぶやく。


「じゃあ今は待機なんだ……ふーん……」

「ん?」


 そう言いながら、ちらちらと僕を見てくる。

 なんとなく察した僕は、受付を指差した。

 

「じゃあ、一緒に依頼でも受ける?」

「……! うんっ!」


 フィルの顔がぱあっと晴れる。

 僕から誘ってほしかったのかな。


 というわけで、約束していたフィルと依頼を受けることにした。





「ここが『ソコソコ平原』かあ~!」

 

 フォーロス領地から少し歩き、出てきた平原に声を上げる。


 草木は乱雑しておらず、風も涼しい。

 過ごしやすそうな自然といった感じだ。


 気持ち良い風景に腕を広げていると、フィルがこちらを覗いてくる。


「あれ、アケア君は初めて?」

「うん。僕は家から出してもらえなかったからさ」

「そうなんだ……」


 フォーロス家にいた時は、僕は別館から出ることすら禁止されていた。

 平原の存在は知っていたけど、こんなに良い場所だなんて知らなかったなあ。

 すると、フィルは優しく教えてくれた。


「私たち冒険者は、ここでよく狩りや採取をするの」

「なるほど。魔物の気配もするもんね」

「え、どこに!?」


 驚いた様子のフィルに、指で方向を示す。


「ほらあそこ」

「み、見えない……」


 フィルは若干引いた表情をしていた。

 僕は森での生活が身に付き過ぎたのかもしれない。

 気まずさから僕から話を切り替える。


「なるべく手を出さない方が良いんだよね」

「できれば。私から約束しておいて悪いんだけど……」

「ううん、魔族騒動が大変だったし息抜きにちょうどいいよ」

「そっか、ありがとっ!」


 フィルは僕からテイマーの心得を教わりたいそうだ。

 できるか分からないけど、僕なりの意識を伝えてみようと思う。

 ちょうど連れ歩きたかった子もいるし。


「スライム君、あの子をよろしく」

「ぷよー!」


 肩のスライムをなでなですると、【スライム収納】から魔物が出てくる。

 その子は出てきた瞬間に、気持ち良さそうに羽を伸ばした。


「ぎゃおっ!」

「ええ!?」


 いにしえのドラゴンさんの子ども、ドランだ。

 魔族に対峙させるのは気が滅入ったけど、ここなら大丈夫だろう。


「今のってアイテムボックス的なスキル?」

「うーん、かもね。僕もイマイチ原理が分かってなくて」

「アイテムボックスってそれ単体で最上位ギフトクラスなんだけど……」

「……」


 とにもかくにも、みんなで草原を歩くことにした。





「あ、これだ。依頼の薬草」


 しばらくして、フィルが目的の物を見つける。

 今回はテイマーについて教えることがメインだったため、依頼は楽な採取系だ。


「これで依頼は達成っ!」


 ただ、ここまで簡単に見つかったのはフィルの力だ。

 正確には、現在テイムしている『導きトンボ』が場所を案内してくれたからだね。

 

「ありがとうね、トンボ君」

「トンっ!」


 フィルは導きトンボをそっとなでる。

 でも、ここからが辛い所だ。


「じゃあ──【従魔解除リリース】」

「トン~!」


 フィルはテイムを解除して、導びトンボを手放す。

 本来のテイマーは無限に従魔にできるわけではないため、役目を終えた魔物はリリースするのが一般的だという。


 魔力を与えて、その分だけ助けてもらう。

 それがテイマーの形だそうだ。


「やっぱりアケア君からしたら変かな?」

「変だとは思わないけど、ちょっと寂しいね」

「そうだね。さすがにもう慣れたけどさ」


 少し無理に微笑むと、フィルはしゃがんでドランと視線を合わせる。


「でも、ドランとアケア君は不思議」

「え?」 

「だってテイムスキルを使ってないんでしょ? それなのにこんなに仲良しだからさ」

「ぎゃう~」


 【スライムテイム】しか持たない僕は、ドランをテイムできない。

 でも、ドランは言う事を聞いてくれる。

 どうしてかを考えると……答えは決まっているな。

 

「僕とドランは友達だから。ね、ドラン」

「ぎゃうぎゃう!」

「友達……」


 フィルは考え込むように口元に手を当てる。


「アケア君の強さはそこかもしれないね」

「どういうこと?」

「普通のテイマーは何て言うか、“冷めてる”のかも。後でリリースしなきゃいけないのが分かってるから、対価分しか魔力をあげないんだ」


 それから、僕を見上げて言葉にした。


「でも、アケア君は違うね。スライムともドランとも、なんだかスキル以上に絆で結ばれてる、みたいな?」

「絆かあ……」


 言われてみればそうかもしれない。

 

 片や勘当された人間。

 片や最弱の魔物。

 僕たちが魔境の森で生きていくには、協力するしかなかったから。

 

 でも、その経験は確実に今に生きてる。

 一緒に戦って、一緒に寝食をして。

 共に困難を乗り越えてきたから、いざという時に息を合わせられるのかな。


「僕とスライム達は、主と従魔というよりパートナーって感じかも」

「ふふっ、だよね。ちょっと羨ましいな」


 フィルは頬に手を当ててほほえむ。

 だけど、フィルの言葉の一部は違うような気もした。


「でも、フィルは冷めてるって感じはしないよ」

「え、そう?」

「うん。テイムをした後は必ずありがとうって言ってリリースしてるし」

「自然と言ってるから気づかなかったよ」


 そんなフィルになら、もしかしたらと思えることがある。

 

「フィルもきっとパートナーに出会えるよ」

「パートナーか……」


 フィルはまたうーんと考え込みながら歩く。

 それから、もうしばらく歩いた頃だった。


「フィル、あれを見て!」

「……!」


 傷ついて弱っている子犬を見つけたのは──。

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