第9話 事件の真相

「これが『極活性草』と『解呪の花』です」


 魔境の森の中央辺りで採れる、二つの植物。

 僕はそれを【スライム収納】から取り出した。


「「「なっ……!?」」」


 この二つが必要なのを知っていたのは、僕が持っていたからだ。

 でも実は、もう一つ工程を挟まなければならない。


「頼める?」

『もっちろんー!』


 手で重ねた植物の上に、スライムが『♪』と可愛げに乗ってくる。

 発動させたのは【スライム合成】だ。


「この二つを合わせてっと!」

「え、あの……?」


 魔境の森には、様々なステータス異常を付与してくる魔物がいる。

 中には、適した治癒魔法を持っていない場合も多々あるわけだ。

 そんな時は、この二つを合わせたオリジナルの薬草『完全治癒薬』を使っている。


 これで治せなかったステータス異常は無い。


「できました。この薬を飲ませますが、よろしいですか」

「は、はい! もうなんとでも!」


 サラサラの粉状になった『完全治癒薬』を飲ませる。

 すると、エリン様がゆっくりと目を開いた。


「……あれ、私は何を」

「「「……!?」」」


 おそらく久しぶりに目を覚ましたんだろう。

 その姿に、周囲が一斉に駆け寄る。

 中でもセレティアは真っ先に飛びついた。


「お母様ー!」

「あらあら、心配をかけたみたいね」


 エリン様も衰弱していること自体は分かっていたみたいだ。

 親子で喜び合う中、僕は後ろからドレイク様に声をかけられる。


「アケア様! なんとお礼をすれば良いか! 本当に、本当にありがとうございます!」

「いえいえ、そんな大したことは。それに──」


 僕はセレティアの方をチラリと見た。


「セレティアとも約束をしましたから」

「そうですか! この借りは何としてでもお返しいたします! 命に代えても!」

「お、大げさですって」


 それから、威厳を保っていたドレイク様が慌ただしく動く。

 エリン様の元へ行ったり、僕にまた頭を下げてきたり。


 よっぽどエリン様が心配だったんだろう。

 容姿に似合わないそんな姿が、少し微笑ましく思ってしまった。


 そうして、ようやく落ち着いたドレイク様にたずねられた。


「ところで、アケア様はどのようなギフトをお持ちで?」

「僕ですか?」


 恐る恐る様子をうかがうような聞き方だ。

 でも、僕はこうとしか答えようがない。


「ただのテイマーですが……」

「「「……」」」


 その回答に対しては、またも大声で言われてしまった。


「「「なわけあるかーーーーーーー!」」」

「え?」


 しかも、エリン様も交えてだ。

 元気になられたのなら僕も嬉しい。


 ただ、一つ言っておかなければならないことがある。


「エリン様、少しよろしいですか」

「なんでしょうか」

「実はですね──」

「え……!」


 この一件は、まだ裏がありそうだ。







<三人称視点>


 その日の夜。


「エリン様、よろしいでしょうか」


 彼女の部屋に、ノックと声が聞こえてくる。

 執事であるオルトの声だ。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 オルトは半年ほど前より、この家に従事している。

 今回はエリンに紅茶を淹れてきたようだ。


「体調はいかがでしょうか」

「問題ないわ。少し体が重いけれど」

「左様ですか」


 だが、オルトは途端に表情を変えた。


「あのガキさえいなければ……」

「え?」


 突然変わった声色と共に、ガチャリと部屋の鍵を閉める。


「あのガキさえいなければ、あと二週間でくたばるはずだったのによお!」

「まさか、全てあなたが──」

「声を上げるな」

「……!」 


 オルトは、これが本性だと言わんばかりに鋭い眼光を覗かせる。

 月夜に照らされ、赤く光る目は同じ人間とは思えない。


「たった今、この部屋に結界を張った。これで誰も入れねえ」

「……っ!」


 次に、オルトは魔法の灯った指をエリンへ向けた。


「すぐに殺すと足がつくからな。だからゆっくりと衰弱死させようとしたのによお」

「あなたは、何者なの……!」

「ハッ、俺は崇高なる魔族様だよ」

「魔族ですって!?」


 魔族とは、人族にあだなす存在。

 多くは人型をしており、身体能力や魔法は、人族よりも優れているとされる。

 ただ、最近は存在そのものを疑う声があった。


「魔族なんて、ここ何十年も発見されていないはずなのに!」

「だから、動き出した・・・・・んだよ」

「そんな……!」


 そうして、オクトは手に込めた魔力を放とうとする。


「こうなっちゃ仕方がねえ。時期尚早ではあるが、殺るしかねえか」

「……!」

「言い残したことはあるか?」


 対して、エリンは少しうつむいた。

 上がった・・・・口角を隠すように。


「やはり、あの方の言った通りでしたね」

「何の話だ」

「アケア様には全てお見通しでしたよ」


 すると毛布の下から、小さな丸っこいものが出てくる。


「なっ、そいつは……!?」

「ぽよっ!」


 アケアのスライムだ。

 こうなることを事前に察知し、エリンに持たせていたのだ。

 

『わるい奴は許さないぞー!』

「チィッ! たかがスライムが調子に乗りやがって!」

『【業火球】ー!』

「ぐわああああああっ!」


 スライムごと殺ろうとしたオクトだが、返り討ちにされてしまう。

 アケアのスライムは侮ってはいけないのだ。

 今のスライムは、十種の強化を得た最強のスライムである。


 また、その魔法と共に、アケアが部屋に突撃してくる。


「やっぱりそうか」

「なぜ貴様が!? 結界は張ったはずだぞ!」

「それなら破ったよ」

「……!?」


 オクトごときが張った結界など、アケアの前には意味をなさない。

 それから、アケアは事を顛末てんまつを話す。

 

「話を聞いておいて正解だった。予想以上に情報をくれたけどね」

「こ、このクソがあ!」

 

 魔族については、まだ分からないことも多い。

 エリンと二人にさせることで情報を得たのだ。

 もちろん危害が加わるようなら、容赦なく倒すつもりではあったが。


「どうする? もう逃げ場はないぞ」

「チィッ……!」


 従魔のスライムにすら勝てなかったのだ。

 主であるアケアには敵うはずもない。

 結末を悟ったオクトは、チラリと窓を視界に入れた。


「死ななきゃ安い!」


 そのまま、窓から飛び降りるように逃げ出した。

 対して、アケアはエリンに駆け寄る。


「大丈夫ですか、エリン様」

「はい。心強いスライムくんがいましたから」

「ぽよっ!」


 スライムはにゅっと伸ばした手で、敬礼のポーズを取った。

 エリンを守る使命を果たせて嬉しいようだ。

 それから、一足遅れてセレティアとドレイクが部屋にやってくる。


「お母様!」

「エリン、無事か!」

「ええ、大丈夫よ」


 そうして、ドレイクは悔しそうな表情を浮かべる。


「本当にオクトの奴が犯人だったとは……」

「あなた……」


 正体を見抜けなかったことが悔しいようだ。

 高位の魔法を駆使してくる魔族は、それほど厄介である。

 かなりの実力者ではないと難しいだろう。


 だが、今は悔やんでいる場合ではない。

 ドレイクはアケアに振り返った。


「アケア様、ありがとうございました。あの者は必ず我々が追いかけます」

「いえ、その必要はありません」

「え?」


 しかし、アケアは決して逃がしてなどいない。

 むしろ“戦う場所を選んだ”だけだ。


「僕にお任せください」

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