第25話 ささやきおばさん化した僕達の交渉

 「先日の件は本当に申し訳ございませんでした」

 ––入店して早々、パソコン店のオーナーらしき中年の男性は僕ら(アレク、春香、僕)に頭を下げた。



 ……いやー、先日の件は凄く修羅場だった。

 このお店のバイトらしき店員にいきなり罵倒され、馬鹿にされ……それにアレクがブチ切れて「てめぇ……」と本気で怖い状況だったのだ。

 ……その件の経緯と謝罪のために今日、当事者三人で来たのだが……場の空気は早速最悪だ。幸い、お客さんが1人もいないのが救いだろうか……。


 「こちらこ––」

 「全てこちらの責任です!本当に申し訳ございません」

 「あの、あの時の店員は––」

 「本当に申し訳ございません、申し訳ございません」

 ……アレクの話を遮るように、中年オーナーは礼儀作法の教科書通りに腰を90度に折り謝罪をしている。

 でも、アレクさんの顔……ちょっと怖くなってくる。

 そりゃ、こっちの話が通らないからね。そうなるよ。

 


 「あのっ!すいません、一度話をしてもらえませんか?」

 いやー、大人の男性に僕みたいなガキ風情がいう事じゃないんだけど……。

 こちらの話ができなきゃこの場の意味はなさないので、僕は勇気を振り絞って舐めた事を言ってしまった。

 それでも、僕の声に「あ……申し訳ございません」と再度頭を下げたのち、やっとのことでコチラに顔をあげてくれた。

 顔で判断するわけではないけど凄く優しそうな雰囲気を醸し出している。

 例えるなら……田舎に趣味でつくった喫茶店で毎日余生を過ごしているような……そんなおじさんだ。


 アレクは僕に対して「すまんな」と小さい声で感謝をし、大きく息をはいた。

 「先日の件は申し訳ございませんでした。こちらもカッとなってしまい店員の胸ぐらをつかむという事をしてしまいました」

 「……いえ、原因は全てこちらにありますので……」

 言葉の意味だけを考えると「めんどくさいから」と思っての謝罪に聞こえてしまうが、このオーナーの表情を見ると「本当に酷いことにしてしまった」と事の重大さに気づいているようだ。


 アレクはアレクでこのオーナーの対応に「どうすればいいんだ……」と今までに体験したことのない状態に困惑している様子だった。

 「えっと……あの時の店員さんは……?」

 アレクの代わりに僕が再度話をすすめる。

 まあ、僕が最初の原因でもあるので部外者ではないですからね。

 ……蚊帳の外状態の春香も小さい声で「青さんを馬鹿にした店員どこだよ」とプンスカしている。


 「オーナーである私の権限で……解雇しました」

 「……」

 当然なのかもしれないが、薄暗い店内がより一層“お通夜”みたいな状態にしているのが辛い。

 

 「私の責任です」

 「そうですね」

 僕が言葉を紡ごうとした瞬間に……アレクは即答して答える。

 え?ちょっと急にどの立場にいるんだ?アレク。

 オーナーの方も「え?」と小さい声で唐突な言葉に驚いていたが直ぐに「おっしゃる通りです」と言った後、オーナー自身が見た事と元店員の証言を事細かに話し始めた。


 「あの時、私は倉庫の方で今後出すための中古パソコンの整備をしていました。店員のあの子も一緒になって手伝ってくれていたのですが、元々私よりも知識は上でして……きっと、図に乗っていたのだと思います。最初は『オーナー行ってきて』なんて言ってたのですがアルバイトの子には教えていない情報とかも私には取り扱うこともあるので『倉庫は任せられない』というと舌打ちして店舗の方に向かった……というのが最初になります」

 

 ……あの店員の顔を思い出す。

 春香も僕の後ろにいたのだが「おえ」って言っていたところをみると……本当に生理的に受け付けなかったのだろう。


 「実は倉庫の方にも店舗が見えるように防犯カメラを設置しているんです。そこで最初は『なにかあったのかな?』程度に思っていたのですが……あなた様達を侮辱していることはモニターに画像が映し出されたあたりで理解できました。……でも、もっと早く気付くべきだったと思います」


 アレクは未だに無言でこのオーナーの話を聞いている。

 確かに……防犯カメラから映し出された映像を無音で見ていたら最初の部分はわかんないよね。

 ––湊と僕をあんなに侮辱していることなんて、このオーナーは未だに知らないんだろう。


 「そこからですね……私は急いで店舗に戻ったという形となります。皆様が帰られた後、アルバイトの方から事の経緯を聞いたのですが……」

 「ほう?」

 「矛盾したことばかり言われており、正直理解ができてません。彼曰く『あいつらが勝手にしてきたこと』との一点張りで『警察に被害届をだす』と言っていました」

 「……」「はあ?」「は、きも」

 僕ら各々の反応が……僕ら以外いない店舗に響いた。


 「……いえ、私がそうさせないようにしますのでご安心ください。状況証拠としてこちらには映像が残っていますので。それこそ……彼は若い。自分に非があるのを棚に上げてる事を知る良いキッカケになると思います。もちろん、警察から何かあれば私が皆様の味方となります」

 「……いいんですか?」

 「はい。それが私ができる最大限の誠意と思っております。本当に申し訳ございませんでした」

 「えっと……」

 僕は何て答えるべきなんだ?「ありがとうございます」?「そこまでしないで……」?……んー、わからんぞ。

 

 「では……オーナーさん。私達にパソコンを売ってくれませんか?」


 アレクは僕らを置いていくように……唐突な言葉をオーナーへと投げかけた。

 そんな言葉を受けたオーナーは「ええ?」と用意していた質問にはない言葉に少しだけ戸惑っている。

 「ああ、すいません。言葉が唐突すぎました」

 アレクはそのオーナーの表情をみて、今度は言葉を選びながら話を始める。

 ––それは、この前のアレクとは全く違う“年上で頼れる”アレクの姿だった。


 「本来、こちらの店舗に来た理由は『ゲーミングパソコン』の購入または価格調査できました。それは、私たちが今後行う事業に必要な機材だからです。ですが、如何せん私達にはパソコンに詳しい者は誰一人いないのが現状です」

 丁寧な説明だ。

 それに、アレクの表情は変わっていないのだが少しだけ声色は優しい風に話をしている。


 「そこでです、こんなに丁寧に迅速に対応していただいたオーナー様とこちらの企業で協力関係になれないかと思っています。私達はあなた様の企業から機材を購入し、私達がこの会社の宣伝や後々はマスコットを用いた広報活動もできればと考えていますが……いかがでしょうか?」

 「へ?え?」

 オーナーから可愛らしい反応が返ってくる。

 まっ、こんな僕らが“新事業をする”って思わないよな。わかるぞ、オーナーさん。

 

 アレクも思った反応じゃなかったのだろう、少しだけ首を横に傾ける。

 「アレク……名刺はある?」

 「あっ、そうか」

 僕が昔のささやきおばさんのように小声でアレクに伝えると直ぐに名刺をオーナーへと渡した。

 オーナーはその名刺とアレクの姿を何度も往復で見て「お……おお……」と呟いたのち……少しの間が生まれた。

 

 僕の後ろでは手持ち無沙汰過ぎて暇なんだろう、近くにあったパソコンのマウスを使って絵を描き始めた。もちろん、春香が。

 たまに聞こえてくる少し前に流行った曲を鼻歌で歌うのは場の空気を壊すのでやめていただきたい。可愛いから僕自体は嬉しいけど。


 「……わかりました。こちらの件は前向きに検討させていただきます。こちらとしても願ったりかなったりの条件ですし」

 「ありがとうございます」

 「あと、パソコンの件ですね。そちらのお嬢様は……絵を描かれる方でしょうか?では、そちらに特化できるようなセットをコチラで用意させてもらいます。あとは……黒瀬さん達はどのような用途で使われますか?」

 お、何か春香の鼻歌のおかげかな?良い方向に話が進み始めた。

 

 それにしても、オーナーからの条件提示を聞かれたのにアレクは答えようとしない。

 ……え?まさか……。

 「私、パソコンの事はよくわかってない」

 そうだった……ちなみに、僕もだけど。

 そのため、オーナーの苦笑いが生まれるまで––今度は春香の鼻歌だけが店内に響いた。

 「あ~……なるほどですね。そ、そうですよね。パソコンってたくさんあるし“スペック”とか“自作PC”とか“CPU”とか色々言われてもわかんないですよね。失礼しました」

 「あっ、いやいや!こちらこそすいません!」

 「では……コチラで各種用意させてもらってもいいでしょうか?ハイエンドからミドルスペックのゲーミングパソコン……そうですね、できるだけ安く提供できるように手配させていただきます。あと……“事業で使う”との事でしたので、今話題の配信業をされるのですかね?そうであれば、周辺機器も用意します」

 「それは助かります」

 「いえいえ、こちらも最大限のお礼をさせていただきたいので」

 そうオーナーは答えると、連絡先と名刺を渡してくれた。

 「私、この店舗のオーナーの田中です。これからよろしくお願いします」



 「うんっ!できたっ!」

 春香がマウスで描いた落書きは……歪だったが、この状況を表すような“人と人が手を取り合っている”絵だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る