第32話 それは雑炊のように形を崩している

 あまりにも唐突な言葉かもしれない。

 でも、僕には思うことがたくさんあった。

 「ぬるま湯に浸かれば楽なんだよ」

 ……僕の言葉に、アイは何も答えず続きを聞こうと目線を外さずに見ている。


 言葉にするのは正直難しい。

 僕もアイも春香も……そして、湊達もきっとそう。

 色々な事を経験して、辛い思いをした中で“何かを変える”という意思表示をして、努力した。だから、今がある。

 確かに……親とかお金とか様々な環境、チャンスが要因として入ってくる。

 でも、あの学校に入ったということは他の人にはない様々なチャンスがそこにあってつかみ取れる場所にいる。

 だから……僕の気持ちの半分には苛立ちがあった。


 「“ここにいれば将来はプロになれるだろう”って思ってる人が多いんじゃないかなって気がする。だから、自分の武器を見つけようともしないで中途半端になる」

 『……ほお?』

 「アイ達の方がどうだったかわかんないけど、湊が言った言葉を“本音”と思って喜んでいる在学生を見ていると気持ち悪くなった」

 「……」

 湊は黙っている。それは分かる。

そして、僕とアイ以外も黙っているが……これは同意なのだろうか。 


 それでも、僕の中にあった気持ちはどんどんと溢れてしまって言葉がでそうになる。

 ……それを、アイと真さんが止めてくれた。

 『んじゃ、アタシと同意見ってことね』

 「ほら、青君?お肉食べて。……まあ、社長としては言わせてもらえばそれだけじゃないんだけど……個人としてはそう思ってしまってもしょうがないかな~?ふふ、内緒ね?」

 ……真さん?肉1切れで大量のネギしかいれていないのはどういうことですか。


 

 そこからは、春香が場の空気を換えるように色々と気を使ってくれた。

 「青さん?コーラ飲みますか?持ってきますよ。あ、黄瀬さんは何か飲みますか?アレクは?湊さんはとりあえずお茶でいいですよね」とか「ほら、湊さん豆乳飲みます?知ってますか?胸ってまだ大きくなる余地あるんですよ?」とか「アイさんの世界では普段どんな格好してるんですか?……え!?全裸ですか!?」とか……時折湊を弄りつつ、場の空気を明るくしようと尽力してくれている。

 そして、その春香をアレクと真さんが抱き着き……僕も巻き込んできた。

 それを、少しだけ距離を保ちながら湊とアイは微笑んでみていた。


 「私達は仲間だー!!!私達の手でもっともっと良い社会にしていくぞーーーー!!!!!!!!!!」


  精一杯の言葉だったかもしれないけど、真さんとアレクの温かさと湊達の優しさと厳しさ––春香の愛に少しだけ泣きそうになった。


 


 ……そんな少ししんみりした食事会は雑炊にして終了した。

 酒を飲むペースが徐々に上がっていった真さんとアレクは春香を拉致し、抱き枕となって春香の部屋で寝ているらしい。春香からのメッセで知った。

 なので、僕と湊が食事の片づけをしている。

 「ま、青には色々と謝ってもらわないと」

 「どこから?」

 『え、何かしたの?』

 「ウチに恥ずかしいセリフを大人数の前で言わせた件」

 「……それは自業自得だろ?」

 『なにそれ!見たかったんだけど!?』

 「じゃあ、お互いに謝って終わろ」

 「いやいや、何で“優しいお姉さんムーブ”で乗り切ろうとしてるんだよ。僕に“ロマンチストですね~?”って言った事は忘れないぞ?」

 『いや、青はロマンチストだろ』

 ……こんな会話をしつつ、僕らは食器を片付けていく。

 実際は湊は前日の事もあったし不安だったんだろう。

 

 徐々に食器は僕の台所の棚へと収納されていく、複数人でやれば早く済むもんなんだな。

 まあ、目の前で煎餅を食ってるアイは知らんけど。


 「ふう……こんなもんかな」

 「お疲れ様。ありがとう」

 『お~、終わったか。じゃあ、同級生会でもしますか』

 「なにそれ」

 『せっかくじゃん?たまには真面目っぽい話でもして青春味わいたいじゃん』 

 「なんだそれ」「ふふ、なにそれ」

 アイの言葉に、僕と湊は笑いながらつっこみ、アイが座っているソファーの隣に2人共座った。


 

 『ふう~、まあまず湊お疲れ様。流石に声優って感じだね~……アタシ、出演作品見たことないけど』

 「見ろし!」

 『青はある?』

 「え……ない」

 「見ろしっ!」

 botのような湊のツッコミに3人共笑ってしまう。

 でも、実は僕もアイも見たことがあった。きっと、湊も理解しているのだろう顔がにこやかだ。


 『さてさて、我が社長様は良い具合にあの場を治めたわけだけども?青君何か言いたいことはあるか?』

 「大変申し訳ないと思っております」

 「まあ、社長としては言えないよね」

 『でも、湊も思ってた事あるわけじゃん?』

 「……そりゃあね~?」

 『ま、青が代弁したってことにしとこ?全責任は青がとります!』

 「はい。この度は私が責任をとるので––」

 「じゃあ、あの学校は競争がない」

 「……うぇ?」

 『ほお?湊さんその真意は??』

 「え?見てて分かるじゃん。設備に対しての生徒の熱量が伴ってない」

 「言いますね~?え、ってかこの発言聞かれてたら全て僕の責任か?」

 『そうだよ?で、湊続けて』

 「だって、あれだけの設備と学科があれば沢山のことできるじゃん。ねえ?アイ」

 『それはそうだね。アタシもそれは感じてた』

 「でしょ~?」

 女子会ノリなのに話の内容の重さが面白い。

 しかし、更に僕らの会話の熱はあがっていく。


 『Vtuber学科を見てて沢山の事を学んだけど……変な言い方だけど“その人がVtuberをする”って理由がないし、外側の要素ばかりに気を取られてて、その人の本質がどこにあるのかがわかんないっていうのかな~?』

 「わかる~!」

 「なに、この女子会ノリ」

 『青だってわかってるわけじゃん?コミケに参加したり、サークルとして春香と一緒にしてきたわけだし』

 「そうそう、春香さんとの作品見たけど面白かったよ」

 「ありがと!ん~……そうだね。気持ちの面でいえば“なんでやりたいのか、何をしたいのか”ってハッキリしてないとダメなんだと思うね。簡単な理由でも良いけどそこが“人気だから”とか曖昧だと逃げ道になっちゃうと思う。きっかけとしてはそれでもいいんだけどね?」

 『真面目君じゃん』

 「真面目君かよ」

 「うっさいな~。まあ、それを他人に読まれちゃうってことはダメなんじゃない?」

 「深いねえ」

 『深イイ~』

 「「古いな」」

 ……そんな冗談交じりで今日のことを話し合った。

 僕らもまだまだ不完全だ。

 きっと“同族嫌悪じゃん”とかいう人はいると思う。でも、僕らはそんな奴らの言葉に耳を傾ける必要はないと思う。

 だって––


 『これからが大変になるけど、私達ならできるさっ』


 確信はないけど、その言葉が言えるんだから。

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