第12話 冒険者ギルドにて

 「ここかあ」


 横に長い木造の建物を見上げて、僕はつぶやいた。


 目の前にあるのは──冒険者ギルド。

 冒険者が日々依頼を受けたり、情報交換をする場所だそうだ。


「ちょっと緊張する……」


 セレティアと王都を巡ってから、数日。

 一度、森の拠点の様子を見に帰ってから、この王都に戻ってきた。

 セレティアに勧められた“冒険者”になるためだ。

 

 ちなみに、拠点は相変わらずだった。

 長老スライムさんを中心に、『働かざる者お肉食べられない』の信念の元、わいわいと生活をしていた。

 みんなが頼もしいと、僕も気兼ねなく王都で活動することができる。


「よし、行こう」

 

 そうして、覚悟を決めて木の扉を開けた。


「こ、こんにちは──」

「「「わっはっはっは!」」」


 中はすごく賑やかで、僕の声は簡単にかき消されてしまう。

 酒場も併設されているからかな。

 そろーりと受付に向かっていると、ちょいちょい声をかけられた。


「お、見ない顔だな」

「新人くんかい」

「頑張れよ~若人わこうど!」


 顔や体格はちょっぴり怖いけど、みんな良い人たちみたいだ。

 冒険者同士の仲間意識なのかもしれない。


「あ、ありがとうございます~」


 励ます声をそれなりにもらいながら、受付嬢さんの元へたどり着く。


「初めましての方ですかね。本日はどうされましたか」

「あの、セレティア・ヒルナーデ公爵令嬢からお話が来ていると思うんですが……」

「「「……!?」」」


 その瞬間、周囲がざわっとした気がした。

 騒がしかった酒場の声はいつの間にか止み、コソコソと声が聞こえる。


「おい、あれが噂の……」

「あの年でセレティア様の推薦を?」

「直々の推薦なんて聞いたことねえぞ」

「実はすげえ力を持ってんのか?」


 会話の内容までは聞き取れない。

 なんとなく僕のことを話しているような気もするけど。

 また、受付嬢さんも途端に顔色を変える。


「では、あなたがアケアさんでしょうか!」

「はい……」

「少々お待ちを! 急いでお取り次ぎいたします!」


 そのまま慌てた様子で奥へと行ってしまった。

 こうなると、急に静まった周りが気になってしまう。


「……っ」


 あえて振り返りはしないけど、なんとなく視線を感じる。

 僕の代わりに、肩で透過しているスライムくんが確認してくれた。


『みんなアケアのこと見てるよー?』

(だ、だよね……なんでだろう)

『さあー。でも悪い感じじゃなさそー』


 スライムはこう見えて意外と鋭い。

 何気なく人の確信を突くというか。

 この子がそう言ってくれるなら大丈夫かな。


 そうして気まずくしていると、受付嬢さんが帰ってきた。


「お、お待たせいたしました! 本日は冒険者ライセンスの発行でよろしかったですか!」

「はい、お願いします」

「でしたら──」

「続きはワタシから説明しよう」


 すると途中で、受付嬢さんの後ろから来た人が口を挟んだ。

 

「ワタシはシルリアだ」

「は、初めまして、アケアです」


 シルリアさんが出してきた手に、僕も握手で応える。


 騎士のような装備。

 後ろでまとめた紫色の長い髪。

 僕より少し高い彼女は、同年代ぐらいに見えるけど、すごくしっかりしてそうな人だ。

 

「ワタシはギルドから認められた“公認冒険者”だ。まあ、公務員のような冒険者だと思ってもらえれば良い」

「はあ」


 公務員も分からなかったけど、とりあえず続きを聞いた。


「ライセンス発行には“予備試験”と“本試験”を受ける必要がある。面倒だが、これも志願者を守るためだ」

「なるほど」

「ということで、まずは予備試験を受けてもらう。これに合格すれば本試験へと進めよう」

 

 冒険者は八歳以上なら誰でも志願できる。

 でも危ない職業でもあるため、二段階で実力を計ってから認めるみたいだ。

 

「予備試験では本試験に行かせても良いか、剣や魔法の習熟度を計る。魔法を得意とする場合は、的当てなどをさせるのだ……本来はな・・・・

「え?」


 だけど、シルリアはニヤリと口角を上げた。

 ちょっと嫌な予感がする。


「だが、アケアはセレティア様の推薦だ。そんなもの必要なかろう」

「あの?」

「予備試験はワタシと模擬戦をしろ。それで判断してやる」

「ええっ!?」


 こうして、急に公認冒険者シルリアとの模擬戦が決まった。





<三人称視点>


「な、なんでこんなことに……」


 ギルド管轄かんかつの広場にて、アケアはほうけていた。


 今から予備試験として、シルリアと模擬戦をするからだ。

 周りには、噂を聞きつけた冒険者たちもこぞって集まっていた。


「おい模擬戦だってよ!」

「面白そうじゃねえか!」

「推薦くんの力を見せてくれ!」


 半分はアケアについて興味があるのだろう。

 だが、もう半分はシルリアを見に来ていた。

 

「シルリアさんの剣技を見れるとはな!」

「こいつは貴重だぜ!」

「よく目に焼き付けねえとな」


 シルリアは人気者のようだ。

 美麗な容姿もだが、人々はその肩書きに憧れている。


「セレティア様の推薦たって、さすがにな」

「ああ、シルリアさんはあの・・公認冒険者だしな」


 公認冒険者とは、ギルドから認可を受けて直接雇われている冒険者のこと。

 依頼とは別にギルドからも固定給をもらっているため、シルリアは公務員という言い方をしたのだろう。


 公認冒険者に必要なのは、“信頼”と“実績”。

 信頼は、身の潔白さなどを証明できれば良い。

 だが実績は、Aランク探索者以上の肩書きが必要になる。


 つまり、シルリアは上位1%未満のAランク探索者なのだ。


「そろそろ始めようか、アケア」

「は、はい!」


 当然、アケアはそんな事を知るはずもなく。

 シルリアが剣を抜いたのに合わせて、構えを取った。


「もう一度ルールを確認するぞ。どちらかが気絶するか、負けを認めるまで模擬戦は続行。自身が持つものならば、武器・ギフトはなんでもありだ」

「分かりました」

「このコインが地面に落ちた瞬間から開始だ」


 そうして、シルリアがコインをトスした。

 カンっと地面に着地──と同時にシルリアが前に出る。


「わわっ!」

「……! 良い身のこなしだ!」


 一直線に敵を穿うがつ、相当な速さの突きだ。

 先日の魔族よりも速かっただろう。

 だが、おどけた声を上げならも、アケアはひらりとかわしていた。


「ならば、これはどうだ!」 

「うわっ!」


 突きの勢いを殺さぬまま、シルリアは剣技を重ねる。

 常にトップスピードを維持する滑らかな動きは、相当な努力が垣間見えた。

 しかし、それでもアケアはよけ続ける。


「これは、予想以上だな……!」

「あ、ありがとうございます!」


 アケアもシルリア以上に速い魔物は知っているが、人間の動きはまた違う。

 魔物よりも繊細で複雑な剣技には、体感して初めて気づくこともある。


(す、すごい……!)


 シルリアの剣技に、アケアは素直に感動していた。

 攻撃に回らないのも、このためである。


 しかし、これではアケアの力を計れない。

 激しい攻防の中でシルリアは口にする。


「アケアは魔法を得意とすると聞いている」

「はい!」

「だが、魔法が使えない状況もあるかもしれんぞ?」

「……!」


 シルリアはこう言うが、アケアにはありえない数のスライムがいる。

 スライムそれぞれが魔法を放てるため、そんな状況はおそらくないが──


「た、たしかに!」


 アケアは素直だった。


 先輩のシルリアの言葉を真に受け、ハッとしたようだ。

 フッと笑った彼女は、一度アケアから距離を取る。


「近接の手段がなければ、苦労する事もあるだろう」

「その通りかもしれません……」

「ワタシにもその手段があると見せてくれないか」


 すると、アケアもそれに応える、


「わかりました。そういうことなら」


 とあるものを試す良い機会だと思ったのだ。

 アケアはチラリと肩に目を向けると、そっと声をかけた。


「いくよ、スライムくん」

「ぷよっ!」

 

 それと同時に、スライムの透過をここで初めて解除。

 全く気配を感じていなかった周囲は、途端に目を疑った。

 

「ス、スライム!?」

「どこから出てきやがった!?」

「というか従魔なのか!?」


 アケアがテイマーだということまでは知らなかったのだろう。

 だが、スライムの本領発揮はここから。

 アケアが指示をすると、スライムが体を変形させていく。


「ぷよーっ!」

「「「なんだあ!?」」」


 みょーんと細長く伸びたスライムは、やがて一本の武器となる。

 アケアはそれをぎゅっと握ると、シルリアも口角を上げた。


「ほう。面白いマジックだ」


 これはアケアが考えていた近接戦闘スタイルだ。

 スキル【スライム変形】を用いた、アケア専用の装備である。


 その名も──。


「ぷにぷにソード!」

「「「……っ!」」」


 だが、周囲は全く同じことを思った。

 

(((だせえ……!)))


 それでも、アケアは至って真剣だ。

 すると、シルリアも剣を以て応えてみせる。


「フッ、ではその力を見せてもらおうか」

「はい!」


 アケアのぷにぷにソードが真価を発揮する──。

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