第31話 鍋を囲んで

 「「ただいまー」」

 僕と春香は真さん達よりも早く自宅へと帰宅することができた。

 誰もいない部屋……少しだけ寂しく思えた。

 「じゃあ、青さん?久しぶりに––」

 春香はそう言いつつ、僕の胸へと飛び込んできた。


 「充電させてください。ほら、頭を撫でて!」


 やっぱり、この上目遣いは卑怯すぎる。

 僕は春香の言われた通りに抱きしめている春香の頭に手をおき、優しく丁寧に撫でていく。

 春香の髪の毛は凄く綺麗でシルクのような感じがして一生撫でていられる。

 「青さん……青さん……」

 小さく呟いて、幸せそうにしている春香に僕は何度も理性を失いそうになった。



 『……えっと、あ、いや……その最中に……ども、どうもです。ただいまです』


 そんな空間を壊すように、半透明の女性アイが中学時代いけてないグループの男子の如く……しどろもどろに2人の空間を壊してきた。

 そんなアイの挨拶に僕らは「え!?」と驚きながら離れ、今の恰好に似合うような“クラスメートにはバレてはいけない関係”のように絶妙な距離をつくってしまった。

 『えっと~、エッチするならホ、ホテルのほうが……』

 「「……」」

 『イヒ、ア、アタシナニモイワナイカラ。ニチャア』

 「キモい」

 『青、その言葉シンプル傷つく。もうすぐ黄瀬さんたち帰ってくるから程々にしておかなきゃダメぞい?』

 「そう、だな」「ぶー」

 『春香?黄瀬さん達疲れてると思うから風呂の準備しておいてやってくれぬか?春香のいれてくれたお風呂は最高ってさっきいってたぞ?』

 「そう……そうかな!?しょうがないなぁ~。青さん!私少し行ってきますね!」

 「春香も汗を流しておいで!」

 その言葉に「はい!着替えてきたら少しだけ触っていいですから!」と言って僕の部屋を出て行った。

 ……少しだけ?もう色々と触ってる気がするけど。


 『……うん。やっぱ健全な女子には健全なお付き合いが必要ってことだね』

 「はいはい。で?何で先に帰ってきてるわけ?」

 『ん?もしかして、アタシが来なかったら一発してるってこと?この部屋をイカ臭くすると?』

 「そこまで言ってないじゃん」

 『ニャハハ。ま、アタシはしても構わないんだけどねぇ~……構わないんだけど~……』

 アイはその次の言葉が出なかった。

 というか、その顔の奥には何を思っているんだろう?僕は理解をするのを放棄した。

 だって……ド下ネタすぎるからな?



 「あ、アイの方はどうだったの?」

 『アタシの方?』

 「そうそう、Vtuber学科なんて初めて聞いたからどんなものなのかな~って思って」

 『……聞きたい?』

 「そりゃあね」

 『じゃ、今日の晩御飯はしゃぶしゃぶね?そこで色々と話そうか』

 「お前食わないじゃん」

 僕の……今思えば最低なツッコミにアイは『うるさいな』と言いつつ、笑顔で答える。


 『一緒にご飯食べてる空間が好きなの!だから、今日のご飯はお願いね!』


 



 


 ……そこから、帰ってきた真さん達を僕は出迎えた。

 早速、春香が「お風呂用意したから!」と言って女性陣を自宅へと招きいれ、本人は僕の買い物へと付き合うように僕の右腕に抱き着いている。

 「ね!青さん!このジャージ!」

 「最近見てなかったけど懐かしいね」

 「ふふん!このジャージには青さんの匂いがこびりついているので!」

 「換気扇の落ちない油汚れみたいな感じでいうな」

 「ええ!この匂い……落ち着くんですもん。本当は毎日着てたい」

 そういいつつ、ジャージの袖をクンクンする。

 そして……最高のとろけ顔をする。


 「……その顔、外でするなよ?」

 「?私のアへ顔は青さんにだけしか見せませんよ?」

 「さいですか」

 「じゃ、行きましょう!お買い物へ!」

 ……今思えば、自然とお揃いのコーデになっているわけだが気づいたのが店に着いた直後だったのでどうしようもできなかった。

 まっ、今更だし何て言われてもいいんだけど。


 


 買い物を終え、僕らはゆっくりと家の方へと歩いている。

 2人分以上だから思っていたよりも多くの材料を買っているので……正直言って春香がいて助かった。

 でも、普段ペンよりも重いのを持たない春香のことだから正直不安だ。

 「重くない?」

 「だ、大丈夫です!」

 「重かったら言ってな?持つから」

 「はい!じゃあ、私を持ってください」

 「は?」

 「おんぶ」

 「……」

 「おんぶしてください」

 「……はいはい」

 僕は道の端に寄り、しゃがみこむと……温かい感触と重さが一気に押し寄せてきた。

 「じゃあ!一緒にいこう~!目指せ青さん家~!!」

 ……いや、重い。重すぎる。

 でも、それと同時に背中に当たる感触に……顔がゆるむ。

 とりあえず、息はなんとかできそうだ。


 「青さん……ここががら空きですよ?」


 ……耳元で囁いたり、耳を甘噛みするのはやめてください。

 それに、「青さん」とか「青」とか「青くん」とか色々な言い方をしている事が……更にゾクゾクさせる。

 「ちょ、ちょっと危ないから……」

 「ふふ、青さんと一緒なら落ちてもいいですよ?」

 「いやいや、ダメでしょ……うう」

 「じゃあ、私を落とさないよ~に頑張ってください?」

 「は、はいはい……」

 「……青さんのご褒美楽しみにしてますから」

 最後の言葉は……僕の背中に伝わる鼓動でも本気なのが伝わった。




 


 ◆ ◆

 

 時間は過ぎ、僕らは鍋を囲んでいる。

 汗だくになった僕の背中に最後まで背負われた春香は「私ももう一度シャワー浴びなきゃ」と言って……僕の部屋の風呂場へ行き、汗を流した。

 そして、何故か僕の服を取り出して……この食卓では女性陣の中で1人だけ男性用のジャージを着ている。


 『……アタシらは何をツッコめばいい?』

 「アイが言うと全部下ネタに聞こえるんだけど」

 『湊ひどくない!?……いや、そうかもしれないけどさ』

 「……さ、ご飯食べよ?春香さんはそのジャージの袖まくるか脱いだ方がいいかもね」

 アイの言葉に湊は返答し、そして春香に姉のように声をかける。

 春香も春香でジャージを脱ぎたくないようで「じゃあ、袖を……」といってアレクに手伝ってもらっていた。


 ちなみに、真さんとアレク、湊はアルコール度数の低いレモンサワーを買ってきていてチビチビと飲んでいる。

 そのため……まだ骨抜きになっていない。



  ……鍋の中では野菜やお肉、魚が良い具合に煮込まれている。

  「えー、今日は皆お疲れ様でした。本当、急にごめんね!青君達ビックリしたでしょ?」

  真さんはレモンサワーを乾杯の音頭として持ち上げ、少し飲んだ後こうやって僕と春香に問いかけてきた。

  それを、僕と春香は「いえいえ」とまず当たり障りのない相槌を打った後会話として繋げていく。

 「僕としても楽しかったですよ?初めて見に行ったけど色々な設備やスタジオがあって面白かったです」

 「あと、デザイン科もあるんですよね?見に行ってみたかったです!」

 「大学にはない本当に“専門知識”を学ぶ場所って凄く楽しいですよね。しかも、あんなに沢山の学生さんがいるってビックリだったというか––」

 「仲間ー!って感じした!」

 僕らの言葉に真さんは「うんうん」と言いながらレモンサワーをテーブルに置いた。そして––

 「可愛いなぁ!!!!!!!!!!!!!!!本当!!!!!!!!!!!!!!食べちゃいたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 そう言って、両手で僕らの頭を撫で始めた。

 ……そして、アレクが真さんのケツにキックするのまでがセットだった。

 そういえば、アレクのドSモードも久しぶりだな。


 「……ふん、私は酒を飲んでも一時的で直ぐに覚めるから」


 その言葉の裏にはきっと……「普段はこんなんじゃないんです」という合コンに行った女性が“私ぃ、酔っちゃったかも~?”という意味に近いものがあるんだろう。


 『で、湊の特別講師はどうだったんじゃ?』

 アイは僕らのご飯は食べられないが合わせるように––白米と味噌汁と1人用の鍋(キムチ鍋かな?)を置いてご飯を食べながら僕らに聞いてきた。

 「湊?何か凄く変だった」

 「変!?」

 「あー、なんていえばいいんだろう?プロフェッショナルな感じがしたっていえばいいのかな?」

 「かっこよかったよ!湊さん!本当、山なし信号機なだけじゃないって思った!」

 「……っ///」

 春香さん?凄い言葉が毒舌だけど?

 というか、湊も湊で何故照れる?「にゃー」って言ってるし。

 ……そんなカオスになりかけている空間に、アイは軌道修正をかける。


 『正直、この学校をどう思った?』


 その言葉の真意––僕は理解しているつもりだ。

 

 「正直、ダメだと思う」


 その言葉の熱量と一緒に鍋の中はどんどんと煮えてきていた。

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