第13話 メイドの掟は破ると怖い~パート1~

 皆は知っているだろうか?––秋葉原のメイドには複数のルールがある事を。


 僕もまだ秋葉原には片手で数える程度しか来たことがないし、黒瀬さんのメイド接客以外は体験したことがないんだけど……このメイド通りをみていれば簡単に“タブー”なことが理解できる。



 まず、1つ。

 【絶対にナンパをするのはNG】

 こんなバカな事する奴いないと思うだろうけど時折いる。

 こんな輩は近くで待機している怖いお兄さんに詰められるので怖い思いをしたくないなら絶対にするな。


 2つめ。

 【太客にはタメ口でフランクに接するメイドもいる】

 ……ま、これはメイドで対応が違うだろうけど「元気ー?」「店こないのー?」とか––基本受身な秋葉原男子には“キッカケ”をつくってあげているんだろう。


 3つめ。

 【メイドはフリー素材ではない】

 観光客が外にいるメイドに『写真良いですか?』と声かけることがある。

 でも、基本的に顔を隠すことが多い。それか、“写真NG”といった意思表示を見せることがある。


 と、こういったところか?(僕の個人的主観の意見だ)

 それにしても、目の前のメイドの密度が高いのは––この場所が激戦区で、メイド同士の見えないバチバチがあるからなんだろうな。




 

 僕はそんなメイド通りにきた理由––なんとなくだけど、“春香や落ち込んでいる黒瀬さんにゲーセンでぬいぐるみを取れたらいいな~”程度で来ただけだ。

 だって、1人で1時間も散策するのって疲れるもん。

 僕は地図が示す場所を再度確認し、ゲーセンの方向へとメイド通りを突っ切ろうと足を動かした––そこから20歩も進んでないだろう。

 「ちょっと、やめてください!!」

 甲高い声が––メイド通りの中央付近でこだまする。もちろん、スピーカーを通しているわけじゃない。

 でも、何故か––その声はこの通りにいる全ての人の耳元で言ってるように聞こえた。


 「ほら、撮影させてよ」

 「だーかーら、私じゃないですって!」

 「えー?この服ってAVで見たよ?君なんでしょ?変態さんだね?」

 「もう……!気持ち悪い手で触るな!!––」「うっ」

 

 僕の目と鼻の先で喧嘩が繰り広げられ––メイドは太った男性の手を解こうとして、男性のスマホを叩き落としてしまった。

 スマホを落とされた男性は「あ、ああ!ぼ、僕のスマホが……!おい、お前なにしてくれたんだ!」とスマホを拾い上げ、画面の端が割れてしまった事に腹をたて––みるみると顔を紅潮させている。

 メイドの方も最初は「あんたがわるいじゃん」と威勢よく言っていたのだが––今のメイドさんは恐怖で動けなくなっていた。


 ……おい、何で周りは見て見ぬふりするんだ?それが、お前らのやり方かよ。

 それに––こんな騒ぎになっているのに、このメイドのナイト様は未だに登場しない…?

 あの男性……ヤバそうだぞ?


 「ちょ、っちょ……」

 「おい、まずは謝罪しろよ」

 「は、はあ?アンタが––」「謝罪しろ」

 「……っ!」

 「ほら、早く言えよ」

 目の前ではメイドの両腕を片手で握り、割れたスマホを見せながら謝罪を促す男性がいた。

 そんな姿を見て––僕の気持ちは1歩2歩と渦中へと踏み込んでいく。我慢の限界だった。


 「すいません。“僕の”メイドに何か用ですか?」



 「え?」「ああん?なんだ?」

 「いえいえ、言葉の通りですよ?“僕の”メイドです。いやー、ちょっと社会勉強のためにとチラシ配りさせてたんっすけど……何かしちゃったんすか?」

 「なにをいって––」「おめえのメイド……?」

 僕は僕の方に目線を移した男性に見えない様に『話を合わせて』とスマホのメモを見せた。

 メイドも最初は戸惑っていたが……なんだ、やっぱりメイドって偉大だね。

 「も、申し訳ございませんでした。ご主人様。そして、あなた様も」

 「……は?」

 メイドは両ひざをつき……喧嘩腰の男性に祈りをささげるように上目遣いで再び言葉を発する。

 「申し訳ございませんでした。私にはこれくらいしかできません」

 それは、教会で神に祈りをささげるような––絵になってる様だった。

 メイドとシスターは全く違うんだけどね。



 そこから、時間は1分も経っていないと思う。

 我に返った男性は「はは、怒ってないよ~?」と言ってこの場とメイドに取り繕うように振舞い始めた。

まあ、そうじゃなきゃ動画とか写真をSNSにあげられるかもしれないしな。

 メイドはメイドでそんな男性の言葉を聞くと、目を輝かせるように立ち上がり––

 「本当ですか!?ありがとうございます!」

 そう言って……何故か僕の後ろへと隠れた。

 まあ、何となくだけど……メイドは助かったんだろう。


 といっても、最悪な空気が未だにメイド通りに流れる……ってか、ここからどうするべきか?

 僕の後ろに隠れたメイドは震えているし、目の前の男性は「うっ」と小さい声をあげつつも僕が「じゃあ、代わりに––」みたいな何かをプレゼントしてくれることを期待しているようだ。

 ピロン。

 そんな最悪な空気の中、僕のスマホが音をたてた。

 僕は直ぐ様スマホを確認すると––『ちょいと様子見にきたら、何でこんなことになっとるのさ』とアイからのメッセージが来ていた。

 僕は『助けろよ』と心の中で返信したが、当然届くわけがない。


 「……あの、まだ何か用なんですか?」

 「ほら、このスマホ!……どうすんだ?」


 あーあ、この男性の標的がこっちにきた。当然だよね。

 本当はなぁ……これ以上の事はしたくないんだけど……。

 僕は自分のスマホの画面ととある物を男性に見せながら––最終奥義を発動することにした。


 「えっと?正春さん?こんなとこで脅迫しててもいいんですか?この名札はあなたのものですよね?さっき転がってきましたよ。あ、あと……はい、アナタのさっきの画像!今の時代って怖いですよね?簡単に不特定多数に送れちゃうんですよ?……あ、もう一つ。はい!ここどーこだ?ピンポーン。あなたの職場でーす」

 

 男性の顔は赤色に再度戻り––その顔から青が付け加えられていく。

 「じゃ、これで終わりでいいですよね?」

 決して脅しじゃないぞ?交渉だ。

 そんな僕の交渉に……男性は最初は暴力で解決しようとしたが––まだ人間の心があったんだろう、シュンとして僕達に背中を向け、歩き出した。

 ただ……やっぱり––あの時の気持ちは拭えないんだろう。

 

 「あ、間違えて職場に送っちゃった~!」


 と、追い打ちをかけた。今回は言っただけだから、許して欲しい。

 でも、そっちは『一時の感情』だったかもしれないけど消せない時間になってしまう人だっているんだよ。バーカ。


 僕の言葉を背に受けた男性の足取りは離れていくにつれ速くなっている––流石、大人だな。自分の状況だけはわかるんだ。

 僕はそんな男性の背中に向けて名札を投げつけるように––近くにあったゴミ箱へと捨てた。

 「さ、もう大丈夫ですよ?怖かったですね」

 「……」

 「ここじゃ沢山の人から見られちゃいますし……移動しましょう」

 「は、はい」

 そういった会話が僕とメイドで繰り広げられ––メイドは未だに震えつつ、僕に背中にピッタリと“ドラク〇の勇者の動きに律儀にくっつく仲間”のように付いてきた。

 アイからは『遅くなるなよ~』とだけ来てた。なら、何か助けてほしかった。


 そこから、近くの自販機で水とお茶を購入し––秋葉原ダンジョンに迷い込んでしまった。

 というか、秋葉原には公園という公園は1つか2つしかない。

 しかも、1つは小学校の目の前ということもあり––子供が多く遊んでいる。

 その為、黒髪のストレートロングで大きめの眼鏡をかけて、現代風にアレンジされた短めのメイド服は……うん、恰好の的になってしまうだろう。

 「あ~……秋葉原って実はファミリーに愛される土地なのね」

 「じゃ、じゃあ、一度お店に戻って着替えてきます。そっちの方が良いですよね?」

 「あ、そうだね……って、それなら僕必要ないんじゃ」

 「いえ、ダメです!」

 「は?」

 「あ、いえ……ちょっとだけ時間もらえれば帰ってきますので……えっと、連絡先を教えてください」

 「……え、いいのかな?」

 「これは必要な事です!」

 そういって半ば強引に––メイドさんは僕に連絡先を送ってきた。

 

 「えっと……白鷺湊(しらさぎみなと)さん……でいいのかな?」

 「はい!……えっと、草薙青さん。直ぐに戻ってきますので」

 書いている名前をお互いに声に出し––確認を終えた。

 そして、白鷺湊さんは「またあとで~」と声を出し、早足で店があるであろう方向へと消えて行った。

 ……あれ、何か元気じゃね?

 「まあ、いっか~……あー疲れた」

 全身から一気に力が抜ける––こんな経験はもうしたくなかったな。

 あ、あっちの状況も確認しなきゃ。


 僕はアイからの返信をするように、会話のキャッチボールを開始した。

 「一旦解散したよ」

 『おつかれえ』

 「アイも助けろよ……って、無理だよなぁ」

 『そうだね。スマホで青がこっそり見てるAVを大音量で流すことは可能だけど』

 「おい、それはやめろ……って、見てないし?」

 『ええ?あんなに春香に迫られてムラムラしないの?やっぱり巨乳じゃないとダメなの?』

 「そうじゃないって」

 『はは、冗談冗談。こっちは3人でお風呂に入ってるみたいだから長丁場になるぞ~?3人の全裸を見たいなら今帰ってくるべきだけど』

 「……」

 『おお~?少年よ、葛藤してるな?』

 「どこぞの博士風にいうな」

 『……ところで、さっきのメイドだけど––』

 僕の言葉をスマホに打ち込む前に……アイは連続して返してきた。


 『あの子がさっき言ってた同級生だけど知ってたん?』


 その言葉に––僕のスマホは宙を舞い、華麗に僕の手に戻ってきた。



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