第19話 絶望的な差と

 「どきやがれぇ!」


 乱暴に剣を振るいながら、マルムが森を駆ける。

 魔族が出現した地点に向けて一直線だ。

 その様子を、後ろから追うフィルも眺めていた。


(威力は確かに高い……)


 マルムは最上位ギフトの【剣聖】を授かっている。

 身体能力はかなり向上し、優秀なスキルも備わっているのだろう。

 加えて、手に持つのは、金に物を言わせた高級な剣だ。


「魔族とやらはどこだ! 俺が斬ってやるぜ!」

「グオオッ!」


 絶対に負けるはずのない魔物をなぎ倒し、分かりやすく調子に乗っている。

 その中で、ちらりとフィルに目を向けた。


「おい、てめえも役に立てよ。期待してねえがな」

「わ、わかりました」


 自ら周りを置いて行きながら、マルムは荒々しく指示を出す。

 理不尽ながらフィルはやれることを探した。


(私のできることは……あれだ!)


 近くを舞うちょうを見つけたフィルは、バッと手を伸ばす。


「テイム!」

「チョ~!」


 すると、テイムした従魔の能力がフィルに還元される。


ーーーーー

フィル

MP :260/260

ギフト:中級テイマー(1)

スキル:【テイム】【中距離テイム】【従魔強化】【従魔解除リリース

魔法 :強化魔法(←New!)回復魔法(←New!)

ーーーーー


 身に付けた魔法から、フィルは即効性が高いものを使用する。


「強化魔法──【速度上昇(小)】を全員に付与!」

「ほお」


 それにはマルムも少し口角を上げた。


「愚図にしては悪くない。せいぜいここで点数上げておくんだな」

「……っ」


 憎まれ口は減らないが、フィルは前を向いた。


(テイマーはできることが少ない。でも、お母さんのためにも頑張るんだ!)


 倒れた母のため、少しでも多く報酬をもらう。

 そのことに注力するのだった。


 ──と、そんな所に敵は現れる。


「ここにも獲物がいたか」

「「「……!」」」


 マルム一行の頭上から、声が聞こえてきたのだ。


「装備が違うようだな。別国か」

「お前が例の魔族か!」


 声の主はニタリと大きな口を広げる。

 月夜に照らされ、目は赤く牙は金色に光る。

 間違いなく情報に聞いていた“魔族”だ。


 ようやく目的にありつけたマルムは、フッとした表情で見上げた。


「獲物って、まさか俺に言ってねえよなあ!?」

「誰だ貴様は」

「フン、ならば教えてやろう!」


 マルムは腰を引き、剣を構えた。


「俺が【剣聖】を授かりしマルム様だぁ!」


 そのまま一直線に剣をつきたてる。

 しかし──


「この程度が剣聖だと?」

「バカな……!?」


 マルムの剣はピタっと止められた。

 無理をしている様子もなく、むしろ魔族は疑うような目で見る。


「人間はこんな雑魚を剣聖と呼ぶのか?」

「ふ、ふざけやがって!」


 頭に血が昇ったマルムは、その後も剣を振り回す。

 【剣聖】由来のスキルを用いているが、攻撃は一切魔族に当たらない。


「くそっ、くそがっ!」

「……ふむ」


 それどころか、魔族は余裕を保ち続けている。

 すると、マルムは周囲に怒りをぶつけた。


「てめえら! 俺と前に来やがれ!」

「「「……っ!」」」


 だが、ここには前線で戦える者はいない。

 どこまでも狡猾こうかつなマルムは、少しでも自らの戦績を上げようと、あえて前線職を自分一人にしていたのだ。

 周りにはサポート職しかおらず、自業自得と言う他ない。


 それでも、護衛たちは立ち向かった。


「「「うおおおっ!」」」

「貴様らに用はない」

「「「ぐわああっ!」」」


 しかし、魔族の振り払いでいっしゅうされてしまう。

 そんな状況を見てか、魔族もマルムを見限った。


「これ以上は計る価値すらないか」

「なっ! ぐあああああっ!」


 たった一撃。

 手から放たれた魔力の塊が直撃し、マルムはその場に転げる。

 

「剣聖とやら。もう終わりか?」

「……っ!」


 今の攻防だけでマルムは自覚しそうになる。

 自分と魔族の間にある絶望的な差を。

 同世代でも飛びぬけて強かったはずが、自分では決して敵わないと。


(これが、魔族……?)


 もてはやされてきた分、崩れた時のメンタルは弱い。

 恐怖で足がすくみ、魔族がコオオと溜める魔力の前に動けないでいる。


「散れ。愚かな人間よ──【悪魔球デーモン・ボール】」

「あぶない!」


 魔族が攻撃を放った時、誰かがマルムを庇うように飛び出した。

 間一髪マルムを救ったのは、フィルだった。


「お、女!?」

「これで、回復を……」


 そして、自分の方がダメージを受けているにもかかわらず、マルムを回復させる。

 MPが少ないフィルには、自分を回復させる分は残っていない。


「この場で戦えるのはマルム様だけです。だから、お願いします……」


 フィルはマルムの印象が最悪である。

 罵詈ばり雑言ぞうごんは許していないし、今でもマルムは嫌いだ。

 それでも、自らを犠牲にして最善を取ったのだ。


 ……しかし、マルムは救えなかった。


「フッ、よくやった」

「え? きゃっ!」


 回復で状態が戻ったマルムは、フィルをドカっと蹴る。

 すると、そのまま魔族とは反対へ駆け出す。


「役立たずのせいでこうなったんだ! せめて囮になりやがれ!」

「そ、そんな……」


 マルムは恩を仇で返した。

 護衛たちを全員見捨て、戦場から逃げ出したのだ。


「仲間割れか。くだらん終幕だな」

「……っ!」


 さすがに呆れた魔族は、戦場を包むほどの魔力を込める。

 対して、マルムの護衛たちはすでに立ち上がれない。


「うぐっ……」

「ここまでか……」

「こんな仕事、受けなきゃよかった……」


 当然、致命傷を受けているフィルもだ。


(私の力じゃ……不遇職テイマーじゃ……)


 心は折れていないが、体が言う事を聞かない。

 こんな時にマルムが羨ましく思ってしまった。


(私が【剣聖】だったらな……)


 もはやマルムを恨む気にもならない。

 諦めと、怒りを通り越した呆れから、フィルは最後に口にした。


「ごめんなさい、お母さん……」

「散れ」


 そうして、魔族が戦場を焼き尽くす魔力を放つ。

 対して、フィルが目をつぶろうとした時──小さな魔物が目の前に現れる。


「ぷよーっ!」(バリアー!)

「……!?」


 スライムが小さな体を広げて、魔力結界を張ったのだ。


 だが、姿に似合わず結界は強力。

 魔族の攻撃をいとも簡単に耐えてみせた。


「ス、スライム?」

「ぷよっ!」

「テイムされてる……?」


 すると、続けて主らしき声が聞こえてくる。


「【上級治癒ハイ・ヒーリング】」

「き、傷が……!」


 傷はみるみるうちに消え、体も楽になる。

 次々に起こる不思議な現象に、フィルの理解が追いつかない。

 それから、目の前で少年がひょいっとスライムを拾い上げた。


「ごめんね、遅れてしまって」

「え?」

「一応、作戦外の場所にもスライムを配置しておいて良かった」

 

 少年の名はアケア。


「あとは僕に任せて」


 不遇職の救世主だ。

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