第28話 記憶の扉
僕の部屋では……水の音が流れている。
それは、泡がもこもこと泡立ち……擦ると良い音を部屋に響き渡らせる。
「……」
僕は今、食器の片づけを一人でしている。
そして、泊まりにきている皆は––春香の部屋でお風呂兼女子会を開催しているようだ。
春香やアレクに「来て」と言われたが、それは丁重にお断りした。
だって、理性を保てる男性はどこにいる?
考えてみろ?考えて捗らせてみな?
“ロリからハーフ美女までいて、皆可愛いくてスタイルも良い”……これにプラスして、お風呂上りの火照った顔や体(隠れてるが想像では全裸に近い)を見れるってなれば……もう神作品間違いなしだろ。
「……おしいことしたか?」
うん、僕はきっと最大のチャンスを逃しているんだろう。
……あ、でもこんなに大人数でご飯を食べるのってこんなに楽しかったんだなって感じてそれは嬉しかったな。
子供のころから夢見た光景を大学2年になってやっと叶えれた。
……明日は何を作って驚かせよう?
『青は今の状況に満足してる?』
そこには、僕の思考を読んでいるかのように––頬杖をついて洗い物をしている僕を見つめているアイがいた。
「は!?なんでいるの?」
『……いや、アタシは風呂一緒に入れないし。移動もかかんないからね』
「あ、ああ……って、皆一緒に入ってるわけじゃないだろ」
僕の部屋と同じだから、2人くらいでも限界だと思う。
だから、余計に……少しだけ真面目な顔しているアイがいるのに違和感があった。
『あー、青が1人でいるのは可哀そうだなぁ~って。あはは』
「はいはい」
アイなりの気遣いなのだろうか、アイは頬杖をしたまま僕の手元を見ている。
それは……何かを言いたそうにしてて、少ししてから口を開いた。
『アタシはさぁ?』
「ん?」
『アタシはね?青には沢山の感謝をしてる。そして、少しの罪悪感もある』
「……」
『で、それは私なりに今まで青には伝えてるつもり。それと、春香にも』
「そうだな」
本当は“だから、今こうやって楽しく過ごせてるよ”とは言えなかった。それは、洗い物をしているからかもしれないし、目の前の姿を見てからなのかもしれない。
『でも、青はアタシにもまだ伝えてなかったことあるよね?』
アイは頬杖を崩して、僕の目を真っすぐと見つめている。
「……」
未だに僕の部屋には水の流れる音が聞こえている。
それは、僕が手を止めているからだ。
『アタシが言う事じゃないし、AIって言ってるくせに最近知った事だけど……青––』
その次の言葉は本当に言って欲しくない言葉だった。
『両親共に自殺したって本当のことなの?』
「っ!!!」
『……』
僕が持っていた皿が手元から落ち……そして、足元で割れた。
その破片は……僕の足をかすめ、所々から血が流れていく。
それでも、僕もアイも騒ぐことはなく……水の音だけが止めどなく流れている。
……時間はたっぷりと流れたと思う。
それでも、アイはじっと僕を見つめて……僕は記憶の蓋がどんどんとこじ開けられていく感覚を覚えた。
◇ ◇
「お前は不出来な人間だ。だから、私達には不必要なんだ」
小学生の頃だ……僕の両親は僕の頬と腹を何度も叩き、そういった言葉を何度も浴びせていた。
僕も“これが当たり前なんだ”なんて思っていたから何とも思っていなかった。ただ、少しだけ顔が痛むだけ……。
でも、そんな両親からもらった食べ物は嬉しくて何時間もかけて自分の体内へと入れていった。
幸せだった。
––だから、あの日。僕は正直理解ができなかった。
【あなたたちは間違っている】
大人が……僕のお父さん、お母さんをイジメていることに。
胸が苦しく、理解は追い付かなかった。
目の前で大きな声で怒鳴っているお父さん、今の状況が理解できないお母さん。
でも、相手の言っている言葉には反論もできずいる姿に僕は声すらあげることができなかった。
……それは、何か月も続いた。
毎日ではなかったけど、僕の事を見てくれる両親はそんな悪に疲弊していく姿が持ってきてくれるご飯で理解できた。
「……だ、だいじょうぶ……」
はじめてかもしれない。あの時、小さな声で母に聞いたのは。
でも––「触るな!お前のせいだ!」って言われちゃった。ごめんね。お母さん。
……あの後、僕は祖父の家へと旅行に行くことになった。
何泊かわかんない。
でも、祖父は涙を浮かべた笑顔で「おかえり」と言ってくれたのは正直に言って嬉しくて泣いた。
––その数日後だ……僕の両親が自分たちに保険金をかけ、この世を去ったのは。
遺言書には『青から私達の記憶は消してくれ』と書いていたらしいが……僕からすると“何が現実で何が嘘なのか”って理解はもうできなくなっていた。
––だから、僕は人間として過ごすために記憶を削除した。
祖父との少ない時間を過ごし、祖父がこの世を去ってしまうまで一生懸命に『人間』を演じ……また疲弊した。
だから、残された【要らない物】を有意義に使うことでナニカでいようとした。
……そうだ。だからだろう。
僕が哀と出会い、哀が消えたのは。
だって……
◇ ◇
『……アタシの施設の人が言っていたんでしょ。青の両親に』
「……」
『アタシも正直知らなかった。でも、こっちに来て色々な記憶が流れていく中で……正直、アタシから何か言えることはない』
「……」
『それでも……今の青はアタシからすれば凄く楽しく、人間らしく過ごしてると思ってるよ。こんな姿を高校時代に見た事がないってくらいに』
「……」
『だから、その記憶に蓋をするんじゃなくて上書きをしてほしいの。きっと、このままだと……青が辛くなる』
アイの顔は今までに見せた事のない、悲しい表情をしている。
僕は……流れている雫をここで認識した。
アイは『だから……』と僕に近寄り……拭けないはずなのに……僕の頬を伝う涙を拭こうとしてくれた。
『だから、アタシ達と一緒にこれからを楽しんで行こう?』
その言葉に……僕はゆっくりと蛇口を閉め、上を向いた。
そして––僕はアイに顔を向けないまま返答する。
「……その記憶は哀にとっても辛いんだろ。だって、僕は––」
『アタシをイジメられる仲間にしたってことでしょ?』
そうだ。
僕はあの時にたまたま聞いた言葉で……隣にいた人を標的にしてしまった。
そして––取り戻すことのできない過ちにしてしまった。
『……』
「……」
静かな空気が部屋を覆う。
それでも、鉄臭い臭いは少しづつ僕の鼻へと侵食していく。
『そうか』
アイは小さく呟くと––僕を抱きしめようとしてしてくれた。
『……はは、アタシはバーチャルだった』
「……」
『青はね、人一倍抱えすぎなの。アタシにはアタシの事情があって、それはアタシが選ぶことだってできる。だから、青が異常な程抱えることは必要ない。それに……何はともあれこうやって一緒に話したり遊んだりしてるでしょ。だから、どこかでそういった記憶がよぎるんじゃなくて、純粋に楽しく遊んで欲しい。それが、アタシの願い』
アイは『上手く言葉にできないのはAIとして失格だけどね』って言いつつも感情を真っすぐに伝えてくれた。
僕はどうなんだろうか?
「……そうだね」
アイが哀としてこの記憶を見せて来たのは、きっと“先に進むため”だ。
それは、目の前にいる存在だけじゃなく……姉としての不安もあったんだろう。
本当の幸せを得るために、本当の価値を得るために。
「うん、アイありがと」
といっても、まだ僕には処理できない事はたくさんある。
……それを知ってか『そっかそっか』といって普段のアイへと変貌していく。
でもアイは最後に1つ付け加えた。
『じゃあ、もし……もしだけど、アタシと触れ合える時代がきたら……その時は抱きしめてね?あ、春香には内緒でね?』
……小悪魔的な笑顔を浮かべ、アイは消えていった。
……数秒後、1人の部屋に女性が泣きながら入ってきた。
「青さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!」
春香が救急箱を持って……僕だけになった空間に明るさを加えてくれた。
その後に……慌ててる春香の代わりに湊が入ってきて、丁寧に治療を施してくれた(黄瀬さんとアレクは入浴中らしい)
そんな2人の健気な姿を見て––少なからず過去を見て、上書きすることも悪くないかなって思えた。
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