第21話 白鷺湊の心
「皮肉なものねぇ~。本当に。ってか、かけすぎじゃん」
ウチのスマホには、何度もマネージャーからの不在着信が通知される。
今頃になって––事の重大さに気づいたらしいけど、遅くね?
「でも、これはウチには良い経験だよ。さんきゅ」
そう呟き、電話の次は何度もメッセージ(重役かな?)がくる……だから、スマホの電源を落とした。
「にしても……やっぱ、こんなものなのかな?芸能界って……子供の時からそうだったもん」
一人暮らしの空間で––白鷺湊は呟いた。
◇ ◇
子供の頃からウチが本気で悩んでた事なんてたーっくさんある。
それこそ、今だって『本当にいいのか』という自問自答を繰り返している。
……でも、やっぱり辛い分……少しは未来が見えてくるのかな?
……そう、ウチがもしあの時––
「やめなよ!」
その言葉だけでも……あの時に言えれば、もう1人の仲間は今現実にいたかもしれない。
だから……だから……あれ?言葉が詰まって出てこない。
あはは、ウチにもこんな感情あるんだ。
胸を何かが貫いていくような……痛みもここにあるんだね。
……大丈夫、大丈夫……。
でも、本当に感情が“白鷺湊”という存在にあって毎日驚く。
“意思表示のできない子”というレッテルを両親から次々と伝染して……あの時のウチはできていたんだもん。
だから、きっと変に周りの感情を知って、感情を逆なでしないように『空気な存在』として過ごしたんだ。
……でも、ウチの両親ってバカなんだよ。こんなウチを「芸能界にいれよう」っていうなんて。
……でも、なんでそんな時は奇跡があるんだろう?
「君は素晴らしい!我が事務所に来ないか?スターになれるよ!!」
って、今の事務所に入ったんだから。
でも……それがウチを更に悪化させたんだ。
“物語に出てくる子の感情だけを読んで、多少のテクニックを使う”という、誰でもできる事を続けただけなのに……周りの目は明らかに変わっていくんだから。
……それが、更に怖くさせた原因なんだけど。
「ねえ、湊ぉ~?アンタなら一緒にやってくれるよね?」
「湊がすればアタシ達も十分に遊べるんだよね~?」
「ほら、あんたもやってるんでしょ?ア・ソ・ビ♪」
……ああ、高校の“あの時”……本当に嫌な音が聞こえてくる。
誰もいない教室で……青達の事を“遊び”としてやってる奴らが声かけてくるなんて。
……でも、そこで何も言えなかったウチも同罪か。
確かに見えていた、見てしまった。……でも、あの時のウチには傍観者でしかいれなかった。
––そして、あの日。クラスメートは屋上から落ちた。
放課後だったか……ウチの記憶も曖昧だ。
でも、鮮明に覚えているのは––赤い液体が流れ、眠るように横になる––
…………。
………………。
本当に何度も何度もフラッシュバックして、戻してしまう。
でも、そんなウチを心配してもらわないように……演技で誤魔化すのは上手くなった気がする。
そして、それは声優としていかすことができた。
……悪い大人に利用されてるとも知らずにね。
◇ ◇
「……うしっ、今日は飲もう」
本当、嫌な記憶は常に残るもんだ。酒を飲んで忘れたい。
ウチは冷蔵庫にしまっていた缶チューハイを取り出し、蓋を開け、一気に飲み干した。
そんな悪い大人に自分もなってしまったなぁ。皮肉だけど。
それでも、前と違うのは本当に心が軽い。
真っすぐに……今、具体性はないけど夢を持って進んでいると思える。
「……キラキラした未来か……」
黄瀬さん達が日頃言ってる言葉を何となくだけど呟いた。
この言葉……ウチじゃなく、本来はアイや青が使うべきなんだと思う。
「……はは、本当に凄い事が起きすぎなんですけど」
それでも––そんな2人がウチに手を差し伸べた。
もちろん、黄瀬さん達も。
「今度は失いたくないな」
ふいに出た言葉……あ、暑いね。この部屋。
ま、まあ?酔ってきたんだし?……だから、たまには甘えてもいいじゃん?
……ってまあ、この状況は「えへへ、酔っちゃってるんで~w」で済むことではないのは理解している。
【私は声優続けられるのかな……】
……こんなたったの一言をSNSにさっき流しただけなのに、効果は最大限に膨れあがってるのは驚きよりも……怖い。
私がコスプレして、毎日投稿して……その1人が“女装男子”なだけだし、友人だし……でも、現にこれだけで『知ろう!』と思って色々検索する人は多い。
……いや、ここまでを計算してたら黄瀬さんと青は何者なんだろう?
……それに付随して––所属している事務所への関心も高くなったのは事実。
相変わらず、ウチには仕事は来なかったけど……世知辛いね。
でも、黄瀬さんに盗撮したことがネットニュースになってたもんね。どんどんと事務所側が不利になってるのが笑えて来る。
『おい、タイシンのコスプレしてた声優の事務所、上が盗撮で捕まってたらしいぞ?』『え?もみけそうとした?』『無様すぎんだろwwwwwww』
……いやはや、君達ネット民は爆速で拡散すんじゃん。やべーよ。いい意味で。
ま、ウチからすれば「ただの感想だし、憶測で言わないでくださいよ」って言えるから良いんだけど。
それにぃ?先に「退所しますから」と伝えてたのもラッキーだった。
相手から何て来たか分かる?「はい、お疲れ様でした」だけだよ!?酷くない!?
いやー……本当にこんなに楽しくていいんだろ?
酔ってるから楽しいのかな?違う?
あ、でも少ししょっぱいな。塩入ってるのかな?
まだ自分の中で理解できない感情を、ウチは放棄して前を向くことだけにした。
そっちの方が面白いでしょ?
◇ ◇
翌日。ウチの……まだ形式上在籍している声優事務所はSNSにて発表を行った。
【お知らせ】
弊社の演者にご声援をいただきありがとうございます。
この度、我が事務所所属の白鷺湊のSNSでの発言並びイベントでの無断パフォーマンスに関しての処遇に関してのご報告をさせていただきます。
まず『SNSでの発言』に関してですが、我が社ではそういった我が社や業界を下げてしまう発言を了承したことは一切ございません。しかし、事実確認をおこなうため現在本人への連絡を取り合ってる段階でございます。
次に、イベントでのパフォーマンスですがどのような事情があったとしても他社の催しの妨げになる事は許しがたい事と認識しております。また、同行していた方に関してですが一部『男性ではないか』との情報が出回っていますが、全員が女性であったと認識しております。そのため、これ以上の詮索はしないようにお願いいたします。
そして、白鷺湊の処遇に関してですが本日をもって契約解除にすることとなりましたのでここで報告させていただきます。
この度は申し訳ございませんでした。
寝ぼけてるウチでもわかる……こんな文、誰から見てもツッコミどころ満載じゃん。
ウチはそこまで勉強できないけど……こんな人が上にいたんだと思うと寒気がしてくる。
ウチはすぐさま青とアイ、黄瀬さん達に連絡をすることにした。
「えへへ!がんばりました!」
子供っぽい言葉だけど、何かそう言いたくなった。
きっと、ウチは––安心しているんだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます