第11話 王都巡りデート

<アケア視点>


「これが、王都ですっ!」


 セレティアが金髪を揺らしながら、バッと腕を広げる。

 それに合わせて、僕も奥へ視線を向けた。

 すると、改めて王都の大きさに感心する。


「うわあ、すっごいね……!」

「ふふっ、そうでしょう」


 ヒルナーデ邸から少し歩くと、そこはもう都会だ。


 大きな建物に、見たことがない店の数々。

 長らく森にいたからか、おしゃれな建物を見るだけでもワクワクしてしまう。

 前にいたフォーロス家の領地よりもずっと栄えているみたいだ。


 だけど、セレティアは少し申し訳なさそうに口にした。


「すみません、本当はすぐにご案内できたら良かったんですけど……」

「セレティア……」


 初日は、母が気になって仕方なかったのだろう。

 セレティアは優しすぎるあまり、少し謝りすぎるところがあるのかも。

 だけど、僕は彼女に感謝をしている。

 

「そんなことないよ」

「え?」

「そもそもセレティアに会っていないと、こんな素敵な国に来ることすら無かったと思うから」

「アケア様……! はいっ!」


 それから浮かばせる笑顔は、とても美しい。

 改めて、エリン様を助けられて良かったなと思う。


「じゃあ、今日はよろしくね!」

「もちろんです!」


 こうして、すごく元気になったセレティアと僕の王都巡りが始まった。





「これすっごく美味しい!」


 道中にあった店で、冷たくて甘い白色のものを食べた。

 “そふとくりーむ”、って言うらしい。


「わたしも好きなんです。ここのソフトクリーム!」

「これは食べたくなるね!」


 二人でペロペロしていると、店主さんが話しかけてくる。


「今日は連れの方がいらっしゃるですね、セレティア様」

「はい、そうなんですっ!」

「……ほう、その顔は」


 対して、太陽のような笑顔で答えたセレティア。

 それにピンときたのか、店主さんはニヤリとした。


「もしかして、そういう関係ですかい?」

「……!?」

「て、店主さん!?」


 僕もつい驚いてしまうが、セレティアは手を左右に振った。


「も、もう! 違いますよっ!」

「あははっ、すまねえすまねえ」


 でも、本当に驚いたのはセレティアの態度についてだ。


「アケア様、どうされました?」

「い、いえ、なんでも……」


 今の店主の発言に対して、セレティアは何一つ怒らなかった。

 もし同じ発言を、フォーロス家の者にしたらどうなっていたか分からない。

 最悪、打ち首でもおかしくないだろう。


「では行きますね、店主さん」

「おう! セレティア様もデート頑張ってな!」

「違うと言ってるじゃないですか~!」


 貴族と住民の距離がこんなに近いなんて。

 父のドレイク様も含めて、住民に相当好かれているんだろう。

 こんな関わりの形があるなんて、考えたことすらなかった。


「行きましょっ、アケア様!」

「え、あ、うん!」


 慕われているんだなあ。

 そんなことを思いつつ、僕はセレティアと引き続き王都を回る。




 服飾店にて。


「アケア様! とてもお似合いです!」

「そ、そうかな?」


 セレティアは両手を合わせ、僕の格好を上下に見る。

 僕があまり服を持っていなかったからと、案内してくれたんだ。


「はい! すごく素敵……」

「え?」

「……はっ!」


 だけど、セレティアが我に返ったように顔を赤くした。

 あたふたしていると、店のおばさんがやってくる。


「これは良いもの見せてもらったねえ。セレティア様、その服はどうぞお好きに持って行って下さい」

「そ、そんな!」

「ドレイク様にも随分とお世話になっているからねえ。ほらほら、持って行った」

「わっ!」


 店のおばさんは、目にも止まらぬ速さで服をまとめ、袋で渡してくる。

 

「お二人で仲良くするんですよ」

「も、もう~!」


 それからも、王都の様子は変わらず。



 高級お土産店にて。


「いつもお世話になってますんで! これをドレイク様に!」

「そ、そんな!」



 有名な飲み物のお店にて。


「こちらももらってください!」

「ええ~!」



 美味しいと噂のお食事処にて。


「お代はいりません! ぜひうちで食事をしたと言って頂ければ!」

「ここでもですか~!」


 セレティアと街を回っていると、手がいくつあっても足りないみたい。

 僕たちはその度に【スライム収納】をしながら、賑やかに王都を回ったのだった。

 




 そうして、夕方に差し掛かった頃。


「アケア様、この辺で休みましょうか」

「そうだね」


 ひとがあるところを離れ、噴水近くのベンチへ。

 周りには誰もいない中で、僕たちは腰を下ろした。


「すみませんアケア様、大変でしたよね」

「あはは、賑やかな人たちだったね」

「それに、変な誤解も与えてしまって……」


 セレティアの頬が赤みを帯びる。


 変な誤解というのは、何度か交際相手かと聞かれたことだろう。

 セレティアが男と二人で歩くのは、それほど珍しいそうだ。

 それでも、ゆるんだ表情は楽しんでいたように見えた。


「……あの、アケア様」

「う、うん」


 それから、少し間を置いてセレティアがたずねてくる。

 どこか覚悟を持ったような目だ。


「もしよければ、少しアケア様のことをお聞きしても?」

「……!」


 森でも屋敷でも、僕の話はほとんど聞いてこなかった。

 下手な詮索せんさくは良くないと気を遣ってくれていたんだろう。


「あ、話したくなければ全然構いません!」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 でも、ここまでしてもらって話さないのは違う。

 それに、セレティアになら話せる気がした。


「少し暗くなってしまうけど、大丈夫?」

「……! はい」

「わかった」


 セレティアは真剣な眼差しを向けてくる。

 対して、僕は初めて他人へ境遇を語った。


「僕の生まれは、孤児だったんだ」


 そして、これまでのことを話した。 

 

 養子としてフォーロス家に引き取られたこと。

 そこではひどい扱いを受けていたこと。

 森で捨てられてから、なんとか生き延びたこと。


 ギフトについては必要以上に話さず、あくまで状況的なことを。


 後で思えば、今までの辛さを吐露とろする形になってしまったかもしれない。

 それでも、セレティアはずっと真剣に聞いてくれた。

 途中で少し目が潤んでいたのは、気のせいだったのか分からない。

  

 そして話が終わると、セレティアがようやく口を開いた。


「そのようなことがあったのですね」

「うん。だから僕は、セレティアのご身分に合うような者じゃない」

「アケア様……」


 ここははっきり言った方が良いと思った。

 でもセレティアは、初めて少し怒った表情を見せる。


「どうしてそう思われるのですか」

「え?」

「アケア様の家柄がないからですか、位がないからですか」

「……」


 その通りだ。

 何も無い僕には、こんなに慕われる公爵令嬢とはこれ以上近づけない。

 今日何度も王都の人に言われる度、そう思ってしまった。


 しかし、セレティアは強く言葉にした。


「そんなの関係ありません!」

「……!」

「アケア様がどんな家柄だろうと、わたしやお母様を救って下さいました! アケア様は、アケア様は──」


 セレティアはぐっと両手を握る。


「わたしの救世主です!」

「……っ!」


 下からぐっと顔を寄せられる。

 風が吹いたのも相まって、セレティアの素敵な匂いが鼻を通る。

 僕は思わずドキっとしてしまった。


 また、それはセレティアも同じのようで。


「あ、私ったら! ~~~っ!」

 

 ふと我に返ったように、セレティアはパッと手を離して反対を向く。

 それから、落ち着きを取り戻した彼女はふっと笑った。


「では、何かしたいことはないのですか?」

「したいこと?」

「はい。家柄がないのならば、今のアケア様は自由なんですよ!」

「自由か……」


 森に入ってからは生き抜くことばかり考えていた。


 けど、今はそうじゃない。

 ある程度強くなって、余裕もできた。

 だったら何かを始める良い機会かもしれない。


「あはは、急に考えると意外と出てこないね」

「そうですね。では一つ、おすすめがありますよ」


 すると、セレティアが人差し指を立てて口にした。


「冒険者になってみるのはいかがでしょう!」

「冒険者……!」


 その言葉のひびきに、ドクンと胸が高鳴る。

 僕の新たな可能性が見えた気がした──。

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