第30話 潜入!専門学校!

 「ぼ、僕と結婚しよう」

 「は……はいっ!喜んで!!!」

 本気で喜んでいる春香の顔が近づいてくる……。


 「はい、カット!……えっと……桜井さん?少し役に入りすぎか……かな?あと、草薙さんは照れすぎですね」

 ……そんなことを白鷺湊先生は言って、僕らにダメだしをしていく。


 ––それは、数時間前の朝ごはん前から遡ることになる。




 ◆ ◆


 「へぇ……」

 「九州だと味噌汁が白みそだからね。甘いんだ」

 僕と湊は一緒にキッチンに立って朝ごはんの準備をしている。

 湊は声優の仕事や関係者に地方出身の方が多かったのか、各地方の料理を知っていて教えてもらっている。

 僕と湊以外のメンバーはまだ寝ているのか、春香の部屋から僕の部屋へとはまだ来ていない。

 「湊がこんなに料理できるとは思ってなかったな」

 「は!?ウチのことどう思ってるわけ!?」

 「……え?聞きたい?」

 「……えー、じゃあ、うん」

 「汚部屋のギャル」

 「殴るぞ?」

 そういいつつ、野菜を切ってる包丁を向けないでください。怖いです。

 でも、本当に人は見た目によらないんだなって感じがして面白い。


 『……おはよ』


 そんな日常会話を料理しながらしていると、眠気眼なアイが浮き出てきた。

 バーチャルなのに寝間着姿は正直ドキッとする。

 「アイは一度はだけた服と顔とか洗ってきなさい」

 『……ん』

 母ムーブをかました湊に娘のような返事をして、アイはまた消えていった。

 「青達って本当何もしてないわけ?」

 「するわけないだろ」

 「……春香さんとも?」

 「え、うん」

 「……はあ」

 そのため息はなんですか?湊さん。

 というか、どこまで知ってるんだ?湊さんよ。


 「見てたらわかるけど、はやくくっついてくれない?目のやり場に困るんだけど」


 ……はい、善処します。


 そこから、僕らは朝ごはんのメニューを続々と作っていく。

 朝ごはんだけど……今日は卵焼き(甘め)と筑前煮(がめ煮)と鮭の塩焼きと味噌汁という––“THE日本の朝食”が出来上がった。

 その匂いに釣られるように続々と僕の部屋にメンバーが集まる。

 黄瀬さん……あ、真さんは案外朝からあのままというか、しっかりと起きているのだが……春香とアレクは今も眠りそうになっている。

 ちなみに、アイは朝からジャンクフードを食って元気いっぱいの様子だ。


 「おい~、春香~?アレク~?起きてくれ~?」

 「ん~……」「眠い……」

 僕の声に返事を返すが、いやもう寝てるじゃん。

 僕が春香をゆすって起こそうとすると……少しはだけてナイトブラが見えた。

 「うぇ!?」

 「……青さんのエッチィ」

 「起きてるならそんな真似しないの」

 「じゃあ、私まだ寝てるから襲ってきていいですよ?」

 「……今日は他に人いるんだぞ?」

 「うぇあ!?」

 『英語で服ってことかな?』

 アイの余計なボケを挟みつつ、春香は顔を真っ赤にして洗面所の方に走っていった。

 残るは……アレク。

 「アレク起きてくれなきゃ真さんが怒るよ?」

 「ん~……だっこぉ」

 「……え?」

 「あらら、私には言った事ないでしょ?」

 「……」

 「アレク?」

 「……ちっ」

 そう言うと、僕の手を少し握って「栄養」と言って洗面所の方に向かって歩いて行った。


 「本当、青達くっついてくれない?」

 

 湊の言葉が再度僕に突き刺さった。

 



 そこからはゆっくりと僕達は朝食をとった。

 女子ばっかりだと朝からワイワイしているものかと思ったけど……案外静かだったのは少しだけ残念だった。

 でも、それが普通なのかもしれない。アニメじゃないわけだし。


 ……そして、各々のペースで食事を終えて今はお茶を飲んでリラックスしている。

 さて、これからの予定は何かあるんだろうか?

 「あ、そうそう青って今日暇だよね?」

 「え、何で前提なの」

 「暇じゃなきゃ手のこった料理とかしないでしょ?」

 「……さいですか」

 少しだけ春香が「料理!?」と言っていたが……今回はスルーするとしよう。

アイが『そんなこともあるさ』と慰めなのかわかんないフォローもしていることだし。


 「昼過ぎから黄瀬さん……あ、真さんとアレクさんと一緒に専門学校に行ってくるんだけど一緒に来る?春香さんも」

 「は?専門学校?」

 「そ。私は特別講師として学校に行くんだけど真さん達はその学校の“Vtuber学科”っていうのを見学とカリキュラムとか生徒がどうなのかとかを見に行くんだってさ」

 「え、僕達が行ってもいいわけ?」

 “学校”ってつくんだから大学生が行ってもいいんだろうか……?

 そう思っている僕の心を読んだかのように、代わりに真さんが話をする。

 「行っても大丈夫だよ。認可校と無認可校とか専門学校にも分かれるけど“高卒以上”であれば認可校も行けるの。だから、実は専門学校でも20歳以上の人も通ってたりするのよ」

 「へえ」

 「それに、もしよかったら春香ちゃんと一緒に来てほしいのよ……体験入学生として」

 「「え?」」

 「私とアレクは“企業の人”として行くからね……信用してないわけじゃないけど、その学校の生徒の質や教育の質、体験に来る人の質とかを知っておきたいの。そうすれば、後々事務所が大きくなった時にスカウトだったり、学校との協力関係を強固にする事できるでしょ?」

 ……何か怖い事いうぞ?この社長。


 『ふむ……ということは、青と春香には“学生側からの視点”で学校を見て欲しいと……?』

 「その通り!流石アイちゃん!」


 ……ということで、急遽僕と春香はなんちゃって高校生へとレベルダウンした。

 「本当は学生服じゃなくてもいいんだけどね……学校の皆様に失礼がないようにしなきゃ」

 そういって、僕と春香に学生服っぽい服を見繕っているけど……真さん、どっちにしても失礼だよ?

 僕の気持ちを知ってか知らずか––僕と春香は高校生っぽい服装になった。


 ……ちなみに春香よ。学生服デートと思ってニヤニヤしちゃダメだよ。


 ◆ ◆

 

 ということで……僕らは白鷺湊先生の指導を大人数集まった広いスタジオで演技をしていたわけだ。

 「では、次の方––」

 湊はそう言って、僕らを大人数の一部に戻すように促し……僕らはスタジオの端へと座った。

 実際、見ていると……大半が高校生のように見えるが、たまに大人の人が混じっている。

 ただ……なんというか……明らかに“白鷺湊に会いたい”っていうだけの人もチラホラ見える。


 「ね、青さん青さん」

 目の前で別の男女が演技を開始したのを見ながら、隣でちょこんと座った春香が声をかける。

 僕はその言葉に視線を変えずに「ん?」と返答した。

 「湊さんって本当に声優だったんだね」

 「そりゃ、プロだよ」

 「正直、胸なし信号機だと思ってた」

 「毒舌すぎんだろ」

 「あはは、冗談ですよ。でも、こんなに沢山の人が来てるってことは凄い人なんですね。カッコいい。」

 「……」

 確かにそうだ。

 僕らといる時には見せない“プロの顔”があって、正直僕も驚いている。

 適格にアドバイスを送り……人や態度によっては当たり障りのないアドバイスで誤魔化す。

 多分、それがこの業界で生き残りつつ苦労した姿なんだろう。


 「––では、ここで在学生の皆様の演技を見させてもらいましょうか」

 ある程度体験入学生の演技を終えると、湊は在学生へと“演技できるでしょ”というキラーパスを送る。

 そのパスを在学生は“え!!?”と思ってる子と“待ってました!”という二極に分かれて学生内でざわざわとしている。

 それを察知したのか、追加で言葉に魅力を足していく。

 「……ココで体験入学に来た子に実力を見せてあげないとダメじゃないかな?あ、それと私を唸らせることができれば良い事あるかもよ?」

 そんな馬の前にニンジンをぶら下げるような言葉を湊は言うと在学生は「やります!」と言ってスタジオの中央へと走ってきた。

 僕と春香以外の体験入学生はそんな姿に拍手と「おお~」という歓声を少し上げて歓迎したのだが……おい、湊の顔が怖いんだけど。


 「では……そうですね。せっかくなので私がテーマを言うのでアドリブで3分以内に起承転結を付けて演技をしてください。テーマはそうですね……あ、そこの学生さん。えっと、名前は……草薙青さんであってますか?お題を何かください」

 はい、来た。

 それに、他人事だからか春香も「青さん言ってやって!」と煽るし、在学生も「かもん!」と息巻いている。

 ……いや、何で僕に振るんだよ。


 「えっと……そ、そうですね……。『夏の夜』でどうでしょうか……」

 「うん、いいじゃないですか?草薙さんって本当ロマンチストなんですか?可愛いと思いますよ」

 

 あとで、絶対に仕返ししてやる……。

 僕の気持ちがふつふつとこみ上げるとは逆に……目の前の在学生の演技は正直にいうと下手だった。

 時折「えー」とか「あー」とか役になりきらず、恥を捨てれていない態度が見えるのはこっちが恥ずかしくなる。

 しかも、演技が終わると同時に「いや、お題が悪いんです!」って言い訳もする始末。


 ……でも、それを湊は「いいんじゃないですかね。これからの伸びしろに期待してます」と大人の対応でこの場を難なくおさめた。



 そこからは“白鷺湊への質問コーナー。NGなし!”が設けられて様々な質問が投げかけられた。

 それも、湊は軽く無難な答えでかわしつつファンサは大事にしている。

 ……いや、ここは逆襲のチャンスではないか?

 僕は『最後に質問のある方』という司会者の言葉にかぶせるように手をあげ、当てられたので質問することにした。

 

 「白鷺さんもせっかくなので演技してくれないんですか?“ロマンチスト”な僕がお題だすので!え~っと、好きな人へ甘々なギャルの演技みたいです~」

 「……ぐっ、えらい具体的ですね」

 「ええ?だって、せっかく僕らは“白鷺湊さん”を見に来てるんですよ?ここは声優の先輩として見せてもらわなきゃ~」

 「……いや、だって……ね?み、皆さん?」

 一瞬、人を目で〇しかけないくらい怖かったが営業スマイルに戻りつつ、湊は焦っている。

 しかし、湊以外の反応は……もちろん、僕の味方だった。

 「みたい!」「有料級じゃん!」「録音したい!」

 そんな声が聞こえてきて……湊の心は折れることになった。

 

 「わ、わかりました……えっと、好きな男性に甘々なギャルですね?……いや、お題でもなんでもな––」「できるんですよね?」

 「ぐっ、わかりました」

 湊はスタジオ中央へと歩き……一息ついた。

 僕らもその一息に……緊張感と期待感が高まっていく。

 そして––


 「やっほー!あれ?今日はチョコ食べてるの?アーン……え?一口くれないの?じゃあ……んっ、おいし。はい、返すね!あっ、間接キスになっちゃう?ふふ、食べていいんだよ……?あ、それとも……ここに直接キスしたいの?ほら、いいんだよ?」


 やばい。なんだよこいつ。

 湊の動きが……後にする春香との“ご褒美”を連想して、顔が熱くなる。

 春香も「うー……」と言っているので同じ気持ちなんだろう。

 くそ……返り討ちにされてしまった。

 湊も湊で平然を装ってはいるが……内心どう思っているんだろう。

 

 「は、はい!こんな感じでどうですか?草薙さん?」

 「……あ、ありがとうございました」

 

 こうして、湊への質問コーナーが終わり、僕らの体験入学潜入も終了した。


 本当は体験入学生と在学生の交流会があるのだが……湊や真さん達が先に学校を出た事を知ったため『用事があるんで』と先に退出した。



 専門学校を出て、数分くらい歩いた。

 そうでないと怪しまれると思ったからだ。

 「春香」

 「ん?何ですか青さん」

 「お疲れ様」

 「お疲れ様です」

 「あと……その恰好はやっぱり可愛い」

 「あ、あう///ありがとうございます///」

 春香とつないだ手が……外の気温と同じように暑くなってくる。

 でも、その暑さは僕にとって心地よいものだった。


 「じゃ、急いで戻らなきゃ。皆を待たせちゃダメだよね」

 「はい!」

 そう言うと、僕らはタクシーで家へと戻った。

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