第14話 メイドの掟は破ると怖い~パート2~

 『にゃはは~、いや~面白い!』

 アイは––僕の慌てている姿に笑っている。

 というか、アイは便利だな~……簡単に通話すらできるって。

 

 「……アイは知ってたのかよ」

 『そりゃ、AI(えーあい)ですから』

 「ど、どこから?」

 『え?最初からだけど?」

 「は、はい!?……凄い便利な言葉だな。アイって実はド〇えもんか?」

 『かもしれない……?』

 「助けてよーアイえもん~!(棒読み)」

 『うふふふふ~、しょうがないな~青君~』

 

 アイはスマホの先で何かをガサガサと動かしているようにし––


 『白鷺湊出演表~と年代別顔写真~!』


 ……そう言って、どこからともなく––大量の湊データをスマホに流していく。

 僕は僕で「マジかよ……」と止めどないデータ容量に絶望していた。

 

 そこから……3分以上データを読み込むために時間がかかった。

 『ほい、これでも見て勉強しておいた方が女性は嬉しいと思うよ~?』

 「……え~」

 『はい、そこ!本物みたいな残念な反応しない!』

 そういって、アイは僕に“緊急白鷺湊講座”を開始した。

 ……いや、絶対暇つぶしだろ。コイツ。




 ……。熱帯夜の夜は時間以上の長さを感じさせる。

 白鷺さんがメイド服を脱ぎ、戻ってくるまで20分以上はかかると思うが……まだ来ていない。


 タッタッタ。

 僕の耳元にまで聞こえるくらい––大きな足音で誰かが来た気がする。

 走ってきたのか……高い音で息切れする声が聞こえる。

 「ハアハア……わ、凄い汗!……えっと、青さん?汗を拭かないで大丈夫ですか?」

 「……」

 「とりあえず、お礼にジュース買ってきました!青さんは炭酸とお茶どっちがいいですか?」

 「……おい、アイ変な事を言うな。バーチャルなんだから無理だろ」

 『ほえ?……アタシじゃないぞ?』

 「……は?」

 

 僕がスマホ画面から目を離すと––そこには“1人の女性”が冷めた目でコチラを見ていた。怖い。

 「え、はい!?」「無視ですか」

 「だ、だれ!?」「無視するんですか」

 「ちょ、ちょっと!」「無視は嫌われますよ?」

 「え、え、え?」「せっかく買ってきたんですけど?」

 『……ちょっと待て、会話が被りすぎて進んでないぞ』

 アイの珍しいツッコミが聞こえ––僕ともう一人のアンジャッシュ状態を解消させた。

 そして、その女性は僕のスマホを見て––

 「わ!!!可愛い!!!!!!!!!!!!」

 そう大声で言い放ち……アイはシャットダウンして会話に混ざることを拒否した。


 ……んー、わからない。わからないけど……この状況は純粋に怖いんだが……。

 だって、女性は「とりあえず、カフェにでも行きますか」と言って––僕の手を無理やり引っ張ったからだ。

 


 「さて……ここなら人も少ないですから話もしやすいでしょ」

 「……」

 「ほら、ちゃんと食べて?……ください?」

 「……え、え~っと……ごめんなさい。嬉しいですけど、初めての人とお茶会なんて……」

 「え!?まだわかんないの?白鷺ですけど!?」

 「え!?嘘でしょ!?」

 「酷くない⁉」

 ……おいおい、アイの白鷺講座意味ないじゃん。

 だって、目の前にいる白鷺湊さんは––今までの写真にはないほど“派手”だもん。

 

 さて、今僕の目の前にいる––白鷺湊さんはどんな感じでしょーか?

 はい、時間切れです。残念だね。

 答えは––赤髪のウルフカットにインナーカラーが黄色、青のカラコンで切れ目を更に印象付けている、そして……秋葉原には到底合わないような“ギャル系ファッション”で周りにいる人を威圧している……気がする。


 ……ていうか、思った事がある。

 「信号機……?」

 「おい!それ禁句!!」

 「……ええ?」

 「ギャ、ギャルなめんなし!」

 「そ、そうなんだ。……声優さんも大変だね~」

 「え?」「あ」

 「……なんで知ってるの?」

 「え~っと……」

 「ま、いいや。もうすぐ辞めるし」

 「え?」

 「あ~、なんでだろうね?ね?“青くん”?……いやー、このコスプレ可愛いね?ね?」

 「え?え?」

 ……まて、情報が一気に流れ込みすぎだ。

 僕の脳内CPUとHDDはフル回転をし––この状況を整理することに注力する。

 いや、この短時間で疲れがピークなんだけど……。


 そんなフリーズ中の僕の間を––白鷺湊さんはケーキを頬張る事で埋めてくれた。

 「えー、えと、僕の事知ってたの……?」

 「え?隠してたつもりだったの?」

 「はい?」

 「紛いなりにも声優なんだよ?コミケとかイベント行く事多いっつーの」

 「あ……そっか……」

 「ほら、ここに青君のコスプレ写真が100枚ありまーす」

 「ちょっと!」

 「にひひ、これは宝物だから。渡せないよ~?」

 「く……まあ、コスプレしてたらしょうがない。うんうん」

 「あ、照れてるん?可愛いとこあんじゃん」

 「……うるさいな」

 「へへ、タメ口になったね」

 「っ!?」

 ……小悪魔ってやつか?陰キャには刺激が強すぎんよ。

 僕が落ち着きと脳の回復を促すために––一緒に買ってくれたチョコケーキを1口食べた。あ、美味しい。

 「あー、ウチも食いたい!」

 「じ、自分のあんじゃん」

 「ギャ、ギャルはシェアするもんなの!もーらい!」

 「あっ!てめ!」

 「……いいじゃん?ウチが買ったんだし、うまい~!」

 「はあ……で、僕と何でこんなとこに来たわけ?」

 「いやー?お礼?怖かっただろうに頑張ったなって」

 「いえいえ……まあ、怖かったけど」

 「ふふ、偉いじゃん」

 ……いや、待て。何か立場が逆転してる。

 それに、“オタクに優しいギャル”って感じがして––今、ラノベの主人公感があるんだけど。

 

 ……目の前にいる信号機––白鷺湊さんは黙々と自分のケーキと僕のケーキを食べ進めている。

 「ってか、メイド喫茶に事情話した?大丈夫だった?」

 「……辞めた」

 「は?」

 「だから~辞めた」

 「え、いいの!?」

 「さ……さあ?まあ、自分のとこは有名じゃないし、経営も傾いてたからね~ウチ以外のキャストも辞めてるっぽいし」

 「……そこは聞かない方がいいのかな?」

 「え~?聞いてもおもしろくないよ?単純に“メイド喫茶を経営して、メイドといちゃらぶしたい”って軽い考えで経営する人もいるから傾くときは簡単で~……で、こっちはこっちで高時給でキャバみたいな不安もないっていう安心感。ま、“ウィンウィンの関係?”って感じなだけよ」

 「ふーん」

 「ま、今日みたいなことはレアだと思うよ?」

 「そういえば、何でウイッグ付けてたわけ?」

 「あ、あ~……そっちの方が受けがいいじゃん」

 「……わ、意外と軽いノリだった」

 「そうだよ?ウチからすればそっちのほうが気楽だもん」

 「……」

 そう言いつつ––白鷺湊さんの顔はどこか暗い気がした。

 そして、最初の言葉が……この顔に引っ掛かるように戻ってきた。

 「辞めるのは……声優もなの?」

 「そうそう、本当大変なんだよ」

 「なんで?」

 僕の問いに––カフェオレを半分以上飲んでから、ゆっくりと口をひらいた。


 「いや~……、無駄に芸歴を重ねてしまってるのに代表作品がないとさ……事務所からすると“使いにくいお荷物”なんだってさ。確かにそうかもしれないけど?事務所も事務所で仕事を取ってこないし、取ろうとする気力もない。最近の仕事知ってる?某配信アプリのライバーだってよ?……じゃあ、声優の事務所に所属してる意味ないっての。本当はもっとキラキラした仕事がしたかったのに……」


 ……まあ、何となくだけど察しはついていた。

 だって––オタクなら1度は何かのアニメにハマり、声優や作画とか色々と漁るじゃん。

 だから……主演声優さん達の現在を知ると声優の業界が如何に競争社会なのかが痛くわかる。

 

 「まあ、聞いた話だと買収するとか……んあー、でも私に仕事来るわけじゃないだろうしなぁ」

 その言葉に––数時間前の黒瀬さんの土下座が脳裏に浮かんだ。



 『逮捕されたぞ?』

 「え?」「あ」

 白鷺湊さんの独り言のように呟いた言葉に––テーブルに置いていたスマホを介して、アイは返答する。

 ……え、というか僕も初耳なんだけど。

 『湊の所属してた事務所の幹部逮捕されたぞ?ほれ、黄瀬さんに盗撮した奴。あいつ余罪がばんばんでてきてな~……さっき逮捕されとった。ま、でも事務所はうやむやにすると思うから湊の元までは情報来ないと思うけど』

 ……えっと、アイさん?

 『それに、そこの事務所は湊や他の所属声優のマネジメントはしてないじゃろ?さっきの話も結局“そこで仕事取ってこい”って言ってるわけだし』

 ……アイよ、見て見ろ?目がキョトンとしているぞ?

 『お、青がちんたらしとるからのぉ~?ちと、口出ししてもうた』

 「……まあ、いいけど」

 

 「え!!!!!!!!!!なんだこいつ!!!!!!!!!!!!!!!!?????????動いてる!?か、会話もしてる!!!!???マジで!???!???ド〇えもんか何か!!!!!!!!!???」

 

 ……うるさ。いや、わかるけど。

 アイもアイで『うっさいの~、この信号機』と言っているので––このまま会話に参加する気満々なんだろう。

 そして、急にスマホからキャラクターが出てきて会話する現実に驚く白鷺湊……口が開きっぱなしははしたないので閉じましょうね。

 



 「えっと……僕とこのアイは友人なんだよね」

 『そうじゃ~!漫才大会2回戦落ちくらいの間柄じゃ!』

 「……なに?僕はツッコミすればいいの?」

 『へへへ、アタシがピンクのカーディガン着るわけさね。へっへっへ』

 「……って感じです。湊さん」

 「へえ~……中の人も大変だね」

 「あ」

 『アタシはAI(エーアイ)じゃ!』

 「へ、へぇ??」

 受け入れるのに時間かかるよなぁ~……わかる。僕もそうだった。

 でも、事実として哀は今も生きている。アイとして。


 そして、この事を……きっと誤魔化しても意味がないんだろう。

 だって––声優がわざわざ一般参加のコスプレイヤーの写真を持ってたり、顔を覚えたりしないと……思う。

 「……アイ?」

 『なんじゃ?青』

 「なんとなくだけどさ……白鷺さんって僕の事を理解してる気がするんだよね」

 『まあ、そうじゃろうな』

 「でも、変に隠そうとしてる……だよね?湊さん」

 「……」

 「あ、あの時の事は僕自身も色々な感情があって、上手く言えないけどさ……もう、こんなに話してる訳だしわだかまりはなしで話そう?」

 「わ、わかった」

 『アタシも聞こう』

 「……しょ、正直に言えば、感謝してる。そして、後悔もしてる」

 「うん」『ほお?』

 

 ……そこから、少しの間が生まれた。

 

 「ウチにとって高校は“空気でいたい”場所だった。在学中から声優活動を始めてたから余計にね。高校生なんて『自分よりも優れている』と思ったらその人の金魚の糞みたいになっちゃうじゃん。それが正直気持ち悪くて、大嫌いだったの。もし、ウチがデビューした作品がその人達から悪評だったら『自分よりも下の存在』って事でイジメる。だから……」

 『だから、空気でいたかった。目の前で起きていた事も見ないで』

 「……うん。だから、あんなことが起きて……。そして、ある時誰かが情報をメディアに流した。私達のクラスは誰か知ってたんだけどね。引っ越ししちゃったから」

 「……」『ふーん』

 「そこで初めて“何かを変えなきゃいけない”って思えた。だから……ウチなりに頑張ったと思う。学校も声優も。……緑さんにも青くんにも悪いとは思ったけど」

 「……」『……』

 「うはぁ~、こんなの張本人の前で言う事じゃないよね?ごめんね!?あ、もし顔見たくなかったらそこにあるコーヒーかけてもらってもいいからさっ?」

 まあ、確かに……この言葉を聞いていい気分はしない。

 でも、それ以上に“悪い事じゃないかもしれない”と思えたのだけは心を軽くした。

 ……ただ、まだ1つ。解けていない問題がある。


 『で?その緑さんに対してはどう思ってたわけ?』

 珍しく––哀は語気を強める。


 白鷺さんは「えっと……」と言葉が出てこないように見えた。

 それでも、白鷺さんは一生懸命に言葉を紡ぎ出す。

 「……そうですね。正直な気持ちを言えば“死ぬなんて”って思ってしまいました。それは、自責の念かもしれません……いや、逃げてただけかもしれませんね。『自分じゃなくてよかった』って気持ちがどこかにあったと思います。それは、青君にも言えることなんだけど……今はごめんなさいって気持ちしかないです」

 「……」『ふむ』

 「正直、イベントで青くんを見かけた時は話しかけたい気持ちがありました。緑哀さんの事を含めた謝罪をするべきだと思いました。……でも、『過去の事を掘り返してしまうのは野暮かもしれない』……そんな気持ちがどこかにあって、逃げていました。でも、今日奇跡的に出会って『オタク友達』っていう関係から始めれば後々は言いやすいかな……って。もし、今あの人も生きていたら……今日みたいな卑怯なやり方でなんとか謝罪しようと思ってたかもしれません」


 そこから、再度白鷺湊の口は閉じて開かなくなった。

 そして……それを破ったのは『哀』ではなく『アイ』だった。


 『はあ~!疲れるの~?青ももういいじゃろ?何となくだけど気持ちはわかったわけだし』

 「え?僕に同意求める?」

 『まあ、青の同意は必要ないか。お~い、白鷺湊さんや~?』

 「……え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

 『その緑哀は私で~っす!!』


 ……沈黙が流れる。

 アイは『あ、あれ?』と予想していたリアクションじゃないことに戸惑っている。

 そして、告白された白鷺湊さんは「……」と反応しにくい事を僕に目線で語ってくる。

 ……これ、僕が話しをしなきゃいけないやつか…。

 僕は水を少しだけ飲み、この場の空気を整理することに努めることにする。

だって、そうしないと話が混沌とするもん。


 「えっとね、このキャラクターが本当に緑哀なの。AIなんだけどね?でも、高性能で過去の事とか全て記憶してるから“バーチャルで生きる緑哀”って思ってくれるといいかな?」

 『その時の文字は“アイ”だからな?』

 「はいはい。んで、色々と聞いたと思うけど……やっぱり、白鷺湊さんは僕らと一緒に頑張れる素質があると思うんだよね。だから、アイもこうやって色々と話をしたんだと思う」

 『そうじゃ!普段はトップシークレットじゃからな?』

 「あ、でね?僕らは新しい会社を作ろうとしてるんだよ。そこで、本当奇跡なんだけど僕とアイは“白鷺湊”を仲間にしたいと思っていた」

 『……あれ?青は同意してたっけ?』

 「うっさいな!……ということで、どうだろ?僕らの社長と話してみない?」

 『今ならヌードが見れるかもしれない!』

 「は!?ヌード?」

 

 ……こんな解説とアイへのツッコミを入れている中––白鷺湊さんの目はグルグルと周り、混乱している様子だった。

 「えっと……ん?……えぇ……?」

 「だ、大丈夫」『大丈夫かの?』

 「えっと……とりあえず、頭冷やしますね……?」

 「え?」『あ』

 バシャーン。

 白鷺湊さんはテーブルに置いてあった水とコーヒーを思いっきり頭からぶっかけた。

 「うひ~……訳が分かんない~……いや、何でウチ頭からコーヒー被ってるの!?」

 「『そりゃ、こっちのセリフ』」


 その後、僕が店の責任者に何度も謝罪し––アイがはいっている僕のスマホを白鷺さんに無理やり持たせて、アイは湊さんに沢山の言葉を投げかけている。

 ……あー、こりゃ4人分のジャージ必要じゃん。

 

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