第12話 土下座と癒し

 「たいっへんもうしわけございませーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 僕らの目の前で––新しい一面を見せてる黒瀬アレクサンドラさんがいた。

 それに、僕よりも背が高いのに……こんなにコンパクトな土下座ができる事に人間の神秘を感じる。

 「えっと、僕達詳しい事情をしらないんですけど……」

 僕と僕の腕に思いっきり抱き着いている春香は戸惑っている。

 そりゃ、そうだろ?事務所に入ってきた途端なんだもん。


 

 「えっとですね……」

 Youtuberが謝罪動画をアップロードするような姿をしている黒瀬さんはゆっくりと顔をあげ––事の経緯を話し出す。

 「今朝、私と黄瀬……あ、黄瀬さんが大学へ行くために電車に乗ったところですね……はい、き、黄瀬さんのスカートを盗撮している輩がいまして……はい」

 「え?大丈夫だったんですか!?」

 「えっとですね、無事じゃ––」「無事じゃないよね」

 モニターから生まれ落ちたアイが割って入ってくる。

 顔は少しだけ怒っているようだった。

 「はい、無事ではなかったです」

 「黄瀬さんが?というか、黒瀬さんも何かされたんですか!?」

 「……うぇ、えっと……」

 黒瀬さんは段々とガラケーのように––上半身と下半身がくっついて融合するくらいに曲がっていく。

 アイは「もう~、アレクさん?」と言って背中をパシパシと叩くフリをしている。

 ……結局、僕らは事の経緯が全く理解できていない。

ほら、隣の春香さんも「何を見せられているんだ?」って顔してるじゃん。

 

 「簡潔に言えば……えっと、これじゃな。このニュース見るといいぞ?」

 

 アイは事務所にある大きなモニターに今朝に起きたニュース記事を表示させた。

 本当に大きなモニターだから––その決定的な瞬間は鮮明に見える。

 【盗撮犯逮捕。助けたのは後ろ回し蹴り】

 ……と言った見出しに、黒瀬さんが犯人と思われる人の顔面を––華麗に蹴りぬいている姿がうつっていた。

 

 「んで……ほい、これがニュースの記事内容じゃ」

 アイはそう言うと、見出しよりも小さく見えにくい記事内容を拡大し––僕と春香にわかりやすくしてくれた。

 記事の内容は……目の前にいる黒瀬さんが小さくなっている事が十分に理解できることだった。

 「あー……“黄瀬さんのスカートの中を撮ろうとした犯人を華麗に黒瀬さんが退治したけど、実はその人が買収予定だった声優事務所の関係者だった”ってわけですか」

 「うっ!」

 「え?青さん、これって何が悪いの?黒瀬さん悪いことしてないですよね?」

 「うっ!うう!」

 春香は純粋な目で黒瀬さんを見ている……僕も何となく理解できますよ。純粋なほど攻撃力が高い事。

 僕はそんな春香に対して、決して黒瀬さんを悪くしないように––言葉を選んで解説する。


 「そうだね。黒瀬さんのしたことは凄く素晴らしいこと。それに、黒瀬さんが黄瀬さんのことを本当に大事な友人って思えるハートフルストーリーだね。……まあ、多少問題があるっていえば……最悪な出会いをしちゃったってことかな」

 「……最悪な出会い?」「うっ」

 「えっと……ベタだけど“食パンを咥えて走って投稿している時に角で男子にぶつかって、自分のスカートの中を見られた”みたいな?」

 「え、可愛いじゃないですか」「うう!」

 「まさかの男子側!?……えっと、伝わりにくいなぁ……しっくりもきてないし」

 実際、春香は“盗撮される”というのはされたことがない。ないと思う。

 それは––毎度出かける際に僕がいるものあるが……背の低い女の子を盗撮するなら屈んだり、小道具を使わないといけないから。いや、僕は決してしないけど。

 だから––この問題を誰も傷つけずに理解させるのは難しい。


 「ようは“クソな人間がいる場所は他も腐ってる可能性が高い”ってことじゃな。アタシも青も春香も経験あるじゃろ?イジメてた奴に加担していって、イジメられてる方には誰もつかないってこと。んで、アレクさんの件に当てはめると……少しベクトルは違うけど“そんな人がいる会社と今後も長い付き合いすることはできない”ってことじゃ。それは、黄瀬さんも理解してるはずなんじゃが––」

 「うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「……アレクさんがずっとこの調子なんじゃ。ま、あんなに“できる女”って感じで登場して、ちょっと壊れた時あったけど……“年上の威厳”を青と春香に見せたかったってとこじゃろ?」

 アイが僕の代わりに解説し––黒瀬さんは再度土下座で叫んでいる。

 「あ、ポカしてると思って?」

 「そうです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 春香の言葉がとどめを刺した。彼女のライフはもう0よ。



 ところで、現在いるのは3人と半透明1人。

 「……黄瀬さんは?」

 僕はこのいたたまれない空気を換えるべく、アイに尋ねた。

 アイは黒瀬さんに「ほら、大丈夫だから起きてくれ~」と言って起こすようなアクションを取りつつ、僕の問いにも答えてくれた。

 「事件の当事者になってしもうたからなぁ~、多分警察に行った後に相手側の誰かとお話でもしとるんじゃろ?ざっと3時間以上かかっとるわけやし」

 「え!?そんなにかかる!?」

 「青は男子だから被害者には……あ、黒瀬さん!今度青に女装させて電車に乗らせよう––」 「ダメです!」「ダメ!」

 「……うん、じゃろな。春香も怒るな。んー、こんなに遅いって事は何かしら話が続いてるのは確実じゃろな。ま、黄瀬さんなら大丈夫じゃろ」

 「……え?でも、そうなると何で黒瀬さんが?」

 「黒瀬さんまた蹴りそうだから帰されたって」

 「あー、納得」

 春香以外は––首を縦に振ってこの謝罪動画チックな空間は終了画面へと移行した。



 「さて、黄瀬さんが戻ってくるまでは待機となるわけじゃが……青よ、どう思う?」

 カウンターの椅子に座って、買ってきたコーラを1口飲んだ僕の隣に––アイは座り聞いてきた。

 僕の後ろではノロノロと奥へと歩こうとする黒瀬さんを春香が「えっと、肩貸します」と言って……たまたまだと思うけど、脇から胸の感触を味わっている。変な声を出すな、春香よ。

 「そうだな~……常識的に考えると買収云々は白紙だろうね」

 「そうだよね」

 「それに、黄瀬さんや黒瀬さんからしてもそんな人達と『仲良く仕事しましょう!』なんて言わないし、思わないでしょ」

 「それは、アタシも同感。それに……青だって嫌なんでしょ?春香がそんな輩と一緒に仕事するの」

 「まあね。で?アイは何で僕達を呼んだわけ?」

 「あ、そうだったね。実はアタシからすれば手っ取り早い方法があるって思ってて」

 「ほう?聞かせてもらおう」

 僕はコーラを再度飲む、アイはその間にモニターに新たな情報を映し出した。

 

 「同級生にいたじゃん?声優。名前は忘れたけど……ほら、あの有名なアニメにちょい役で出てた。この子が最近出演履歴が更新されてないんだよね。……ウィキにも書いてないし。見えるでしょ?」

 「……あぁ、この子か……」

 モニターには声優事務所のホームページに載っている––とある声優のページが映し出されていた。

それは、僕らの記憶の片隅に残された……あの時のクラスメートだった。

 「この子を引き抜くってのはどう?女性声優って10代~20代で売れないと先細りするってネットに書いてたし、事務所パワーって少なからずあるんでしょ?」

 「いや、僕に同意を求められても困るんだけど?」

 「この子なら春香のデザインにピッタリな人材と思うんだよね」

 ……やっぱ、アイもアイなりに春香の事を大事にしてるんだな。

 そう感じさせるくらいに、アイの手元にあるスマホには“同期”になる姿が映っていた。


 僕らの小さな作戦会議が終える頃––事務所の入り口が開く音がした。

 「ただいま~!……あー、しんどい。アレクぅ?いる?……あ、いたいた。何か飲み物くれない??あ、青さんも春香さんも昨日ぶり!」

 「……あ、あれ?アタシは?」

 「アイちゃんは常にいるじゃん?」

 「釣った魚には餌をあげないタイプなのね……」

 「そうじゃないってぇ~、アイちゃんにも『ただいま』」

 「はい、おかえり。黄瀬さん」

 アイが勝手に新婚の嫁みたいな言動をしているのを、黄瀬さんは軽くいなし––僕と春香は軽い会釈をして出迎えた。

 そして、黒瀬さんはというと……攻守交替したように春香をバックハグしながら「新しい扉……」と呟いていた。というか、何で少し脱いでる。

 完全な再起動を必要としている黒瀬さんと捕まり“もどかしさと乳圧に負ける”春香の代わりに……アイの指示通りに収納されていたコップに氷を入れ、冷えた緑茶を注いで黄瀬さんに渡した。

 

 「っかぁ!!!!!!!!!キンキンに冷えてやがる!!!!」

 ……と、何故か言いたくなる漫画セリフ第一位の言葉を黄瀬さんは飲み干すと叫んだ。

 そして、2杯目を注いでる途中––黄瀬さんはゴスロリ衣装のボタンを1つ1つ外しはじめた。

 「私にも人権はあるっての。何であんなに言われなきゃいけないのよ」

 「……」

 「それに、馬鹿な大人って本当多い。そんなにその立場にすがっていたいんなら行動は改めろ~……って、青さん?」

 「え?……ああ!!」

 コップに注いでいた緑茶は––グラスの容量を超え、カウンターへと流れ始めていた。

 ……幸い黄瀬さんの服に到達するまでには食い止める事が出来たが––その目の前の刺激はヤバすぎる。

 

 「……黄瀬さん、男子もいるからの?」

 「へっ!?あっ、そっか!?」

 隣で呆れながら、アイが僕の気持ちを代弁すると––その豊満な胸元は長い袖で綺麗に隠れた。

 あー、ざんね……いや、遠くから春香の唸り声が聞こえる。


 


 ……そんなこんなで、僕は一人で秋葉原の街中へと追い出された。

 「シャ、シャワーを浴びたい!」と黄瀬さんが言えば、黒瀬さんは春香を離さないまま行動するし、春香は「離せ~!」と言いながらも大人に立ち向かう子供のように無力で連れていかれるし、アイはアイで「この場所はアタシが守る!」と焼き鳥とコーラで勝手に居酒屋ムーブで占拠してるし……。

 それに、アイから「ドンキでジャージを買ってきてよ、黄瀬さんもアレクさんもここに洋服そこまで置いてないし」と言われたので––事務所から自動的に追い出された。

 まあ、ラッキースケベ的展開を期待してたわけじゃないし?いいんだけど(泣)


 

 といっても、女性のシャワー?お風呂は時間がかかるって春香がよく言ってたし……。

 「1時間くらい時間を潰さなくちゃな~」

 そう呟き、秋葉原の裏通り––通称メイド通りへと足を運んだ。


 

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