第24話 【長編】黒瀬アレクサンドラと仲良しになろう!

 「てめぇ––」

 「ひっ!」

 突っ伏した店員に足を乗せようとする一人の女性。

 ……僕の前に広がる光景は––アレクの独壇場と化していた。


 ◇ ◇


 それは、数時間前へと遡る。

 「こんにちゅわ!青たん!春香!」

 ……何度か甘噛みしているのをスルーをすることにするが、僕と春香の目の前には白を基調としたワンピースを着る黒瀬アレクサンドラさんが立っていた。

 それはそれは、スタイルが良い黒瀬さんには良い意味でアンバランスでここは原宿や新宿を連想させるくらい……秋葉原には不釣り合いだった。

 「どうも、黒瀬さんもお疲れ様です」

 「お疲れ様です」

 ……僕らはというと、僕は一張羅のような凡人大学生のような格好と前に秋葉原のドンキで買った“なんちゃって制服(子供サイズ)”を着る春香……、これは不釣り合いすぎる。

 これはまさに、3人兄弟と思われても仕方ないかも……春香は中学生、僕は高校生って思われそう。


 「きょ、今日は来てくれてありゅがとうござるです」

 ……未だに黒瀬さんは緊張しているのか、呂律が回っていない。

 というか、よく見たら……目線が泳ぎすぎて世界記録更新するレベルじゃん。

 「えっと……黒瀬さんは時間は何時までとかありますか?」

 「……えと、とくにはないでしゅ」

 「わかりました。春香、先にゆっくり休もうか」

 「そ、そうですね」

 このままだとろくな買い物もできないと思い、僕らは駅について早々に駅から数分歩いた先にある喫茶店で休むことにした。

 ……ま、外の気温が32度とか暑すぎるし。


 入店して、注文をし……数分もせずに注文したものが出てきた。

 僕は喫茶店とかは行かないから毎度「アイスコーヒー」って言って、春香は「ココア」って言うのは……初居酒屋で「とりあえず、生」っていうくらいに通ぶりたいだけなのだが、黒瀬さんはカフェモカを頼んでいて“大人だな”って気がした。

 「……」

 皆がそれぞれ1口飲み物を飲む、美味しい。

 でも、会話が続かない……そういえば、この組み合わせって何気に初めてだった。

 それに……黄瀬さんがセットでいない黒瀬さんは何か可愛らしさもあっていいな。

 「青さん?変な事考えないでくださいよ」

 「うぇ?」

 春香、どんどん僕の心理を簡単に探れるようになるんじゃありません。

 というか、黒瀬さんに見えないように手を握ってくるのは反則じゃありませんか?


 「えっと……」

 少しの間が生まれた後、黒瀬さんはため息をつきつつ僕らへと会話を投げかけた。

 「今日はありがとう。来てくれるなんて」

 「いえいえ、こちらこそです。アイから急に言われてビックリしたけど」

 「春香もありがとう」

 「いえいえ」

 「で、今日の事なんだけど……パソコンを配信とゲームができる“ゲーミングPC”を人数分買う事と配信機材各種を買う事になってるんだけど、私よくわかんなくて」

 「はは、僕らもですよ」

 「だ、だよね~……アイも黄瀬も『3人で行ってきなさい』と言うから……うー、困った」

 黒瀬さんは僕らに目線を一度も合わせない。

 ……それを誤魔化すように頼んだカフェモカをもう飲み切ったけど大丈夫かな?


 「とりあえず、ゆっくりとやっていきましょ?まだ時間はあるわけですし」

 「……そ、そうだな」

 「春香もせっかくだし何か見たいものとかあれば言ってね」

 「わかった。あ、青さんチョイスで服を買いたいかも」

 「……っ!?」

 黒瀬さんの顔が……一瞬こっちを見た気がしたけど……気のせいかな?


 『にゃっほ~?皆揃っとるかの?じゃじゃーん、アイちゃんだよ~!』

 若干気まずい空気が流れる中、僕のスマホからアイが登場してきた。

 いい意味でも登場できるんか、コイツ。

 ……って、そうなら毎度僕らを見てるってことになるけど……え?ストーカー?

 『……ん?青よ。変な事を考えとるな?アタシはあんたのストーカーでもなんでもないぞ?というか、逆にアタシに許可なしに––』

 「ああああああああああああああああ」

 「青さん!?」「青た……!?」

 絶対に言うな。アイ。

 

 『ふっふっふ、アタシには多くの手札があるからな?罠カード発動もできんじゃぞ?』

 「くっ……」

 別に決闘してるわけじゃないのに……なんだこの敗北感。


 『ところでじゃ、おぬしらはこれから色々な買い物をしていくと思うのじゃが……』

 僕の屍を踏みつけるように、アイは残りの2人に話を続ける。

 

 『もし買えなくてもいいから3人で色々と見てくると良い。最悪、アタシの方で買えるしの?AIは何でもできるってやつじゃ』

 「いや、なんでも––」

 『だまらっしゃい!青はそこでヤムチャってればいいのだ!』

 「か、噛ませ犬……!?」

 『そうじゃ、今日青は『俺にやらせてくれ』って言って自爆されるじゃろうな?まっ、今日は青と春香とアレクさんは交流会も兼ねての秋葉原散策じゃ。勿論、パソコンとか買えればいいのじゃが……まずは3人が仲良くなることが先決じゃ。アレクさん何気に黄瀬さんいないと基本ネガティブ思考になるからの~』

 「ちょ!!?」

 『アレクさんもそろそろ遠慮はしちゃダメじゃぞ?それは……春香も』

 ……急に方向転換され驚く春香。

 じっと見つめてくるアイに春香は––ココアをがぶ飲みして逃げている。


 『はっはっは。春香は見てわかるくらいに人見知りじゃもんな。一緒に風呂に入った仲なのに毎度距離感リセットは悪い癖じゃ』

 「……だって」

 『ん~、そうじゃな。アレクさんには伝えてなかったが、青と春香は自他ともに認めるリア充じゃ』

 「……お~……?」「うんうん」「おい」

 『なので、変に距離感を持とうとせずにアレクさんは青にも春香にも積極的にいけばいい。アレクさんも変にこじらせすぎじゃ』

 「……」

 『そうじゃなぁ……アレクさん、今日から青にもため口ってどうじゃ?』

 「!?無理!!」

 『おっと、春香そんな顔をするでない。おぬしらは固い絆で結ばれてるんじゃろ?なら、そこを許すってのが“夫婦”じゃぞ?』

 「そ、そうですね」

 『ってなわけで、青もアレクさんにタメ口でよろしく~♪』

 ……そう言って、自分の意見を言って切りやがった。

 そのため––この空間は更に気まずくなってしまった。


 

 そんな空気の中、口を開いたのは珍しい人物だった。

 「……青さん、あ、青。今日は3人で遊ぼうね?」

 顔から火が出てきそうなくらい赤い––春香だった。

 「ほら、アレクさんも」

 「うぇ?」

 「ご……ご趣味は?」

 「えっと……コスプレを少々」

 お見合いか。

 でも、春香から話し出すなんて凄く驚いた。

 僕以外は極力話をしない……そんな彼女が今頑張って会話をしようとしている。感動するぞ春香。

 あ、彼女ってあの彼女ってことじゃないからね。今は。


 「ほら、青も……アレクさんと話しなよ」

 ……あ、もう限界なんだ。汗が凄い。

 って、アレクさんも!?

 

 「えっと、アレクもリラックスして」

 「「!?」」

 「春香も。もう少しこっちにおいで。汗拭いてあげるから」

 「「!?!?」」

 ……いやいやいやいや、僕も緊張するんだが!?

 でも、そうだよな~……このまま知り合い程度の距離感だと胸が詰まるもんな。

 「えっと、春香もアレクも何したいとかはある?アイがあんなこと言ってたから買えなくたっていいと思うし」

 「……服が欲しい」「青のチョイスで服が欲しい」

 「そっか。じゃあ、まずはそっちにいこっか」

 そういって、平然を装うように僕は言い……残りの2人は完全に頭から煙が出ている状態で「うん」と言って店を出た。



 ……オタクってのは正直にいって……行動範囲は狭いものだ。

 前にも言ったが、秋葉原には洋服店は少ない。ましてや、女性物を取り扱うものは少ない気がする。

 そのため、僕らは秋葉原を出て––もう1つのオタクの聖地“池袋”へと足を運んだ。

 僕と春香は何度か池袋に来たことはあったのだが……アレクはベテランなんだろう。

 「こっちだよ」とか「ここは人多いから気を付けて」とか「ナンパするやつもいるから」って的確なアドバイスを僕と春香に送ってくる。

 そして、人混みが得意ではない春香のために人が少ない道を選んで歩いてくれた。

 

 ……たまに僕と春香の手を見ているのが気になるが。


 そして、池袋の街中を歩いた先にある……サンシャインシティに着いた。

 ここで初めて知ったのだが、池袋で定期的に開催されているコスプレイベントにアレクは常連で、毎回参加しては色々な繋がりがあるらしい。だって……

 「アレクちゃん!こっち新商品入荷したよ!」「アレクさん!モデル頼みたいんだけど!」

 って、各店舗の人からの声が聞こえてくるんだもん。

 それを、アレクは「また今度ね」ってイケメン王子っぷりを発揮しているところが……僕にはないスキルすぎて羨ましい。


 「……ところで春香。服を買う前にいいか?」

 「な、なに?」

 「あ、青さ……青はちょっと離れてもらって良いか?」

 「……?まあ、いいけど」

 「ありがとう」

 

 僕は2人から少し距離をとり、2人を見る事にした。

 なんだろ……姉妹っていうよりも彼氏彼女だよな。服はどっちも女の子らしいけど。

 ……ん?何でこっちちょくちょく見てる?ってか、どっちも顔を赤らめないでくれ。

 そこから数分、再度こっちに背中を向けて話し込んでいる。

 たまに「ネットで……」とか「ええ!?」とか春香がリアクションしているのは傍目からみて可愛らしく見えた。


 「青~、少しだけ1人で買い物してもらってもいいかな?」

 話を終えた2人、春香が僕に言って来た。

 ……ね、なんで僕に目線を合わせないの?2人共。

 「……えっと、どのくらい?」

 「い、1時間くらいあればいいのかな?アレクさん」

 「そうだな。そのくらいあれば……大丈夫と思う」

 「……?わかった。じゃあ、終わったら連絡してくれ」

 「うん」「わかった」

 そういって、池袋について早々に僕らは別行動をすることになった。



 ……にしても、池袋は広すぎる。

 このサンシャインシティっていう大型施設にはアミューズメント施設もあるし、キャラクターショップも複数ある。

 「さて、どうしようかな」

 急に1人になって手持ち無沙汰だ。

 僕は近くにあった有名アニメのショップに入り、とりあえずグッズを見てみる事にしたが……なんか、これじゃない感がある。

 「……うーん」

 何かモヤモヤっとしたものがあったので、噴水広場の周りにあった椅子に腰を掛け……物思いにふけることにした。



 アレク……黒瀬さん(恥ずかしい)ともっと仲良くなるのは嬉しい。

 それは、僕だけじゃなく春香も。

 でも、その分少し離れるだけで不安にもなるのはなんでだろう。

 当たり前だったから?恋だから?

 ……いや、どっちもかもしれない。

 それに、黒瀬さんが僕らに気を遣わないで欲しいってのはアイと同意見。

 年下なのに未だに“どう接すればいいのか”って悩んでいるのが見て分かっていた。

 ……暴走するのはダメなんだけど。


 「……いやー、まとまんね。でも、せっかく来たんだし……あっ」

 僕は意味のない脳内会議を即座に終え、近くにあった店に入り、2つ購入した。




 時計はあの約束から15分程経過している。

 僕は何度もスマホを確認し、連絡が来ていないがわかるとポケットにしまう。

 それを……もう5回ほど繰り返している。

 「ご、ごめ~ん!」

 奥の方から声が聞こえてきた。知ってる声だった。

 ……なんか、違和感があるのは僕の目がおかしいのだろうか?


 「ちょ、ちょっと時間かかっちゃった!ごめんね」

 「す、すいません」

 「いえいえ~……ところで、いいもの買えたの?」

 凄くオシャレな袋を持っているので––何かを買い物をしたんだと直ぐに察知した。

 「青の為に買ったんだよ~?あ、それにサイズが2つもあが––」「ちょっと!?」

 春香がシャツのボタンを外しながら買った物を見せようとしたのを––アレクは必死に口を塞ぎ、春香の手をギュッと握った。

 ……あー、なるほど。

 僕はこれ以上言わなかったが……ネットだけの知識じゃわからないこと多いもんな。女性って大変だ。


 「ぶー、アレクさんのケチ」

 「そ、そうじゃなくって……」

 僕がいない中、必死に会話をしていたんだろうか。

 春香とアレクの距離感は最初よりも近づいた気がする。


 「これが裸の付き合いってやつ……か……あっ」

 2人の反応は皆に任せる。

 ……でも、この場の空気はヤバいから……僕はそっと買ってきた物をバッグにしまった。


 「さ、これからどうする?」

 僕は空気を壊すように、次のフェーズに無理やり移行させる。

 2人はというと「決まってるじゃん」と言って……僕の両方の手を引っ張り––

 「服を買わなきゃ!」

 その時の2人の顔は本当に可愛かった。


 ……といっても、女性服の店に入るのってハードルが高い。

 よくアニメだとすんなり入っていく主人公が多いけど……あれは嘘だ。

現に、僕は店の外から眺めている。

 「……」

 「「おいっ!!」」

 ……ごめんなさい。僕も主人公の仲間入りをせざるを得ないです。

 

 ……そこからは本当に長い時間をかけて沢山の店を回った。

 春香が好きなファッションをアレクが何度も店に行っては見せて……時には試着させて、選定していく作業を30分ほどかけて行った。

 その間も僕からも「これは可愛い」とか「これは春香よりもアレクに似合うんじゃないか」と茶々を入れてはいたので主人公からは外れていないはず。だよね?

 それに、2人の顔は嬉しそうにしてたからいいはず。


 「……じゃあ、これがいいかな」

 僕は1着を決め、店員さんにはアレクが購入の意思を伝えてくれた。

 春香は……少し来ている服装にフワフワとしている。

 それはそうだろうな……こんなに可愛い服装なのはなかなかないから。

 アレクさん曰く“ガーリー系”とのことだ。覚えておこう。



 「青?か、可愛い?」

 「か、可愛い」

 「あ、ありがとう」

 だから、そんな上目遣いで言わないでくれ……鬼に金棒すぎる。


 「じゃあ、次はアレクの番だね!」

 「え!?私は––」

 「その約束でしょ?」

 「うう」

 ……ガーリー系の春香は服装とある意味ピッタリな感じでアレクの腕を持って、服を選び始めた。

 もちろん、僕も連れていかれた事は言うまでもない。


 ところで、今日は清楚系なワンピースだが……アレクには何か好きなファッションはあるんだろうか?

 「……毎回黄瀬に選んでもらってるから特にない」

 あ、なるほど。……黄瀬さんって実は女子力の塊か?出会いはやべえ奴と思ったけど。

 それにしても……困ったぞ。

 春香の服は“黄瀬さんと一緒に買い物来て得た知識”でアレクが色々としてくれたけど……僕らだと知識なんて何もない。

 春香も最初は威勢よく「これは!?」と言ってたけど、自分で選んでたわけじゃないアレクの「?」って反応に少し泣きそうになっている。

 「……ねえ、アレク」

 「あ、はい!……うん、なに?」

 「言い直すんだ。えっと……僕らに任せてもらってもいいの?」

 「いいよ」

 「わかった。じゃあ、春香……こっちきて」

 「うん」

 ……てってってと可愛く歩いてくる姿は本当に可愛い。それに、履きなれない靴だから(レザーシューズらしい)か歩き方がぎこちないのも更に可愛さを倍増させる。

 

 「ふふ、春香可愛い。耳かして」

 「ちょっと、ドキドキさせないで……ください……ね?」

 僕の口元に耳を持ってくる春香……赤くなってる。

 「えっと……アレクの服どうしたいとか意見はあるか?」

 首を横に振る春香。

 「だよな……だから、この前みたアニメの子の––」

 その言葉を聞いて、春香は何度も首を縦に振った。


 「じゃあ、アレクさん行きましょう」

 春香は僕から少し離れると、アレクの手を握って移動を始めた。

 僕も後ろから付いていこうとしたんだが……前にいた2人が立ち止まって

 「んっ」

 春香が手を出してきたので、一緒に横になって歩くことにした。


 

 正直に言って、アレクは何でも卒なく着こなせることができると思う。

 女性にしてはカッコいい顔立ちだけど、どことなく女性らしさを残しているし、スタイルは流石ハーフ……日本人離れをしているのが逆に良いアンバランスとなって、女性らしい服も『カッコ可愛い』になる。

 春香のような可愛らしいのもいいけど……アレクには違う魅力があるってことだ。

 そんなアレクに僕らが選んだのは––“着物”を現代風にアレンジした着こなしができるファッションだった。

 「……わあ……」

 黒を基調として、赤や黄色を所々に散りばめた姿は––アレクの持っているものに強調と調和を見事に調和させ、異世界に来たと錯覚させるには十分だった。

 「……」

 着飾った姿を鏡を見てるアレクは……何も言わずに何度も自分の姿をくるっと回転し、確認しながら見ていた。

 「綺麗」

 「綺麗だね」

 ……僕らのこんな直線的な言葉を聞いてから……アレクの顔は恥ずかしさで赤くなっていった。


 ……金額が凄いことになったのはここで伏せるが、女性には色々な服を着せたくなるのが男だよね?ね?


 「と、ところで!」

 アレクはそのファッションのままで池袋駅の方へと歩んでいる。

 春香も春香でガーリーコーデのままで歩いているので凄い異色な姿となって、池袋の通行人から見られている。

 「この後はどうしますか?あ、どうする?アイは『どっちでもいい』といってたけど……パソコンを買うなら秋葉原に戻らなきゃ閉まっちゃうけど」

 「あ~……」

 時刻は17時を軽く過ぎていた。

 「じゃあ、軽く見に行こうか」

 僕がそう言うと、アレクは「なら、急ごう」と言って春香を間に挟んで手を繋いで駅の方へと向かった。


 実は秋葉原は……どの店も閉店時間が早い。

 20時までには大体の店が閉店するので……パソコンを吟味するなら早い時間から行かないといけないのだ。

 「……でも、どうすればいいんだろ」

 秋葉原には18時くらいについた。だが、ここからどうすればいいのか正直にいえばわからない。

 「……黄瀬もいってたんだよな。『秋葉原でパソコン買うなら用途と予算は絶対に先に決めておかないと沼る』って」

 「……ええ。は、春香は何かある?」

 「とりあえず、絵が描けるようにしたいってくらいかな?」

 「確かにタブレットじゃ限界あるもんな。パソコンでも描ける方が配信とかするならいいのか……」

 駅前から動けない3人……途方に暮れている。


 「ま、まあ。とりあえず、ゲーミングPCがいくらか知りたいし……そこにある中古店でも行こうか」

 あまりにも漠然とした目標だったことを再認識した事を隠すように、近くに見えたパソコンを取り扱うお店へと行くことにした。

 ……店内は個人経営なのか、企業が経営してるのかわからないが少し薄暗く––不気味さを醸し出している。

 「怖い」

 春香の言葉の通りだ。怖い。


 「いらっしゃいませぇ」

 入店してから2分くらいだろうか……奥の方から店員がやる気のない声でやっとでてきた。

 「あの、ゲーミングパソコンって––」

 「見ればわかるじゃん」

 「いや、僕初めてでわかんなくって––」

 「だから?」

 「ええっと……」

 「そこに価格とスペック書いてるでしょ。ちゃんとみなよ」

 「……」

 僕が言葉を詰まる中、後ろにいた2人のフラストレーションが溜まっていくのがわかる。

 でも、そんなことはお構いなしに……店員は言葉を続ける。

 

 「だっから嫌なんだよ。秋葉原っていえば電化製品が安く買える~って馬鹿の一つ覚えのように来て『高い』とか『わかんない』とか言って無駄に俺らの時間を使いやがるもん。それに、コミケ終わってからの需要ってやつ?コミケでチヤホヤされたコスプレイヤーやカメラマン、絵師とかが来るのウゼーんだわ。俺らの気持ちになってみろよって感じ」


 ……やばい、その言葉地雷すぎ…。

 店員はお客様の僕らにお構いなしにスマホで何か作業をし、とある1枚を店内全てのモニターに映しだし独演会に拍車をかける。


 「それにな?これみろよ。この前のコミケでバズってたコスプレイヤー。この中の一人……あ、こいつ。こいつが声優やってるらしいけどろくな代表作もないくせにSNSで良い気になっててキモイのなんの。それに……こいつ、マジでキモイ。女装してるんでしょ?似合ってねぇの」


 そう言って、僕のコスプレをドアップにして「きめぇ」って言ってくる。

 ……うん、わかってる。

 女装男子って正直言えば嫌いな人は多い。一時はブームだったが受け入れる人は正直少ないかもしれない……特に同姓であるはずの男性からは“妬み”なのか“馬鹿がすること”と昔からのテレビ番組が生み出した悪い文化を使って『言ってもいいだろ』と下に見ているんだ。


 「……で、用がないなら帰ってくれよ。早く店閉めたいんだけど。あんたらもこんなコスプレイヤーに憧れたアホなんだろ?」

 ……その言葉を引き金に、1番に手が出たのは––アレクだった。

 アレクはまず地面を思いっきり蹴りあげ、音で店員を脅かす。

 そして、一瞬で店員の胸ぐらをつかみかかると––

 「てめえ、ふざけるなよ?お前がどんな奴なのか知らんが、お前みたいな奴に馬鹿にされる権利なんてねえんだけど。あ?てめえよ。そんなブサイクな面してるのは内面がブスだからか?あ?」

 「ひ、ひぃ」

 僕の後ろで「ブヒィって言わないんだ」って春香が言ったのは、少し面白くて冷静になれた。

 

 しかし……アレクの感情は更に昂っていく。

 「てめぇみたいな奴がいるから頑張っていた奴らが余計に傷ついてしまうんだよ。わかってんのか?てめえは自覚ないかもしれないけどよ、こんなことをした事を本人が見たらどんな気持ちになるかもわかんねえのか?おい、じゃあ今自分の写真撮ってモニターに映してみろよ。私達が『きめえ』って言ってやるから。ああ?」

 ……案の定、店員は「すいませんでした」と土下座をした。


 ……ってことで、冒頭に戻るわけだ。


 それでも、アレクの気持ちは治まらないようで……足を上げた。

 これ以上はヤバいと思い––僕はアレクの腕を思いっきり引っ張った。

 「うわっ」

 アレクの足は店員の横をかすめ––アレクは僕の胸に飛び込んできた。

 正直言えば凄く痛かったけど、それ以上にアレクの言葉が嬉しかった。

 「大丈夫だから」

 僕の一言に……アレクはそのまま泣いてしまった。

 春香も春香で落ち方がえぐかったのか、僕に駆け寄って来てくれていた。


 ……数分後、オーナーらしき人が出てきた。

 そこで改めて事情を話し……今日は時間も遅いとのことで後日再度話し合いをすることとなった。

 ……まあ、今話しても僕も頭に血がのぼるかもしれないので良かったと思う。



 あの騒動のあと、僕らは今自宅に帰ってきた。

 「……」

 もちろん、アレクもつれて。

 「ゆっくりしていいから」

 僕はそう言ってお茶を出す。春香は一度自宅で着替えてくるらしい。

 アレクは小さな声で「ありがとう」と言った後、お茶を半分程度飲んだ。

 「お腹は空いてたりします?」

 「……うん」

 アレクはそう小さく返答したのち、僕の部屋をグルっと見渡した。

 ……まあ、衝動的に連れてきてしまったけど良かったんだろうか。

 春香は「そっちのほうがいいんじゃないかな」と騒ぎになっている秋葉原から離れた方がいいと同意してくれたから良いんだけど……。

 「ただいま~」

 そんなことを考えていると、春香はジャージ姿となって僕の家へと入ってきた。

 「おかえり、お茶飲むかい?」

 「はい」

 「わかった」

 そんな本当に日常会話になった言葉を交わし––春香は何故か僕の寝室の方へと足を運んだ。

 そして、僕が持っている大きめのパーカーとズボンとタオルをアレクに渡し––

 「お風呂入った方がいいんじゃない?」

 そういって、風呂場へと案内した。

 いや、ここ僕の家なんだけど。


 ……奥で水が流れる音が聞こえる。

 僕は昨日の残りのカレーを温め直しつつ、春香は唐揚げの下準備を開始した。

 「春香ありがとうね」

 「なにがです?」

 「いや、今日色々と」

 「ああ、楽しかったですよ」

 「なんか大人になったなぁ~って感じしたよ」

 「ふふ、私は青さんのお嫁さんになるんですから当然です」

 「……後で僕の机の上みてごらん」

 「なんでです?」

 「プレゼント置いたから」

 「っ!分かりました!」

 部屋中にカレーの匂いが立ち込める。

 隣は上機嫌になっている春香が「もみもみ~」って言いながら肉に下味を付けている。

 そんな中––アレクは僕の服に身を包み、リビングへと戻ってきた。

 「……ど、どうも」

 その顔は緊張しているのが丸わかりだった。

 「あ、おかえり!アレクさんは唐揚げ好き?」

 「え?す、好き」

 「じゃあ、よかった!青さん、後は任せてもいい?」

 「いいよ」

 「えへへ、ありがと。じゃあ~……アレクさんこっちにきて」

 「え?」

 「髪乾かさなきゃでしょ?」

 春香はそう言うと、僕が日常的にしている事を真似てアレクの髪を乾かそうとしていた。

 アレクもアレクで「どうすればいいんだ」って顔をしていたが……流れに流されるかのように春香の前にちょこんと座り、お人形のように身を任せた。


 ……そこからは僕からはドライヤーの音で何も聞こえなかった。

でも、春香とアレクの顔を見ると……そこに緊張はなかったように思う。



 「はい、できたよ~あり合わせのものだけど」

 「やった~」「え、こんなに!?」

 唐揚げとカレーが出来上がったのでリビングのテーブルに並べていく僕。

 春香はソファーに座り直し、子供のようにはしゃぎ、アレクは思っていた以上に豪華だったのか驚いた様子だった。

 「じゃ、食べようか」

 「「「いただきまーす」」」

 ……きっと、皆お腹が空いていたのだろう。食べるペースが速かった。

 でも、アレクは時々「か、からい」と言っていたのでチーズをトッピングして食べてもらった。案外、辛いのが苦手なのが可愛く見えたのは内緒にしておこう。 



 ご飯を各々食べ終わり……今は食後のまったり空間になっている。

 アレクには少し辛かったと思うので、今更だけど練乳入りの牛乳を飲んでもらっている。

 「……いやー、今日は凄かったね」

 春香はスプーンに残ったカレーのルーを舐めながら言い出した。お行儀悪いですよ。

 「本当ね」

 そんな姿をアレクは見ながら同意する。

 きっと、この場にも慣れてきたのだろう表情はさっきよりも柔らかくなっている。

 

 「やっぱり、あんなことを言われると腹が立つ。私のことを馬鹿にする気がするし……いや、今回は湊と青のことをいわれて……カッとなっちゃった」


 牛乳をチビっと飲んで、アレクは先ほどの事を思い出したかのように話しを再開させる。

 「あんな奴がいるから、私の周りの友人は減っていった。私みたいに言える人ばかりじゃないのはわかってる。理不尽だよね。コスプレって楽しむためにやってるし、誰にも迷惑をかけないようにって配慮しても外野から馬鹿にされるって」

 その言葉に……僕らは返答ができなかった。

 でも、その言葉は僕らが抱えている事でもあった。


 「だからかなぁ?青がコスプレ会場で楽しそうにコスプレしてるのを見たら元気になるの。あんなに楽しそうにやってるのって凄いと思う。青にも青なりの悩みがあるとは思うけど……私はそんな青を尊敬してる」

 

 言った後、恥ずかしくなったのか……春香の髪をアレクは撫で始めた。

 春香も春香でそれを受け入れるように、目をつむっている。

 「そうなんですよね。青さんって凄いんです」

 さらっと嫁アピするのは流石だとは思うぞ。春香さん。


 「僕らでそんな今を変えましょう。そのために集まったわけですし」


 僕の短い言葉だったけど、アレクは「そうだね」と言って同意してくれた。

 


 ……。

 「ふふ、寝ちゃった」

 「かける物……っと」

 あの後、数分もしないうちにアレクは眠ってしまった。

 その寝顔は年上だけど幼い気がする。

 春香はそんな寝顔をしているアレクの頭を何度も撫でて「綺麗な髪」といっては自分の髪と比較していた。

 「……春香の髪も綺麗だから」

 「え?そ、そんなこと言っても脱ぐくらいしかしませんよ?ほら、新調したので!エロいですよ?黒です黒」

 「……え~っと……こ、今度な」

 「……くぅうう///」

 照れるの止めろ!こっちも恥ずかしくなる!

 それに、しれっと色を言うんじゃありません。


 「あ、そうだ。プレゼント見て来ていいですか?」

 「いいよ」

 そう言うと、ゆっくりとアレクの頭に乗せていた手を離し……僕の机の方へと歩いて行った。

 そして、小さな声で「えっ」と言っていたのだが喜んでくれたのだろうか?

 ……しばらく、机の方で固まっていた春香が表情を隠しながら戻ってきた。

 「み、見ないでください」

 そう言って僕の顔を見ないようにしている。

 ……でも、その首元に光る指輪型のネックレスが答えなんだと僕は理解した。


 「あ、アレクにも買ったんだけど……いいかな?」

 「え?何を買ったんですか?」

 「マグカップ」

 「……やっぱ、青さんってハーレム主人公になりたいんですか?」

 「はい?」

 ……そう会話をしつつ、スヤスヤと眠るアレクに分かりやすいように置いた。




 後日、当然のように黄瀬さんから怒られるアレクがいた。

 しかし、今回の件は相手側が悪いとのことで「気を付けてね」程度で済んだようだ。

 「よかったね」

 「うん、でも、今度お店に行かなきゃだね」

 そういいつつ、プレゼントしたマグカップでアレクはカフェモカを飲んだ。

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