第11話 春香の独占欲の暴走

 ポチャン。

 水が滴る音が––家の中で響いている。

 そして、僕らは肌が密着するように––この場の熱気に浮かれている。 

 「わ~!大きいですね~!」

 「へ、へへ!春香の前だから……かな?」

 「わわ!何か出てきましたよ!?」

 「な、舐めてみるか?」

 「は、はい!初めてだから上手くできるかな?……んっ」

 「……」

 「う、うへしいんへすか?(うれしいんですか?)」

 「ああ~……嬉しい……」

 家の中では、春香が一生懸命に啜る音が聞こえている。

 ……はて?なにをしているかって?エロいこと?エロい事がみたいのか?

 残念。

 「わぁ!このチーズ美味しい!!流石ですね青さん!」

 はい、料理をしてただけでした。

 昨日の件から自宅に帰ってきた翌日の朝食は、激辛汁なし担々麺にトッピングでタマゴのように丸くしたチーズボール乗せた物だ。

 だから––

 「あ、暑い……青さん暑いよ……」

 「春香!が、我慢できるか?」

 「う……は、はい。頑張る……」

 「もうちょっとだ……ほら、もう少し……もう少しだから……」

 「うっ、ううん」

 きっと文字だけだと“エッチな事”をしていると思うんだろうな。

 でも、実際は「エアコンつけずに完食しましょう」と言ってきていた春香の要望で今があるわけで……決して、僕の中でやましい気持ちがあったわけじゃないからね?


 そこから、数分経った。

 僕も春香も容赦なく激辛仕様にしてエアコンを消したため––お互いに息が切れている。

 しかも、辛いもの好きな人ならわかると思うが……唇がいつもよりも赤く、少し腫れている感覚がある。

 それが……春香の“大人っぽい”顔立ちにマッチして……あ、やばい。

 珍しい白Tにショーパンというのも余計にポイントが高い。男の心をくすぐるようにピンクの線が白Tの下からぼんやりと見えるのも……あ、本当やばい。

 そんな春香の姿に、目線を外すことができない僕をみて––

 「へへ、青さんムラってきちゃったんですか?」

 「う、うるへー」

 「さ、どうします?私としちゃいますか?それとも、一緒にお風呂で汗と青春の1ページをめくっちゃいます?」

 「春香は何飲みたい?牛乳?」

 「無視ですか?……あ、青さん特製のミルクを飲ませてください!」

 「……ほいほい、ちょっと甘くしてやるから」

 「わーい!って、子ども扱い!?」

 「んにゃ、そうじゃないけど」

 僕は食前にも飲んだ牛乳を食後にも飲むため、キッチンの方にある大きな台所から牛乳と練乳を取り出して自分と春香のコップに注いだ。練乳は春香の方にだけいれた。

 「んっ、青さんのミルク美味しい」

 「はいはい」

 「ああん、青さんのミルク垂れちゃった……青さん拭いて?」

 「……」

 「……」

 僕は春香の口の端から零れ落ちている“牛乳”をティッシュでふき取り、頭をポンポンと撫でた。

 「とりあえず、もうやめよ?何か、変な空気になってる」

 「むー!青さんがいけないんです!」

 僕の手を振り解くようにぷんぷんと怒る春香は口を窄め––キスの体勢へとうつった。

 それを僕は「だから、やんないって」と言って顔を優しく掴み、距離をとった。

 ……それでも、春香の肩口に見えるピンクのラインはドキッとさせるには十分すぎた。




 

 こうなったのは数時間前に遡る。

 それは契約をし終えた後のことだった。

 黄瀬さん達は「泊ってもいいんだよ?ここ全て揃ってるし」と言ってくれていたのだが……。

 「いえ!私達は大事な予定があるので!」

 と、春香の一言が決め手となり事務所兼スタジオから出て……家路につくため秋葉原の街へと足を運び始めた。


 黄瀬さんは「はは、可愛い子ね」と姉のような目で春香を見て、黒瀬さんは「あ、癒しだ」とアイから貰った何かのデータを見て呟き、アイは「んじゃ、またお邪魔するでな~」と前回みたいに登場することを暗示させ––僕らの背中が小さくなるまで手を振ってくれた。

 「……春香は嫌だったのか?」

 僕は最終電車の時間がいつなのかをスマホで調べつつ、無言で服を引っ張る春香に聞いてみた。

 春香はそんな問いに対して……答えずにいる。

 「……?春香?」

 「……」

 「えっと……」

 「……」

 「……ちょっと寄り道するか?」

 僕の独り言のように呟いた言葉に春香は何度も頷いた。

 そして、僕らは秋葉原の駅前にある大きなビルの2階部分にある無料のテラスに腰をかけた。


 「あ、何か飲み物買って来ればよかったな~」

 「帰ってからでもいいよ」

 「そうか?まあ、自販機あれば何か買っとくよ」

 「うん」

 

 目の前では何度も電車達が乗客を乗せ、忙しなく働く人達の疲れた気持ちを“家”という癒しに運んでいく。

 

 「あ、青さんは実際どう思ったんですか?」

 「あー……」

 「この前、アイさんの事に対して色々な感情があったことを言ってくれたじゃないですか」

 「そうだね」

 「それで、今日会ってみたし……違う人も」

 「んー……」

 僕は正直に言うと整理は完璧にできているわけじゃない。

 でも、自分の中で“部分部分で整理できた事”もあることは事実だった。

 だから––

 「いいんじゃないかな~って感じ。アイに関しては本人に『全幅の信頼があるわけじゃない』って言って納得してもらってるし。まあ、アイツは僕の思っていた以上に強くて生きていたってことは理解できたよ。他の2人は……確かに不安な事はあると思うよ?でも、僕達にはできない事を実現できると思う。理念としても僕が考えてたことと同じだったし」

 そう僕が答えると––春香はプルプルと震え、座っている僕の膝に跨るように乗り––

 「そうじゃなくて!だから、青さんはハーレム漫画の主人公になりたいのかって思っちゃうんですよ……もう、馬鹿じゃないでしょ?」

 「……ちょ、ちょっと沢山の人に見られちゃう」

 「私、寝ちゃってたから全ては知らないけど……。ど、どうだったんですか?ドキドキしちゃったんですか?こんなにチビで胸なしの私じゃ敵わないんですか?バーチャルの子にすら負けちゃうんですか?」

 「な、なに言ってるんだよ」

 「私、こんなに多くの人が青さんに来るのが初めてで……少し頭の整理ができてないかもしれないです。それに、私の知らないところで何かがあった事なんて今までなかったし……。うー、私の頭がバグってる」

 「と、とりあえず離れよう?」

 「確かに私と青さんだけじゃ到底達成できないことを成し遂げられると思いますよ?私達だけならせいぜい武道館ライブまでだろうけど、黄瀬さん達がいればメジャーリーグでコラボイベントできるレベルまで引きあがるかもしれません。でも、それを引き換えに青さんが取られちゃうのは……やっぱり嫌です」

 「だ、大丈夫だから」

 「だから、私はここで既成事実を作ろうと思います!」

 ……僕の話を聞かないまま––春香は僕を力強く抱きしめ、首元に顔をうずめた。

 

 チュー。

 僕の首に暖かい感触と強く吸われている感覚が……数秒続いた。

 「へへ、マーキング!」

 春香の顔は薄暗いから見えないが––少しだけ泣いているように見えた。

 そして、春香は再度顔を近づけ––頬に軽くキスをし、耳を甘噛みした。

 「青さんの性感帯を知ってるのは私だけだから」

 この雰囲気に合わない言葉を吐き、そして僕に全体重を預けて眠りに落ちた。

 「大好きです」

 そんな寝言を呟きながら。


 僕は眠りに落ちてしまった春香を……お姫様抱っこするような形で駅とは真逆の方向へと足を向ける。

 「……はあ、うん。僕も好きだよ。春香」

 きっと春香には聞こえていないとは思う。でも、僕にとっては紛れもない本心だ。

 「うわぁ……恥ずかしいな」

 夏空、まだ秋が来るのを許さないような熱帯夜の熱に浮かされるように僕は言葉がどんどんと出てくる。

 それは……勇気を振り絞った春香へのお返しなんだと今になって思う。

 「哀が亡くなった後、きっと僕は春香がいなかったら哀の後を追うように……哀の幻影に会うために居なかったと思うんだよ。でも、それを春香が止めてくれたんだと思う。はは、まああまり良い出会い方じゃなかったけど。でも、それでも一緒の時間を過ごして同じ趣味や目標を持って過ごした時間はぽっかり空いた時間を十分すぎるくらい埋めてくれた。それは、哀の代わりじゃない“春香”っていう存在に」

 熱帯夜のせいだろう……へへ、何か目から汗が流れるわ。

 「確かに……哀や黄瀬さん……黒瀬さんは凄い綺麗だと思うよ。あんなに豊満な胸とボディラインを見て目がいかない人なんていないよ。……それに、スキンシップ多めだし。……でも、実は不安だったんだ。春香がいない時。だからかもね?アイがあんなに茶々入れて和ましてたの。僕ってそんなに顔にでてるのかな……?でも、春香が戻ってきた時、凄く安心したのは確かだよ」

 ほぼ店が閉まっている秋葉原の中央通りで––僕は再度寝ている春香に言葉を送る。


 「上手く言葉はでないけど、僕の気持ちはずっと変わってないよ?……春香の事が好きだよ」

 

 その時の春香は本当に寝ていたのか、寝たフリだったのかわかんないけど––春香は頬を差し出してきたので、僕はキスをした。


 

 



 ……。

 「で?2人はお楽しみをしたと?」

 「してない」「しました」

 僕らは汗だくの状態でいる。

 ご飯を食べ終えた直ぐに––春香の持ってきているタブレットにアイが登場したからだ。

 ……というか、さっきの事を思い出したからなのか、カプサイシンのせいなのか未だに顔が熱いぞ。

 「ま、青の首元見たら『あ、お楽しみするために帰ったんだな』ってなるから黄瀬さん達には見せない方がいいぞい?」

 「……」「いいじゃん」

 「はあ……春香?とりあえず、後でとっておきの方法で独占欲を満たす方法教えてあげるから機嫌を直してくれぬか?アタシだって青をとって食おうとか何も考えていないけど……辛くなるぞい?」

 「だってよ?」「う~……」

 「ところで、青と春香。今日は大学とかに行く予定かの?」

 「ん-特にはないかな?単位は互いに取れるように調整してるし」

 「ほおほお、じゃあ早速じゃけど仕事を頼まれてくれぬか?」

 「「仕事?」」

 「そうじゃ。……いやー、ちょっとさっき色々とあってな?」

 「うん」「はい」

 「声優事務所買収がなくなってしもうた!だから、予定変更することになった!」

 「「え?」」

 「詳しい事は後でアレクさんに聞いてくれ~。今言える事は『よりピンポイントで』ってことくらいかの?時間は夜だから……一緒にお風呂でも入ってくればいいさね」

 「……」「後で入ります」

 「にゃはは!じゃ、青よ。春香と話するから風呂の準備でも行ってきなされ」

 ……今更だけど、アイは僕と2人で話す以外変な言葉使うのはなんだろう。

 でも、アイなりに色々と考えているんだろ。

さて、言われ通りに風呂の準備をしようかな?一緒に入るわけじゃないけど。

 

 

 僕がお風呂の準備と白濁の入浴剤を準備していると––

 「なるほど!!!!!」

 「じゃろ?これで青は春香のものって言える!」

 「ありがとう!アイ様!流石です!!」

 「にゃは~、どうってことないさ~」

 何か悪だくみのする声が聞こえたのだが……つっこむのは野暮だろう。

 それに、これで春香が少しでもアイや他の人達に馴染めるのであれば嬉しい。


 その日、『青』というVtuberの姿の服に––春香がよく使っているサインが小さく刻まれるようになった。

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