第20話 偶然を装った必然は火を生み出す。

 「よしっ!」

 僕は思わずガッツポーズがでてしまった。

 そんな僕を見て、春香も力なく「イエーイ」と答えてくれた。


 『……にしても、青と黄瀬さんが組み合わさると凄いのぉ』

 「いや、僕の想像以上だったよ」

 『湊って奴は本当にやべえ奴じゃな。いい意味で』

 「あの実行力は凄いよ。本当」

 『まっ、皆の力の結集ってとこかの?春香も本当お疲れ様じゃ』

 「えへへ」

 春香の寝室––ベッドくらいしか置いていない部屋の中で3人は––この数日で起きた化学変化をSNSで何度も確認した。


 

 ◇ ◇

 

 事は始まりはコミケ前に遡る。

 僕と春香は僕の部屋でコミケの準備と特典イラストを準備していた。

 ピロン。

 僕のスマホにチャットがとどいた。

 そこには……『黄瀬真』と表示されていた。


 「今、忙しいかな?」

 

 簡潔で––何か重要な気がした文に返事をする。

 「大丈夫ですよ」

 「わかったわ。じゃあ、通話してもいいかな」

 「あ、はい」

 ……そこから、数秒で通話がかかってきた。

 アイではない違う人からの通話は……凄く緊張する。


 「こんにちは~、聞こえてるかな?」

 「あ、はい」

 「あれ?春香さんもいる?やっほ~」

 「ほら、春香」「どうも」

 「ふふ、どうも。今日は忙しいのかな?」

 「僕はそこまでですけど~……春香は凝り性ですからね。そこだけが不安かなと。そっちはどうですか?」

 「こっち?順調だよ~」

 ……あ、今日はお酒飲んでないんだ。

 きっと、黒瀬さん達が止めているんだろう。


 「で、どうしましたか?」

 「あ、そうそう!今日は少し青さんの力を借りたいと思ってね。前にも言ったでしょ?」

 「ああ~僕でよければ」

 「そう?ありがとう!じゃあ春香さんに聞こえないようにしてね?まだ決定事項じゃないから––」

 そこからは“大人なんだ”と思わせるような、若干怖い一面を見せた。


 「私や仲間を傷つけた落とし前をつけさせたいと思ってるの。それだけじゃなくて、私達のチームがより早く、より最短ルートで目標に達成するために今回のコミケをキッカケにしたいと思ってる。もちろん、常識の範囲でね?カシュ」 


 何か音が聞こえたけど……酒じゃないよな?

 僕の心配を胸に……黄瀬さんの言葉は更に大きくなっていく。


 「カァ!……でね?今回の青さん達の新刊数はどのくらいかしら?」

 「えーっと……30部ですかね?平均だとは思いますが僕らくらいのサークルだと少ないですね」

 「じゃあ、一般参加する私達が来る前には終わってるかもしれない?」

 「えーっと……どうでしょう?でも、全部売れなくても良いとは思ってますね。春香の体調も考えるんで」

 「ふふ、青さんって本当春香さんの事好きだよね」

 「はは」

 「私にとってアナタ達は私の中での推しカップルよ」

 「ありがとうございます」

 ……え、何て答えればいいんだ。恥ずかしくなる。


 「そこでね?もし、早く終わるのであれば企業ブースに来てほしいの」

 「……?元々行くつもりはありましたよ?」

 「そうなんだね。じゃあ、話しは早いかも」

 「?」

 「実は湊ちゃんには『変装していこうね』とは伝えてて、こっそりと各事務所や会社の特徴とかを教えてもらおうと思ってるわけ」

 「はい」

 「そこでは『宣伝禁止』ってことにしておこうと思ってるんだけど、『目立つ』というのは良いと思ってるわけ」

 「まあ、コミケの名物化でもありますしね」

 「うん、そうそう。そこで青さんに問おう。青さんならどうやって目立つ?できれば、湊ちゃんが目立つといいかもしれないけど」

 ……黄瀬さんの唐突な問いに「うーん」と頭を回転させる僕。

 ––そして、僕は口を開いた。


 「そうですね……僕が行動するのであれば“偶然を装った必然”ってことをしますかね?」

 「というと?」

 「まず、黒瀬さんはコスプレをするんですよね?あと、湊さんを変装させるならコスプレが1番良いかと思います。なので……この2人の美貌?対比?を使ったコスプレをして企業ブースを何周かしてみますね」

 「でも、それだけじゃ目立つまではいかないんじゃない?」

 「そうですね。なので、掛け合いやじゃれ合いみたいなのを見せる事で意識的に印象をつけさせます」

 「……ほお?」

 「で、あえて他の方からの写真や会話はさせません。親しんでもらう方がいいとは思いますが、人間の心理って『この人を知りたい』と思わせなきゃ意味がないので」

 「それって逆効果じゃないの?」

 「いえ、黒瀬さんと湊さんはどちらかというと近寄りにくい方だと思うんですよ。黒瀬さんは背が高く、ハーフのようなスタイル、湊さんはどちらかというと春香のような背格好……。でも、目付きはどちらもキレ目だし雰囲気的にも強いじゃないですか」

 「ふふ、確かにそうかもね。カシュ」

 ……絶対に酒飲んでるよね?え?誰も止める人いないの?

 僕は「……ッカァ!」と喉に何かを流し込んでいる黄瀬さんに更に言葉をつづけた。


 「なので、その2人の印象を逆手にとってコミケ開催中は印象を植え付け、終了後にはハッシュタグを使っての定期的な画像ツイートを流します。そこも、そのコスプレしたキャラを崩さないようにして注目が集まった段階でギャップを作らせます」

 「……」

 「簡単に言えば……学園ドラマみたいなことをするといいんじゃないかなって」

 「……」

 「あれ?」

 「……なるほどねぇ」

 あれ……?お気に召さない感じかな?

 黄瀬さんは相槌を打ったのち、何秒か黙り込んだ。

 そして––

 「良いアイディアをありがと~!やっぱり、青さんって面白い発想するよね!そうか、そうか~その手があったかあ。あ、ちょっとだけ春香さんと話してもいいかな?」

 「あ、わかりました」


 ◇ ◇


 そこから、コミケが行われた。

 実際、僕と同じ作品のコスプレをしているとは思わなかった。春香にトレーナーっぽい恰好させたのは偶然だったんだけど。

 そして……湊さんがまさかの僕とのカップリングになりやすいキャラだったことは“黄瀬さんなりの策略”なんだろう。いや、春香が色々と喋ったのか?

 結果的に、団体で同じ作品の高クオリティコスプレを振りまくだけじゃなく、癒しまでも提供している状況となったのは良かったと思う。


 ただ、若干の失敗があるなら……相手が“僕”ということだろう。

 黒瀬さんや黄瀬さん達ははた目から見たら“一般人”、でも白鷺湊は“芸能人”なのだ。

 ……だから、湊さんのコスプレ相手が“男性”と言う部分で引っ掛かる人は少なからずいた。

 【声優に抱き着いてるのが男性って……】【女装男子なの?】【いや、あの人彼女いるらしいぞ?隣に映ってる】

 ……本当に様々な意見が声優の白鷺湊のアカウントには流れていく。

 

 本当は別アカウントで書いて欲しかったのだが、コミケ終了直後すぐにバレてしまったのだ。SNSの特定ははやいね。

 そのため––『声優の白鷺湊はコスプレを友人達と一緒に来て楽しんでいた』という方向へと転換し、計画通りに毎日画像をつけたツイートをするようにした。

 幸い、アカウントは事務所管理ではなかったので必要以上に疑われることはなかった。


 ……日に日に閲覧数が増えていく、画像を楽しみにしている方も増えていく。

 その中で、湊さんが僕らのコスプレ写真を投稿するにつれ各々のフォロワーは増えていった。

 というか、奏さんは否定的なコメントは全て無視し、時にはブロックしていた。流石だね。


 さて、春香ちゃんは何故僕のコスプレが誰か伝え、湊が僕の推しのコスプレをしたのを了承したのかわかる?

 まあ、今は寝てしまったから詳しくは教えてくれないけど––

 「私達の仲を周知の事実にしたいんです」

 と、アイに伝えていたらしい。

 多分、『声優の子よりも私を選んでる』という事実が欲しいんだろう。そこまでしなくてもいいのに。


 


 『さて……青よ。ここからじゃな?』

 「そうだねぇ」

 スワイプしていけば増えていくフォロワーとリプ数、イイネ数を見ながら……事の終点と出発が見えた事に嬉しさが湧いてくる。

 『炎上っていいもんじゃな』

 意味をはき違えているアイを横目に、僕は春香のおでこに新しい冷えピタを貼った。




 ……そこから数週間後。

 予定を前倒しして––とある発表がされ、波乱を生んだ。

 【コスプレ声優白鷺湊が所属事務所を退所。実はマネージメントをしていなかった?】

 そんな記事がネットに溢れたからだ。

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