第22話 悪手と握手
「……うっひぃ……なんだこの数のリプ数……」
事務所について早々、白鷺湊は僕達にスマホの画面を見せてきた。
そこには……声明をだした声優事務所への大量のリプだった。
というか、そんなにGが出たような顔で見せつけてくるな。怖いのわかるけど。
……いや、この顔は嘲笑してるのか?……どんな感情なんだ。湊さん。
「やっぱ、こうなったね。あ、黒瀬さんありがとうございます」
「……ありがとうございます」
僕と春香はついてそうそうだったので、荷物を下ろしながら返答する。
すると同時に……黒瀬さんから冷えたお茶をもらい僕らは1口のんだ。
今日の黒瀬さんも何か気分良いのかな?最初の時みたいなクール美女になってる。
「さすがだね、青……青く……ん……さ、さん?」
「……黒瀬さんも呼び方適当でいいですよ?ちなみに、春香と湊はなんて呼んでるんですか?」
「……?春香と湊だが?」
「え?じゃあ、アイは?」
「アイ」
「……じゃあ、僕は?」
「青……さ、さま……?さん……?」
「……じゃあ、これからは僕も呼び捨てでいいですよ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?!」
「……うるさい」「うるさい」
「あ、あわわわわ!!いいのですか!?」
「……僕の承認制ってわけじゃないんだけど」
「じゃ、じゃあ……青?」
「はい」
「うううううううう!!!」
……春香、僕の手を抓るのやめてください。
それに、後ろに座ってる湊さん。僕に冷たい視線を送るの止めてくれ。
「青って実はお姉さんキラーなの?」
「……っ!?違います!青さんはロリが好きなんです!青さんは私じゃなきゃ……たたたたたたたたないののののので!」
「はあ!?」「はあ!?」「……うう」
……もういい。収拾がつかない。
僕は直ぐ様、自宅の奥底にあったノートパソコンに電源を点け……作業を始める。
今更だが、アイと黄瀬さんの姿は見えなかった。
でも……今日、僕は招集されたので何かを始めるつもりだろう。
……そこから、1時間くらいだろうか?
未だに僕を挟んで「如何に青さんが素敵なのか」と熱弁している春香を「へぇ~」と案外聞き上手な湊が受け入れ、黒瀬さんは時たま僕の頭に手を置き「あ、青さ……いや、あお、あお、あお……青……にゃ」って練習している。
……内心、色々な意味でドキドキしているが……この作業はそれ以上に集中して取り組まないといけない。
【未来のクリエイターへ】……僕の気持ちを少しでも言語化したかったからだ。
「ただいま~」
僕がひとしきり……まあ、あれから30分もしないうちに––黄瀬さんは笑顔で登場し、アイは事務所のモニターから生まれ落ちてきた。
『……いたた、毎度毎度これには慣れん』
「そりゃ、普通はないもんね」
『おお、青や!よくきたの~。あと、春香もどうもじゃ~』
軽く会釈をする春香……これでも少しだけど距離は近くなっているんだろう。
『黄瀬さんもはやくこのシステムなんとかならんのかの?』
「いや~、もう少しかかるかな?ごめんね」
黄瀬さんは毎度言われてるのかもしれないな、軽く流して黒瀬さんからジュースをもらってる。
『……今度からケツにクッション仕込んどこうかな』
「ケツだけでかい怪人になるぞ」
『はあ?アタシはスタイルいいからケツでかくなっても違和感ないもん!』
「いやいや、ケツだけでかいのおかしいだろ」
『ほれ!この胸をみろ!触ってみろ!そして、この腰!このくびれは現実世界にもおらんぞ!そしてそして、ケツ!カスカベに住んでる5歳児なみにプリンプリンだろうが!』
「どこからつっこめばいいんだよ!」
口調も違うし、触れないし……いや、直視するのはヤバいだろ。バーチャルでも。
……いやいや、アイさん。そんな勝ち誇った顔をしないでください。
「……はは」
ほら、春香がダメージ食らったじゃん。
「……う」
……って、その先の湊までダメージ食らってる?
恐るべし、アイ。
……こんな非日常空間が流れるなか、黄瀬さんはジュースを飲み干し口を開く。
「……ふう、じゃあ皆揃った事だし。これからの話をしようかな?あ、その前に皆コミケはお疲れ様でした」
「「「「お疲れ様です」」」」
「皆もSNSで各自確認をしていると思うけど、白鷺湊さんは“契約解除”という事で事務所を退所する運びとなりました。実際はもっと利口なやり口でやってくると思ったんだけど……そこは湊ちゃん。ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ!逆にありがとうございました」
本当に湊は感謝しているのだろう、何度も黄瀬さんに頭を下げている。
「……これ以上、湊ちゃんが発信することはしない方向でいいからね?お疲れ様」
「はい」
黄瀬さんは再度湊に声をかけ––姉のような温かさで、湊を包み込んだ。
……声は聞こえなかったけど、きっと湊は泣いていたんだと思う。
黄瀬さんは何度も「よしよし」と湊の頭をゆっくりと撫でつつ……残りの僕らに今後の話をし始める。
「私達はこれからの数週間でこの事務所との和解をとりつけます」
「「「「え!?」」」『……』
僕らの声と同時くらいに、湊もすっと顔をあげた。
アイはというと……まあ、先に話を聞いていたんだろう。何も言わなかった。
黄瀬さんはそんな僕らの反応を想定していたかのように……一度だけ咳払いをして話を再開させた。
「今回の相手の事務所はとった行動全て悪手です。事実とは異なる事を報告し、矢面に立たないようにと責任転嫁を湊ちゃんにしました。しかし、現代のネット社会では簡単に情報は手に入ります。そのため、簡単に嘘もバレてしまうわけです。」
『そうじゃな』
「現在、湊ちゃんには多くの励ましのメッセージがきています。確かにすべてではないですが情勢的には味方をしてくれている。そして、逆に事務所は窮地に立っている状況です……ね?黒瀬?」
「……ううううううううう」
「ふふ、冗談よ。あの時の黒瀬はカッコよかったわ♪」
「……」
急に照れる感じ、女子高の王子様が“女の子のような反応をする時”みたいで反則だよね。
……って、春香さん?耳元で「私はどうなんですか?」とか言わないでください。
まあ、実際、黄瀬さんを盗撮した犯人を黒瀬さんが退治して……その犯人が湊の所属してる声優事務所の幹部ってなかなかないよな……。
黄瀬さんは「ふふ、黒瀬は本当に素敵よ」と言い、話を再開させる。
「そこで、私達の事務所“から”『白鷺湊の移籍』と『信頼回復のための協力』を提案します。交渉するためのテーブルは設けていただけると思いますし、相手方からするとこれ以上の悪手をすることは事務所を畳むことに繋がりますからね」
「……まあ、あんな弱小事務所だとそうなるかも」
「そう。そのためこれ以上の炎上事は避けたいと思うはず」
「でも、どうやるの?ウチは口出ししないほうがいいんでしょ?」
……僕は黄瀬さんの考えてる事が理解できた。この人本当につかめない人だ。
「契約解除というのは演者だけでなく、事務所からもネガティブイメージにつながるの。なので、まず『白鷺湊は新規事務所の手伝いのために動き、後に移籍を希望していた』という……まあ、少し強引だけど名目をたてます。そして、私の父の会社からの仕事を定期的に案件としてなるべく渡すように交渉します。……でも、これ以上の事は私達から言及はしません。言えば不利になる可能性もあるので」
「……でも、これじゃウチらにメリットはなくない?」
「いいえ。ここで私達は人脈を作っていきます。特に専門学校生への人脈を作りたいと思っています。……ね?青君」
「そ、そうですね」
急に話が振られてビックリした。でも、実際それが流れとしては良いと思う。
湊も何となく察してきているのかな?
「一見、こちらに不利な条件に見えますが『全世界のクリエイターが楽しく、面白く過ごせる』という事を考えるとメリットしかありません。それに、ここで恩を売っていれば、相手方は動かないと非難されるでしょう」
「……」
春香の顔はどんどんとしかめっ面になっていく、アイは意外と理解してそうで“人は見た目によらないよな”って思ってしまったのは内緒にしておこう。
「難しいかな?……えっとね?未来の事を考えると事務所だけじゃなくて、学校側にも私達の存在を知ってもらっていないといけないの。それが、春香ちゃんや青君みたいな子を救えるきっかけになるなら尚更ね?」
……多分、納得したのかな?何度も首を縦に振る。可愛い。
黄瀬さんは「そこでね?」といって、湊の顔をじっと見て言葉をかける。
「湊ちゃんには1つだけお願いがあるの。私の代わりに大々的に『クリエイターを育成できるVtuber事務所を設立する』ってSNSで宣言してほしいの。まだもう少し先で良いんだけど」
「え!?」
「私からするよりも、渦中にいる湊ちゃんが『こうしたい』っていう方が説得力があるのよ。……でも、もし嫌なら大丈夫よ?」
「……いえ、ウチは構いません」
その時の湊は––僕とアイ、そして春香を見ていた気がする。
そして……自分の心にいた何かを打ち破っているようにも見えた。
黄瀬さんは湊を再度抱きしめつつ、再度確認をする。
「そう?ありがとう。でも、本当に難しかったらいってね?」
「はい。でも、ウチも……一緒にみたいんで。新しい景色。ワクワクすることを」
「……ありがとうね」
「いえいえ」
凄く良い光景だね。本当。
そして、数分黄瀬さんは湊を抱きしめた後離した。
「まだ始まってないからね。皆頑張ろう!」
そういって、僕らの士気を高めてくれた。
……ところで、黒瀬さん?
「あお、あおさ……あお、く……あお……」
まだ練習しているんですか?
◇ ◇
その後、1週間ほど時間が過ぎた。
交渉役として黄瀬さん、黒瀬さん……そして、元所属していた白鷺湊は事務所に向かった。
……いやー、黒瀬さんがいるからなのか、凄くスムーズに話ができたようだ。
聞いた話だけど「で?あなた方の言いたいことはありますか?」と黒瀬さんが言うと無言でこちらが持ってきた書類にサインしたそうだ。
しかも、アイが『録音しておるからの』と言うと余計に黙ったようだ。
ってなわけで……黄瀬さんの考えがほぼ通った。
・白鷺湊はこちらに移籍すること(無償)
・こちらはこれ以上の言及をしない
・専門学校への橋役を担ってもらう
・こちらの親会社の案件は極力振るようにする(どこまでできるかわかんないけど、所属声優さんのためにってことで一応らしい)
……いや、これをできるのって本当に凄いよ。
まあ、白鷺湊からすると複雑なのは理解している。
交渉を終え、事務所に帰ってきた時の顔は少し悲しい顔だった気がするから余計に。
「……恩はあったからね」
僕が皆にお茶を渡している時に聞こえた言葉が本心なんだろう。
だから、余計に“簡単に交渉を終えた”っていう現実が目の前にあったのは堪えたと思う。
……なんて声をかければいいんだろう?わからない。
それは……隣の春香も同じだった。
『これからはアタシらがいるだろ?』
そんな中で、湊に聞こえるように……でも、その言葉が誰に向けて言ったかわからないようにアイは話し出した。
『過去は変えられない。だから、後悔もするし、不安にもなる。でも、それに囚われちゃうと足は止まってしまう。なら、楽しめる未来を見つければいいのさ。それが、人間にはできる。そうでしょ?青』
「……そうだね」
……少し前の事を思い出す。
確かに、アイの言う通りだ。
『……今、誰かさんの周りには最低でも5人は仲間として一緒にいる。その仲間とワクワクする未来を作る方が楽しいじゃん?』
湊はその言葉を聞いて––静かに何度も頷いた。
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