第14話 秘密の調査

 「着いたぞ」


 森林の入口に着き、シルシアが口を開いた。

 

 予備試験の次の日。

 シルリアが直接ギルドから受けたという秘密調査を手伝うため、本試験という名目でアケアは彼女に同行していた。


「ここが“エスガルド森林”だ」

「おお~」


 案内されたのは、エスガルドの東に位置する森林。

 エスガルドが所有権を持つため、名前もそのまんまのようだ。


「優しい色をしているね」

「ああ、一部の安全地帯は観光スポットとしても有名だぞ」


 エスガルド森林は、全体的に黄緑色をしている。

 鬱蒼うっそうとした感じはなく、穏やかに見えるようだ。


「では、早速行くぞ」

「うん!」


 そうして、二人はエスガルド森林へと足を踏み入れる。


 



「魔境の森とは、また違った雰囲気だね」


 少し歩く中、アケアが口を開いた。

 森に入ってみて改めて感じたようだ。


「ああ。魔境の森とは近いが、場所も明確に分かれているからな」

「そうなの?」


 アケアの故郷は西、エスガルドは東に位置する、お隣同士の国だ。

 その二国の北に広がるのが、魔境の森である。


 そして、エスガルド森林は、エスガルドのさらに東に広がっている。

 魔境の森とエスガルド森林は、大きな川が境界線になっているという。


「エスガルドの冒険者の多くは、魔物の討伐や採取など、ほとんどの活動をここでこなしているんだ」

「ふむふむ」

「そんな場所が“魔境の森”のようだと、我々は廃業になってしまうな」


 二つの森では、魔物のレベルも全然違うようだ。

 そのため、エスガルドの冒険者も多くいるという。


 だが、アケアはふと気づくことがある。


「それにしては、冒険者さんをあまり見なかったような」

「ああ、その原因が今回の調査にも関係しているかもしれないんだ」


 すると、シルリアは詳細を話した。


「最近、森の魔物が異様に強くなっているという噂があってな」

「え、急に?」

「ああ、それも原因すら分かっていない。だが、まだ真偽は実証されていなくてな。冒険者の多くはパーティー再編成や、様子見をしているようだ」


 その噂がどちらにしろ、冒険者としては動きにくい。

 今の状況はギルドにも不利益なため、公認冒険者のシルリアに依頼したようだ。


「じゃあ僕たちは真偽を調査するんだね」

「そうだ。話が早くて助かる」


 内容をまとめたところで、シルリアは再度確認した。


「それで、そちらの様子はどうだ」

「今は特に問題ないよ。ね、スライムたち」

『『『うんー!』』』


 アケアはスライムたちを動員させて、周辺の警戒をしている。

 にわかには信じがたい話だったが、シルリアは信頼することにした。

 しかし、時は突然やってくる。


『あ、こっちに魔物発見!』

「……! わかった!」


 念話が入ってきたのを確認し、シルリアにも伝える。


「時計の1時方向より魔物!」

「了解。ここまで何メートルだ?」

「大体1キロ!」

「よし、わかった──って、1キロぉ!?」


 だが、それを聞いたシルシアがずっこける。

 声も裏返り、落ち着いた彼女にしては珍しい行動だ。


「う、うん」

「アケアの警戒範囲はどうなっているんだ?」

「最大は大体3キロぐらいかな」

「バカな」


 逆に冷静さを失い、視線をちらりとアケアの肩に向ける。


「それもみんな、スライム達にさせていると?」

「そうだよ」

「ぷよっ!」

 

 シルリアは頭を抱えながらつぶやく。


「これがテイマーか……ワタシの認識を改めなければな」

「そう? あ、スライムが倒したって」

「バカな」


 自分の出番の無さに、もはや笑うしかなかった。

 だが、続けて入った別方向の念話は真剣に受け止める。


『アケア、アケアー!』

「どうしたの?」

『なんか黒くて変な魔物がいるー!』

「黒くて変な魔物……?」


 アケアの言葉を聞き、シルシアが口を挟む。


「アケア、その子には倒さないよう言ってくれ。ワタシたちも向かおう」

「了解!」


 冒険者の勘が何かを感じ取ったのかもしれない。

 二人はすぐさまその方向へ向かった。




『アケア、あれだよ!』


 念話があったスライムの元へ着くと、言う通りに異様な魔物がいた。

 シルリアも目をらした。

 

「グルルルゥ……」

「あれは『ボアウルフ』か。だが、確かに様子がおかしいな」


 Dランク魔物のボアウルフは、黒いオーラのようなものを帯びている。

 黒いオーラはボアウルフ特有のものではないらしい。

 また、アケアも違和感を付け足す。


「あれがDランク? もっと強そうじゃ……」

「ああ、同感だ」


 Dランクにしては、放つ存在感が明らかに違う。

 これが本当ならば、噂は真実だったことになる。


「ならば、ワタシが直接確かめよう」

「分かった。気を付けて」


 エスガルド森林の魔物に関しては、シルリアの方が詳しいだろう。

 強くなっているとは言え、シルリアが負けるとも思えなかったため、アケアは見守ることにする。

 

「はあッ!」

「グオッ!」


 シルリアは得意の速さを生かして翻弄する。

 その中で、噂は確信に変わった。


(ボアウルフがこの動き! 噂はやはり真実だったか)


 何十匹と斬ってきたボアウルフより、断然強い。

 確信を得た所で難なく倒すが、シルリアは警戒を強めた。


「ボアウルフがこんなに強いはずがない。体感ではBランク相当だぞ」

「二段階も上がっているなんて……」

「森で何が起こっていると言うのだ」


 魔物のランクは、冒険者ランクに相当する。

 Aランク冒険者ならば、一人でAランク魔物に匹敵するのだ。


 だが、この異変で本来のランクから二段階上がっているとすれば、緊急事態というべきだろう。


「これは一度帰るべきだな。ではアケア──」

「……! いや、待って!」


 だが、アケアはとっさに念話をキャッチした。

 それも多方面から。


『アケア! こっちから黒い魔物ー!』

『ぼくのところにも!』

『アケアのところに向かってるー!』

「……!」


 まるで仕組んだかのようなタイミングだ。

 アケアは事態をすぐにシルリアに報告する。


「シルリア、色んな方向から大量の魔物がこちらに向かっているみたいだ! 今と同じ黒いオーラを持った魔物たちが!」

「なんだと!? 突然か!?」

「うん! まだ2キロぐらいはあるけど!」


 まだ距離は離れている。

 だが、多方面から来ているのが問題だった。

 

「逃げ道も、防がれただと……?」

 

 確証はないが、黒いオーラ持ちの魔物は格段に強くなる。

 森には元々A~Bランクの魔物も棲んでいるのだ。

 それらが黒いオーラを持つと、その強さは考えたくもない。


「これはまずいぞ……」

「うん。ちょっと準備が必要かもしれない」

「ア、アケア?」


 だが、アケアは緊迫した様子はない。

 むしろ落ち着いて行動に移していた。


「ごめんシルリア。実は隠していたことがあったんだ」

「このタイミングで?」

「だからだよ。みんな・・・出てきて」


 アケアが指を鳴らすと、すーっと周りに姿が浮かび上がる。

 透過を解除したスライム達だ。


「ずっと周りにいたんだけど、今回はそうも言ってられないみたいだ」

「なっ! なんだこの数は……!?」


 アケアは周辺警戒に十匹のスライムを使っていた。

 それでも腰を抜かすほど驚いたシルリアだが、そんなレベルではない。

 アケアの周りには、五十匹のスライムが姿を見せたのだ。


『『『ぷは! 隠れるの大変だったー!』』』


 いざという時に備え、スライムは息を潜めていたのだ。

 Aランクのシルリアからも隠れているのは、大変だっただろう。


「逃げられないなら仕方ない」

「アケア、キミはまさか……!」

「うん」


 両手に様々な属性を灯らせて、アケアはスライム達に振り返る。


「さあ、迎え撃とう」

『『『おー!』』』


 それに応えるよう、スライム達も小っちゃな右手を上げるのだった。

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