第8話 セレティアとの約束

 「外が気になりますか?」


 馬車の中で、セレティアがアケアに声をかけた。 


「いや! そんなことは!」

「ふふっ、無理なさらなくても良いんですよ」


 セレティアとアケアが出会った次の日。

 無事に森を抜けた一行は、隣国エスガルドで馬車を走らせていた。

 もうすぐセレティアの屋敷に着くそうだ。


 ヒルナーデ公爵家は、王族と血縁関係を持つ“王族公爵位”だ。

 屋敷は王都に構えているという。

 つまり、ここは大都会である。


「……っ」


 別館から一歩も出してもらえなかったアケアにとっては、外の景色が気になるのは仕方がないだろう。

 それでも、セレティアは母が病気であることを考えて、気持ちを極力抑えていたのだ。


「……」

「セレティア……」


 笑顔を取り繕っているが、アケアから見てもセレティアは無理をしていた。

 そんな彼女を思ってか、アケアは身を乗り出す。 


「ぼ、僕がきっと治してみせるよ!」

「アケア様……!」

「だから、えと!」


 それから、何か彼女を元気づけようと言葉を探した。


「だから、お母様が元気になったら、一緒に王都を回らないかな!」

「えっ」


 あまりの勢いにセレティアも戸惑ってしまう。

 また、それはアケア本人も・・・


(な、何を言っているんだ僕はー!)


 本心ではあるが、格好つけようと、ついつい口走ってしまったみたいだ。

 だが、結果的にセレティアの口角は緩む。


「やはりお優しい方ですね」

「え?」

「ふふっ、その約束楽しみにしておきます」

「……!」


 セレティアに綺麗な笑顔が戻る。

 隣で聞いていたレイルも、微笑ましいような顔で様子を見ていた。


「大きく出たな、少年」

「え、いやあ……」

「ふふっ、アケア様らしいです」


 そして、言ったからには失敗はできない。

 アケアはもう一度決意を固めるのであった。


「頑張ります!」







<アケア視点>


「ただいま帰りました」

 

 隣のセレティアが口を開く。


 大広間で待っていたのは、すっごく大きな男の人だ。

 仁王立ちで腕を組み、今にもゴゴゴゴという音が聞こえてきそう。


「帰ったのか」


 男の人からは、低く静かな声がずしんと響く。

 隣のセレティアに合わせて、僕も頭を下げた。


「はい、お父様」

「……!?」


 お、お父様!?

 ということは、この方が公爵家当主のドレイク・ヒルナーデ様!


「して、隣の少年は誰だ?」

「……っ!」


 ギロリと睨まれた眼光に、つい気圧けおされてしまう。

 冷たく厳格な雰囲気だ。

 顔は似ていないが、嫌でも元父上のことを思い出してしまった。


 少しビクっとしていると、セレティアが前に出てくれる。


「この方は、お母様を治して下さるお方です」

「なんだと?」

「アケア様は森でわたし達を救い、無事に送り届けてくださいました。アケア様ならきっと!」

「……ほう」


 セレティアの話を聞き、ドレイク様はずんずんと僕の前にやってくる。

 やっぱりすごいオーラだ。


「……」

「ひっ」


 ドレイク様は、無言のまま手を振り上げる。

 そして、その手を──頭と共に下げた。


「ありがとうございます!」

「!?」

「私の妻は、誰が診ても原因が分からずじまいでした!」


 それから、ドレイク様は胸の内を明かした。


「最初は手柄を上げようと、積極的に著名な方々が診て下さいました。ですが、次々と敗れていく内に、誰も引き受けたがらず、ついには悪い噂まで立ち込めるようになってきたのです!」

「そんな……」

「お父様……」


 その態度に、僕は自分を改めた。

 この方は元父上とは全く違う。

 公爵家という地位にも関わらず、とても誠実な方じゃないか。


 だからこそ、役に立ちたいとより強く思う。


「できることなら協力させていただきます」

「本当ですか! ありがとうございます……!」


 そうして、僕は治療へと向かうのであった。





「こちらが私のお母様──エリン・ヒルナーデです」


 セレティアに案内され、僕はエリン様の部屋にお邪魔する。

 でも、その顔を見た途端に、少し息を呑んでしまった。


「これは……」


 仰向けのまま見える顔は、かなり痩せ細っている。

 腕なども見る限り、体全体が衰弱しているみたいだ。

 呼吸は安定しているけど、放っておくのが心配というのはよく分かる。


 実際、このままでは危ないだろう。


「少し触れさせていただいてもよろしいですか」

「はい、構いません」


 僕はエリン様の首に手を触れた。

 同時に発動させるのは、【スライム念話】と【知覚共有】だ。

 念話先は、長老スライムさん。


(何か分かる?)

『これは……“呪い”じゃな』

(やっぱりそうだよね)


 呪いとは、ステータス異常の一種だ。

 それもかなり珍しい。


 また、治癒魔法にも種類があり、異常に応じて変える必要がある。

 適していなければ治すことはできないんだ。

 つまり、呪いを治す治癒魔法を持っていなかったんだろう。


 どんな人に頼んでも無理だった、というのもうなずける。

 そうして少しの念話の後、僕は報告をした。


「どうやらこれは、“呪い”のようです」

「呪いですか!?」

「かけられた経緯は分かりませんが、体が徐々に衰弱しています」

「なんと……」


 ドレイク様は頭を抱えながらも、僕にたずねてくる。


「してアケア様、治し方はあるのでしょうか」

「あります」

「それはどのように!?」

 

 必死なドレイク様に、僕も全て答えていく。


「『極活性草』と『解呪の花』というのがあります。これらを用いればおそらく治せるかと」

「そ、それは一体どこに生えているのでしょうか!」

「魔境の森の中央辺りです」

「ちゅ、中央……そう、ですか……」


 魔境の森は、奥へ行くほど難易度が高くなる。

 セレティア達は序盤で苦戦していたので、取りに行くのは難しいかもしれない。

 苦しそうな顔をしながらも、ドレイク様に頭を下げられる。


「貴重な情報をありがとうございます。なんとか我々だけで採りに──」

「いえ、それには及びません」

「……?」


 でも、その必要はない。

 僕は肩に乗っていたスライムに念話をした。


「取り出せる?」

『あるよー! はい!』


 すると、スライムがあーんと口から二つの植物を取り出す。


「「「んなっ……!?」」」


 周りは声を上げて驚いた。

 【スライム収納】を見せるのは初めてか。

 だけど、実際に出てきた植物の方が気になったみたいだ。


「アケア様、それは一体!?」


 対して、僕は笑顔で答える。

 

「これが『極活性草』と『解呪の花』です」





───────────────────────

やっぱり収納してたアケアくん。

魔境の森はすでに彼の庭なのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る