第19話 コミケ当日~後編~ 煙が立つ日

 コミケには多角的な面白さがある。

 僕らのような『サークル参加』で自分自身の作品を披露する、コミケだけでしか買えない限定グッズを買う、コスプレをして『非日常を味わう』、世界最大の『オタクイベント』を肌で感じにいく……これ以上に色々な楽しみ方がある。


 

 「春香トレーナー!?大丈夫!?」

 「……うん、大丈夫」

 僕達は今……大勢の人混みの中ではぐれてしまわないように手を繋いで、春香の顔色がどんどんと悪くなるのを、“ウ〇娘”の“ウイニ〇グチケット”のコスプレをしている僕が何度も心配している図が……何分も続いている。

 わかりやすく例えるなら––ここは渋谷のスクランブル交差点並みの人の流れがあるわけだ。


 ––春香には『エンドレス渋谷スクランブル交差点状態』といっても過言ではない。

 


 一緒にいたはずのアイはというと……便利だよな。先に黄瀬さん達の方に行ってるなんて。

 「もうすぐだから!トレーナー!」

 「ご……ご褒美、オアシス……」

 「え?なになに?」

 「青さん……あ、チケット。私が喜ぶ何かないですか?」

 「……そうだねぇ……」

 僕の声がどもる。

 正直、これが喜ぶかわかんないけど––春香なら元気になるかもしれない。


 「?どうしました?」

 「えっと、今着ているカッターシャツは大きくない?」

 「?まあ、確かに大きいです。私こんなの買ったっけ」

 「それ、僕のだよ。青の」

 「うぇ!?」

 「……本当はトレーナーのサイズの物を持ってくるつもりだったんだけど、急いでてつい……」

 「ということは……?」

 「ごめんね。洗濯済だけど……何度か着てるから……」

 「すーはー」

 「はや!」

 春香は––カッターシャツの袖に口をうずめたり、少しだけ胸元のボタンを開けてパタパタと仰いだり––明らかに元気になっているのがわかる。

 「青さんに抱かれた女になりました!元気100倍!」

 「……そ、そっかぁ!」

 とりあえず、コスプレしているキャラになりきってこの場をスルーすることにした。……いや、ずっと袖をマスク代わりにしてにやけるの恥ずかしいからやめてくれー。


 

 ……はあ。そんなこんなで……企業側へと10分くらいかけて足を運ぶことができた。

 「青さん、青さん!にじの子達だー!可愛いー!」

 「うわあ、凄いね~!」

 「あ、あっち!ホロだ!ホロがい~っぱい!」

 「え、あれってサイン!?来たのかな!?」

 ……着いてそうそうから、苦の移動を忘れるように全開の僕ら。

 それもそうだろ?目の前には多くの天国が––僕らに微笑みをくれるのだから。

 

 「お、いたいた」

 「ええ!?あ、あの姿……!」

 「……」

 僕らがテンションが高い状態で企業の様々な催しを見てる背中から––母性が溢れてこちらが困ってしまうくらいのママみある娘、褐色肌を存分にいかしている原作よりも更に成長したような活発系娘––そして、僕の推しでもある娘のコスプレをしている3人が声をかけてきた。

 あと、その推しのコスプレの右手のスマホ内に見覚えのある姿がいたので理解ができた。

 「黄瀬さん達!?……やばい、凄い……」

 おっと、青で声を出してしまった。

 春香はというと……企業側を見るべきか、このコスプレイヤー達を見るべきか首を何度も動かしていた。



 「やっほー!青さん!……って、もう君付けでいいよね。青君達がすんなり見つかってよかったよ~」

 『アタシのお陰じゃな』

 「あ……青様……、青様の……じょ、女装……!!」

 「ふん」

 ……おっと、黒瀬さん自然に手が原作通りになってますね。でも、その目は怖いのでやめましょう。

 あと……もうキャラになってるじゃん!

 

 そんな3人の中の1人––母性の暴走機関車化している黄瀬さんが照れながら話す。

 「どう~?私は久しぶりにコスプレしたから恥ずかしいんだけど……」

 黄瀬さんはクルッと一回転しながら––あふれ出す母性を周囲にまき散らしていく。

 そのためか、「え!クリーク!?」「バブバブされたい~」「え!?本人!?」なんて色々な声が聞こえるのだが––中身は泥酔するエッチなお姉さんですよ。

 「き、綺麗です!」

 言葉の選択肢を間違えないように、僕は無難の答えを出すと––

 「ふふ、ありがと?あとでナデナデしてあげますね。もちろん、春香ちゃんも」

 「ええ!?」

 春香は––大きな存在感を放つ胸を見ながら––僕の後ろに隠れた。

 ……いや、これは素なのか?なりきってるのか?わかんないな。


 そして、未だに隣で「はあはあ」と言っている黒瀬さん……。

 「黒瀬さん?大丈夫?」

 「青さん……いや、青様……我慢できないです。握手してください」

 「……」

 前回の事があるので––飛び掛かってきたアマゾンな娘を––華麗に避けた。

 「酷い!」

 「……命の危険を感じました」

 「ええ!」

 「……じゃあ、後で一緒に写真撮りましょうか」

 「はい!5万でも10万でも100万でも払います!」

 ……あの時の冷静な黒瀬さんはどこにいった?

 というか……「おい、あそこの娘も凄くね?身長は高いけど」「だよな!あのカッコ可愛い感じだせるのすげぇ」「あれの手の感じも原作再現たけぇ」とか会話が聞こえるけど違います!この娘は理性を失っています!

 「……では、青様の片方の腕を借ります」

 「ちょっと!?」

 そして、前と同じように––春香と黒瀬さんが『癒し』のための取り合いを始めた。


 ……おい、そこにいるアイさんや。見てないでなんとかしてくれ。

 『にゃはは!青はやっぱりラブコメ主人公なのかもしれぬな?って、今は百合か……うん、良い光景じゃ』

 そう言いながら、何気に『この3人のトレーナーじゃ』とスーツに名札をぶら下げているあたり––この空気に慣れて、内心楽しんでるんだろう。


 「ふんっ、馬鹿みたい」

 そんな前で繰り広げられている光景に––背の低い感じやツンツンしてる感じが“原作から飛び出てきた”と思わせる––僕の推しがいた。

 「タイシーン!」

 「うわ!ちょ、チケット!」

 ……思わずだ、思わずに……僕ことチケットはタイシンのコスプレをしている湊に抱き着いてしまった。

 それにしても、本当に凄く似合っている。

 ショートカットの髪型も。耳も、そして特徴的な前髪も……本当に全てが愛おしい。

 だから、原作の2人の関係性も飛び出したように……はい、抱き着いてしまいました。

 「ちょっと!青さん!」「青様!?」

 捕獲していたはずの2人は声を上げている。そして、それをママみのある娘こと黄瀬さんは「あらあら~」と言って見守っている図が完成した。

 

 「ちょっと!チケット!?」

 「ご、ごめーん!」

 「……ふう、あんたね。もう少し考えて行動しなよ」

 「だってぇ!!可愛いんだもん!!」

 「ふん!ばっかじゃない?」

 ……やばい、原作じゃん。

 それに、照れて横を向いたりするのもポイント高い。

 推しにされるって……ここは天国ですか?



 「もう、行くよ!時間もあるでしょ!」

 そんなツンツンなタイシンを先頭に––再度抱き着き、離そうとしないトレーナーと褐色娘––そんな姿をママのように見守る社長と社長のスマホに移動したバーチャルなトレーナーという並びで動き始めた。

 やばい、ニヤニヤしてしまう。


 実は春香もコスプレは興味があって、春香の家の方にもコスプレするための衣装やウイッグはある。

 しかし……「見せるのは青さんだけ!青さんとのプレイでも着てもいいですよ!」と言っていたので……まあ、こんなにクオリティの高い集団で歩くのは初めてだった。






 ……企業側を歩き始めて5分。

 僕らの集団は––企業側のお客さんの視線をさらってしまうくらいに注目され始めている。

 僕らはその視線を––軽くいなす程度に留めて、各ブースを見て回った。

 「ここの企業は––」「うんうん」

 「この事務所は––」「そうなのね」

 タイシンのコスプレをしている湊はクリークのコスプレをしている黄瀬さんと回りつつ……各自の会社や事務所の特徴を話している。

 そして、アイが写真を何枚も撮っている……っぽい。

 僕達はというと……その間に何枚も写真を撮られている状況だ。そりゃ、僕の両隣は美人だしな。


 あ、あと、僕達は事前に禁止されている事があった。

 「絶対に新事務所の事は言わないでおきましょう」

 そう黄瀬さんからのお達しがあったからだ。

 実際––ここで「僕達もVtuber活動開始しますよ!」なんて宣戦布告すれば一気に注目されるかもしれないが……未来はないだろう。

 「せっかく皆が楽しめるイベントだし、企業さんだって時間もお金もかけてきてくださったんですからね。私達は“一般参加”として楽しみましょ?あ、青君と春香ちゃんはサークルでコンタクトがあった時は報告してくれればいいから」

 ……見た目はママ、中身もママとか……このママできる娘。


 「……あと、湊ちゃんの事も考えてあげてね」

 「そうですね」

 湊……長く“演者”としてこの舞台に立って、演者として楽しみ、演者として歓声をもらいたい……そう思っているはずなのに、今はコスプレしている。

 傍目から見れば楽しいと思うけど、実際はどうなんだろうか?

 僕自身が“白鷺湊”にはなれないけど……きっと悔しいだろうな。

 “私には見えない景色”というのを同僚だった人達が見ているなら尚更。

 だから……僕は“チケット”として何度もタイシンの湊に抱き着いた。

 「タイシーン!」

 「ちょ、ちょっと!」

 迷惑かもしれないけど、僕らは仲間だ。

 だから、ここから“一緒に頑張りたい”って気持ちを込めて抱き着いた。

 ……毎度、黒瀬さんと春香が剥がしては「ちょっと!?」と怒るのは怖かったけど。


 

 企業のブースをあらかた見終え、コミケの終了時間も刻々と迫ってきている。

 「……そうだ」

 今は大きい広場が見えてきた時、黄瀬さんは手をポンと叩き声を出した。

 僕の隣では……春香の体力ゲージが赤くなっているような感じがする。

 「皆で一緒に写真撮ろう!」

 ––そう言うと同時に、近くにいたコスプレイヤーにスマホ(アイは僕のスマホに移動していた)を渡し、複数枚撮ってもらうように交渉してた。

 「はい!じゃあ、そこに並んで!」

 交渉を終え––僕らは各々ポーズを取りながら複数枚写真を撮ってもらった。

 「ありがとうございます!」

 黄瀬さんはそう言いながらスマホを受け取ると––

 「次は個人、組み合わせで撮ります~」

 にこやかな顔で……終了直前まで写真を撮り続けた。



 ……。

 後日、案の定疲れで熱を出した春香の看病をしている。

 ピロン。

 僕のスマホから通知音が鳴る。

 そこには––アイがしたり顔をしつつコチラを見ていた––彼女なりの“事の最中はヤバい”と思っての通知音だったんだろ。

 少しだけの間と……周囲を確認しながら、アイは声をだした。

 『春香~?大丈夫かの?』

 「あ……アイさん?ふへへ、熱出ちゃいました」

 『そうかぁ。ゆっくりやんでな?青よ、看病しっかりしてやってね』

 「わかってるよ。ところで、どうしたの?」

 『お、そうじゃったそうじゃった。よ~く聞いてくれよ?』

 「……」

 次のアイの言葉は––表情と内容が伴っていない、意味不明な言葉だった。


 『アタシ達、華麗に炎上中じゃ~!』

 その笑顔には何も悪気はなかった。

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