第10話 みんなの力

 「へっへっへ! 逃げりゃあ、こっちの勝ちってもんよ!」


 屋敷から飛び出し、魔族のオクトは勝ち誇った表情を浮かべる。

 すでに捕まることなど考えていないだろう。


「あのガキのせいでちょっと危なかったが……やっぱ人間は甘えなあ!」


 オクトが屋敷から飛び出す時、アケアはエリンの身を最優先に確認した。

 優しさが際立つが、オクトはその隙に逃げてこれたわけだ。

 

 そうして、翼を広げて飛び立つ──が、


「いってぇ! なんだ!?」


 敷地外に出ようとした瞬間、透明な壁にぶつかる。

 見ることも感知することも出来なかったようだ。


「なんだこりゃ! ちくしょう!」


 オクトは出られないことに困惑している。

 すると、後ろから声が聞こえてきた。


「結界というのはこうやって張るんだよ」

「……ッ! 貴様ァ!」


 ゆっくりと歩いてきたのは──アケア。


 事件の裏に勘付いた時、誰も逃がさない様に敷地内に結界を張っていたのだ。

 魔族が得意とする魔法ですら、アケアは上をいく。


 さらに、屋敷内で戦えば建物が破壊されてしまう。

 戦場を庭にすることで、被害を最小限に抑えることも考えていた。


「さあ、どうするんだ」

「チィっ! こうなったら!」


 ならばと、オクトは覚悟を決めた。


 今まで隠していた牙や爪、翼など、魔族らしい特徴を全開にする。

 アケアを倒すことだけを考えた戦闘モードだ。


「てめえをぶっ殺す!」


 オクトは勢いよく宙をる。

 翼を持つ種族だけに許された空中移動だ。


 だが──


「遅い」

「なっ……!?」


 アケアはひらりと攻撃をかわす。

 スライムの力を使うまでもなく、鍛えた身体能力のみでだ。

 アケアの目は、すでに魔境の森の魔物に慣れていた。


「森の魔物に比べたら全然だよ」

「バカにしやがって! これならどうだ!」


 その後もいくとなく攻撃をするが、どれもかすりもしない。

 生まれつき身体能力が数段上であるはずの魔族だが、アケアに面白いように完封されていた。


「魔族がどんなものかと思えば、大したことないのかな」

「うっせえ!」


 これも情報が少ない魔族の実態を知るため。

 しかし、予想に反して期待外れだったようだ。


「ああ、うぜえ!」

 

 そして、怒りが頂点に達したオクトは、魔力を爆発的に上昇させた。


「よくも魔族を怒らせたなあああああ!」

「……!」


 これは魔族特有の“生命代償”だ。

 長い寿命の一部を代償にすることで、一時的に魔力を増大させるモードである。

 体は黒くなり、牙や翼がさらに伸び、先ほどまでとはまるで違う。


 この姿が、本来の魔族だ。

 人というよりは、魔物の姿に近い。


「許さんぞ、ガキ」

「確かにすごい魔力上昇量だ」

「ハッハッハ! 今更後悔しても遅いわ!」


 ダンっと宙を蹴ったオクトは、目にも止まらぬ速さでアケアに向かった。

 そのまま怒りをぶつける様に、高速のラッシュを繰り出す。


「そのクソザコスライムと共に死ねえ!」

 

 相手をよく確かめず、オクトはただひらすらに殴り続ける。

 確かな拳の感触はあるのだ。

 すでにボコボコにしていると思っていた。


「ハッハッハ! 痛すぎて声も出ねえか!」

「……」

「あん?」


 だが、さすがにおかしいと思ったのか、オクトは少し距離を取った。

 すると、アケアはニヤリとしていた。


「一発も届いていないよ」

「なっ!?」


 アケアの前には、薄い膜のようにスライムが広がっていたからだ。

 

『じまんのきんにく!』

「スライムだと……!?」


 ──マッスルスライム。

 物理耐性に優れ、よくシックスパックの腹筋を自慢している。

 アケアのスキル恩恵も合わせれば、随一の防御力を誇る。

 スキル【スライム物理強化】の元になったスライムだ。


「チィッ! だったらこれで破壊してやる!」


 屈辱だが、物理攻撃は効かないと悟ったオクト。

 ならばと、空から魔力の塊を放つ。


「屋敷もろとも消え失せろ! 【悪魔球デーモン・ボール】……!」


 黒く禍々まがまがしい球体だ。

 周りには電磁を帯びており、威力の高さがうかがえる。

 おそらく魔族特有の魔法だろう。


 しかし、やはりアケアには届かない。


「それも無駄だよ」

「……!?」


 膨大な魔力の塊は、アケアの目の前でふっと消え失せた。


『あ~む! 美味しかったあ!』

「はあッ!?」


 ──食いしん坊スライム。

 通常種よりモチモチしており、食欲のあまり魔力まで食べるようになった。

 スライムの中では、魔力貯蔵庫(三角コーナー)のような役割をしている。

 スキル【スライム魔力強化】の元になったスライムだ。


「これで分かったか」


 結局何も通じなかったオクトに対し、アケアは口にした。

 

「これがお前があなどったスライム達だ」

「……ッ!」

「そしてこれが──」


 アケアの拳に神々しい七色の光が宿る。

 かと思えばアケアの姿が消え、次の瞬間には目の前にいた。


「スライムみんなの力だ!」

(なっ! 早──)


 七色の拳は、魔族を砕く。


「【神罰の拳】!!」

「ガハァ……!」


 みぞおちをぶん殴られ、聖なる光が魔族の身を焦がす。

 光属性を中心にしているが、よく見れば様々な属性を帯びている。

 これを受けて立ち上がることはできない。


 そうして意識を失う寸前、オクトは何かを感知する。


(なん、だ……!?)


 魔族は特性上、魔力の感性が敏感である。

 アケアと触れたことで、何か大きなものを感じたのだ。

 アケアの中にある、その膨大な力スライム達を。


(何匹、いやがんだよ……!)


 自身は一匹すら倒せなかったスライム。

 そんなスライムを数え切れないほど感知してしまった。

 すると、オクトの口からは自然にこぼれた。


「こんなの、勝てるか……」

 

 その言葉を最後にオクトは倒れる。

 体や翼も元に戻り、これ以上は何もすることができないだろう。


「ほっ」


 アケアの完全勝利だ。

 同時に、後方から心配の声が聞こえてくる。

 

「アケア様ーーー!」

「セレティア──うわっ!」


 その勢いは止まらず、セレティアはがばっとアケアに抱き着く。

 品位のある彼女には珍しい行動だが、それほど心配だったようだ。


「ご無事でしたか!」

「うん、大丈夫だよ」

「良かったです! とても、とても心配で……!」

「あはは、それはごめんね」


 セレティアも怖かったのだろう。

 アケアがよしよしと宥める中、彼女は不思議そうにたずねた。


「それにしても、どうしてアケア様は魔族の存在を?」

「それは……」


 聞かれて思い出すのは、“魔境の森での一件”。

 長老スライムさんから得た情報である。


(でも、確信があるわけじゃないんだよね)


 ただ、その件はまだ調査中だ。

 心配事を増やすのもよくないので、ここはごまかしておく。


「たまたま本で読んだことがありまして」

「そうだったんですね……!」

「はい。とにかくこれで一件落着かと」


 とにもかくにも、彼女の母エリンの件は終着。

 もううれうことはなさそうだ。


「本当に、本当にありがとうございました!」

「いえ、僕はただお手伝いをしただけですよ」

「そんな……あ」


 すると、セレティアは思い出したように口にした。


「でしたら、明日の予定は決まりましたね」

「明日……あ!」


 すっと離れたセレティアは、丁寧にお辞儀をする。

 アケアも約束を思い出し、ドクンと胸が高鳴った。


「明日はわたしが王都をご案内いたします」


 二人で交わした王都巡りの約束だ。

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