第15話 メイドの掟は破ると怖い~パート3~

 白鷺湊は優秀である。

いや、有能とか女子力が高い……––とにかく確実に言えることは「順応力」が高いということだ。


 僕がドンキでアイのメモ(サイズを何故か知ってる)を見ながら……何故かジャージを購入する流れに。まあ、本来の目的だけど。

 ……そんな間に正気に戻った白鷺湊さんは自販機で水を購入し、頭からコーヒーを流すように浴び、自身で持っていた大きめのタオルを頭から被せ、周囲の目を“風呂上りか……?”程度に留めさせ、僕が女性服売り場の前で困っている所に入って来てくれた。

 まあ、多少コーヒーの匂いはするが……コーヒーの匂いがあってもおかしくないだろ?喫茶店の前みたいでいいじゃん。

 「えっと、大丈夫?」

 『え?アタシは大丈夫じゃぞい?』

 「いや、アイじゃないって」

 『にゃはは~、湊か』

 「大丈夫だよ。とりあえず、何か買い物をしなきゃなんでしょ?アイから話は聞いてるし……って、なんでこんなにこの人達大きいわけ?ウチにも分けて欲しいわぁ……」

 「いや~……成長ってやつなんじゃないかなぁ……?」

 『おい、湊。こいつお前の胸見とるぞ?』

 「っ!?」「なっ!」

 「……変態」

 いや、ギャル信号機さん?髪の毛隠したから、余計にギャル特有の見せ下着がチラチラ見えるわけで……ごめんなさい。

 というか、アイも口出しするなよ。


 そこからは––お互いにお金を出し合い……ジャージではなく、全員に似合いそうな部屋着をプレゼントすることにした。

 アイが“サイズ”と“好みの服装の傾向”と“画像”を見せつつ、湊さんが1人1人に合いそうかつ気楽に着られる服をチョイスしていく。

 とりあえず、僕はその2人にピッタリと付いていき“変態じゃない”というアピールをするのに必死だった。まあ、下着の時は流石に別の階に避難したけど。

 


 僕が避難してから約30分––今は帰ってきた自分のスマホで漫画に読みふけっていた。

 アイは相手が了承した機械には飛んでいけるようだ……いや、今思ったけど“僕と春香の時”は違った気がするな。……黄瀬さんの仕業か?

 「……ま、とりあえず時間かかるわな」

 ––僕のスマホ画面の中では、陰キャオタクがギャルに下着売り場に連れていかれ『どれが好きなん~?』なんて言われて赤面している場面が映し出されていた。


 『なあ、春香ってCだよね?黒とか持ってる?』

 

 そんなワクワク展開に……アイからのさらっとした爆弾発言が飛んできた。

 「……知らん」

 『嘘つけ。揉んだこともあるくせに』

 「ないわ」

 『知らんぞ?青が寝てる間に揉ませてくれてるかもしれん』

 「……」

 『ここでシコるのは禁止だからね?』

 「中二男子みたいなこと言うな」

 『……ま、とりあえず湊と一緒に適当に選ぶから。10分くらいで戻るよ』

 「了解」

 その言葉を信用したわけじゃないけど、僕は僕で飲料とお菓子等を何個か先に購入しておくことにした。


 そして––本当に10分でエスカレーターから湊さんがおりてきた。

 「お待たせ」

 「ううん。湊さん重くない?」

 「大丈夫……あっ、ありがと」

 「どういたしまして」

 ……ここだけ聞けば、何か夫婦っぽい。


 

 ちなみに、会計は––流石、“安さの殿堂”と思ったと伝えておこう。






 


 

 さて、ドンキから出て数分の回想になるわけだが……。

 読者に問おう。

 “いつから僕が湊さん呼びになっているのか”わかるかな?

 ……ま、どこからとかは実際関係ないんだけどね。

 「名字は好きじゃない」と言ってたから自動的に名前呼びになっただけなんよね。

 それに、アイも『湊を思うんなら名前呼びにした方が良い』って来たから……何となくだけど察したってわけ。

 さて、こんな小さな小さな回想に付き合ってくれてありがと。

 

 本当はドンキ後の会話を知りたかったと思うけど––ここだけは僕ら3人の秘密にしたい。

 だって……こんな事を“学生時代”に経験したかったから。





 


 ……事務所が目の前に迫ってきた。

 アイは『んじゃ、待ってるね』と言って先に帰宅を済まし、僕はアイからの『大丈夫』というヌード状態じゃないのを待ち、湊さんは緊張してるようだった。

 「リラックスして?」

 「いや無理でしょ。……っはあ、こんな緊張はオーディション以来だわ」

 「そんなに緊張する?」

 「いやいや、こんな状態で会うなんて……どんな唯我独尊っぷりなのわかんない?」

 「せやな」

 「知らないくせに出たよ。めんどくさい時の適当な相槌」

 「えー」

 「はい、パート2」

 「……え、何か怒ってる?」

 「これがデフォでしょ?とりあえず––」

 湊さんは少しモジモジと体をくねらせて言葉を発した。

 

 「ありがとう。本当に……色々と。ありがとう」


 僕はその言葉に……顔を背けた。

だって、今までの感情が“言葉や表現”として表せないくらいに……重く、処理できないからだ。



 ピロン。

 微妙な空気が流れる中……アイからの『おいで~』というメッセージに僕は助けられた。

 そして、湊さんに「んじゃ、事務所入ろっか」と促し––重い扉をゆっくりと開けた。

 ……そして、目の前の混沌に驚愕した。

 「……おい、どこからツッコめばいいんだよ」

 『お、おかえり~?』

 「おう。……じゃなくて、何で皆––」

 「裸!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 僕の言葉よりも先に––後ろで子供のように小さくなってた湊さんがツッコんだ。

 ……いや、初めて来た時に女性3人が裸でいるのは……ある意味恐怖体験だよな。

 

 「うっ、青さん~!!!」

 「わ、春香!?そ、それでこっちに来ないで!目、目が困る!!」

 「うわ~ん!!!!」

 「あらら」「青さん……うっ、手が……」『にゃはは~、もう青はハーレム漫画の主人公なれるのぉ』

 各々の声と––僕の右腕全てに当たってくる柔らかさと温かさは……それ以上の温度となって僕の中にある細胞をフル回転させている。


 『とりあえず……湊、そこの金髪女性に買って来たものを渡してやってくれぬか?』

 「え?……はい」

 「あ、ありがとうございます」

 「えっと、ご挨拶は……これを着て頂いた後でいいですかね?」

 「あ……そ、そうですね。待っててください。アレク、春香ちゃんを青さんから剥がして来てくれない?」「……え、私!?」

 ……褐色肌の美女が近づいてくる気がする……いや、これ以上目を開けてたら色々な意味でライン越えだろ?大丈夫だ。今の僕の目はしっかり施錠している。

……まあ、まだ抱き着かれている感触は抹殺しないけど。


 「青さん……触りたいですか?」


 僕の左耳の耳元で少しハスキーな声が聞こえ––右腕にあった感触は徐々に正常の感覚へと戻っていった。

 「……ふう」

 『青って本当にヤッてないわけ?』

 「ないよ」

 『おうおう、童貞君のガードはウォールマリアだこと』

 「……それ、崩壊するやつ」

 『だって、いつかはすんじゃろ?』

 「……」

 『ほら~!湊もそう思うじゃろ?』

 「私に振る!?」

 『……あ、察したわ』

 そこから、僕は買ってきたコーヒーを湊さんに渡して、空いている席に座るように促した。

 アイは『ほら、隣来なさい』と言ってたので––湊さんはアイの隣で何か小さな声で会話を始める。

 ……本当は「なんで、アイが立体になってる?」とかツッコむかと思ったけど、昨日の僕ら見たいに自然に“非日常”を受け入れてるんだろう。


 ただ、時折「ちがっ!私は!」とか「え、そこまで……えー、痛くないわけ?」とか言っていたのでアイのナニかの餌食になってるんだろう。


 そこから、数分もしないうちに––僕らの買ってきた服に身を包んだ3人が帰ってきた。

 春香はずっと半泣き状態だったのだが「可愛いよ」というと普段の顔に戻ったので良かったと思う。

 そして、黄瀬さんは湊さんにお礼をしつつ「……お風呂使ってきてください。あ、洋服も洗いますね?アレク?案内してあげて」と言って––半ば強引に、正常ではなかった湊さんを奥へと案内させた。


 ……いや、感想を言わないといけないよね。3人の。

 僕自身、女性として近くにいたのが春香で……そんな春香のデフォ衣装が“ジャージ”だったから詳しくはわかんない。

 でも、黄瀬さんは余計に『お姉さん』という印象を強めつつ胸元の存在感は維持してるワンピースで「お姉さんと……する?」なんてサラッと言ってきそうだし、黒瀬さんは褐色肌と髪の毛の長さを無意識に認識させるような長めのTシャツにショートパンツスタイルで「実は女の子なんだよ?」と言われたらヤバい感じするし、春香は7分丈の前開きパーカーの下に半ズボン……しかし、チャックを開ければ「女性らしさ」が強い刺激として受け取れる卑怯なギャップが可愛さとなって刺激してくる。

 

 『おい、鼻の下伸ばすんじゃないぞ~?』

 やっぱ、僕の事見てるな。アイは。



 奥では洗濯機とシャワーの音が聞こえ始めた。

 それを、僕らは確認した後––事の経緯をアイと一緒に黄瀬さん達に話を始めた。

 “白鷺湊は同級生”、“声優をしている。しかも、買収予定だった会社の”、“辞めるつもりだった”……まあ、それ以外は断片的に話そうと思う。暗いのは嫌だし。

 「そうか……」

 黄瀬さんは––僕らの話を聞いて、何かを頭の中で整理しているようだった。


 ……ところで、春香さん?いつも以上に胸を当てないでください。

 そして、黒瀬さんも太もも触るのやめてくれませんか?


 「えっと……お、お待たせしました」

 黄瀬さんが様々な事を整理し、自分のパソコンで何かを調べている。

 そんな中で––湊さんが奥から戻ってきた。

 ……さっきまでの信号機な姿からは“髪色”だけを残し、大人っぽい恰好でいる。

 『一応、面接向けに買ってきた』

 アイの言葉に僕は納得した。



 


 「えっと……」

 「白鷺湊さん綺麗だね。とりあえず、リラックスしてください」

 黄瀬さんが社長としての振舞をしつつ、湊さんとの面談を自然と始める。

 湊さんも察したかのように……背中をピンと伸ばして黄瀬さんの真正面に座った。

 

 「勝った」『男のロマンじゃな』「……」

 ––各々の反応が僕の周りで聞こえ、この場の空気に「緊張」というエッセンスを加える。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……え?」

 「え?リラックスしてって言っただけだけど……」

 「め、面接は……?」

 「一緒に働くんでしょ?私達の仲間が良いっていうんなら私からは何もないわよ?」

 「……えぇ?」

 「ふふ、それに私としてもこんなに可愛い女の子と仲良くできれば嬉しいし。おっぱいでも触ります?」

 「……え!?い、いや!?……え、これ触んないとい、いけないやつでしゅか?」

 「ふふ、可愛い。アレク~とりあえず、こっちに来てくれない?」

 黄瀬さんは未だに僕の太ももを触っていたアレクを呼び出し––社長と副社長としての企業説明と今後の話を始めた。


 残った僕らは安堵しつつ––

 「アイはよかったの?」

 『いいんじゃないかの?アタシが勧めた人材じゃったし』

 「そうだけど……これから長い付き合いになるかもしれないよ?」

 『それはアタシからのセリフでもあるじゃろ?』

 「まあね。ま、そこはアイと一緒だと思うよ」

 『にゃはは。流石じゃな』

 「……春香は大丈夫そ?」

 「うう~……でも、ロリ描けるから楽しみでもあります。私が勝ってるし!」

 「……?」

 僕はコーラを1口飲み––春香は僕の飲んだコーラを奪って、3口程飲んだ。




 ……説明は約10分くらいかかった。

 湊さんからの「では……」とか「ここの部分は……」といった質問に丁寧に黄瀬さんとアレクさんが答えていたから––思った以上に時間が経過していたのである。

 そして、黄瀬さんの「では……今後の計画ですが––」といった所で更に30分程時間がかかった。

 

 『紛いなりにも声優の事務所に所属してるからの。段階を踏んで契約終了をしないと……まあ、業界に悪い噂になってしまうのは双方にメリットがないもんじゃし……あと––』

 次の言葉は––僕らの特殊な事情を言い表している。

 『既にお互いに悪い印象を持っている訳じゃからの。新規事務所としては余計にナイーブにしなきゃいけないじゃろうな~。湊みたいな声質の子だったら名前隠してもバレるだろうし』

 「……だよな」

 というか、先にこんな話してるのって色々ヤバいのかな……?

 

 僕は春香から再度コーラを奪い1口飲み––春香はまた奪い取って3口飲んだ。




 



 ……いや、それにしても長すぎる。

 30分が経過した後、落ち着きが生まれたのだが––湊さんの顔は真剣な表情で黄瀬さん達に何か話している。そして、黄瀬さんは僕らを呼び込んだ。

 「……はい?なんでしょう?」

 「ふふ、湊さんが皆に言いたい事があるんだって」

 「はい」「……」『ほおほお』「癒しが欲しい」

 ……その後、湊さんは大きく深呼吸を数回した後––

 

 「皆さん、私の名前は白鷺湊です。そこにいるアイさんと青さんの元同級生です!そして、今後こちらで一緒になって働かせてもらう事になりました!よろしくお願いいたします!!」

 

 僕を含めて「よろしく」と言うと、少し照れた表情を浮かべた後……再度深呼吸をする。

 「そこで、私から1つお話があります。アイさん……そして、今日青さんから助けて頂いた事と黄瀬さん達の優しさに恩返しがしたいです。なので––」

 次の言葉は……あの時の白鷺湊はいなかった。

 

 「私は所属してた声優事務所に宣戦布告したいと思っています。なにが“声優界のニューウェーブ”ですか!メイドのウチをないがしろにした責任を取らせてやる!」


 ……そんな宣言が事務所内にこだまし––晴れてこの事務所のスタートラインが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る