第10話 アイがある。それは、胸の大きさとは異なるものだ。

 「簡潔に申し上げますと……私達の会社はVtuber業界に殴り込みをかけたいと考えています。事実、そのために現在並行して様々な事を企画している段階です」

 「アタシはその第一弾ってことですわ?」

 「えと……あ、そうです。このアイちゃんはアイちゃん直々に希望として“春香さんをママ”として生んだってわけです。あと2人の姿は確認していただけましたか……?」

 僕がプレゼンを開始し始めた社長の黄瀬さんとなんちゃって秘書のアイを前に––黄瀬さんの持ってきた飲み物を3口程ちびちびと飲んだ。酒じゃないよな?少し舌がピリピリする。

 「……えっと、パラパラって感じですかね……?」

 「まるでチャーハンみたいな?」「黄瀬さん続けてください」

 「我が社も“市場調査”というのを自社でもしたいと考え、アイちゃんの希望もあって“アイ”とは正反対な女性のモデル、そして、男性モデルを春香さんに作っていただいた次第です。この資料を見てもらえれば分かると思うんですが––」

 ……あっ、近い!近い!黄瀬さんのおっとりした目とそれに相応しい豊満な胸が近づいてくる!……あ、良い匂いもする。

 「……っ!黄瀬さん!こいつ胸見てます!」

 「えっ!?」「!?」

……くそ、アイのやつラッキースケベチャンスを潰すなよ。

 黄瀬さんは少しだけ顔を赤らめさっと胸の谷間を隠し、僕から少し距離をとった後タブレットを渡してきた。

 「えっと……ここに今回春香さんが作っていただいたモデルと資料となります。まあ、アイちゃんはアイちゃんなので割愛しますが、この女性のモデルは『勝気な性格をしたエロいケモノ』という感じですね。“エロは世界を救う!”なんて言いますし」

 「春香なりの爆乳を描いたんじゃろなぁ?なんで、アタシにはこのサイズ?」

 「……黄瀬さん続けてください」

 「で、この男性モデルは『青さん』を題材に作ってもらいました。だからですかね?このモデルだけ何度もリテイクが送られて困りました」

 「ま、イケメンってことは認めてやろう」

 「は?僕ですか?」

 「え?聞いてないんですか?春香さんから『OKもらいました!』って来てたんですけど……」

 「いや、答えてないっすね」

 「まあまあ、よかろう?春香も青の事心配してるんじゃし」

 「いや、確かに春香のデザインは凄いと思いますけど。何で僕なんですか?というか、色々とすっ飛ばしてる状態な気が……」

 黄瀬さんはそんな僕の言葉を聞いてから、顔を紅潮させ黙り込んでしまった、そして、キッチンから酒を持ってきて一気飲みをし、言葉を選ばない“子供”のように色々と話をし始めた。言葉選びと運びって難しいよね。

 それは––アイさえ止めれないくらいの独壇場だった。


 「だってさ!私にはお金があるの!お金があって、アレクみたいなエッチィな女がいて、即行動できるくらいの人脈もコミュ力(代打がいる)もある!!でも、それでも得られない成分もたーーーーーーーーっくさんある!!ほら、BLなんて女性の私じゃ竿がないから理解できないし、気持ちよさもわかんないじゃん!?それに、有名な人が私の手に堕ちていく感覚も味わいたいでしょ!?一度は『私にひれ伏しなさい!?』とか言いたいじゃん!あ、私はちなみに全ジャンル食えますけど?……って、そんなんじゃなくて!わ、私が言いたいのは––」

 バカみたいに意味が分からない言葉が羅列し、混乱を更に混沌に進化させているのだが……次の言葉だけはスッと自分の中に入ってきた。

 

 「誰にも邪魔されない、自分が楽しいと思える世界を味わいたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 沢山の“言葉足らず”だが、そこだけは僕もアイも「うんうん」と何度も頷いた。




 

 そこから数秒もせずに––奥から黒瀬さんが「うるさい!」と言って、黄瀬さんにタイキックと水とウコンの力を渡してきたのは、もう何となくだけど察しがついた。

 僕とアイはそんなミサイルの射程圏内から外れるように席を立ち、ケツを突き出したまま「う~!」と言っている黄瀬さんを見ている。

 「にゃはは、名コンビだよね~」

 「すげぇ非日常だな」

 「まあ、アタシがいることだけでも非日常なんだけどね」

 「アイは哀で間違いないの?」

 「また来た文字でしか分からないボケ。……そうだよ、アタシはアタシ。“エーアイ”ってことにしてないと色々と困るらしいからそう言ってるだけで……ま、アタシも詳しくは知らないけどね」

 「ふーん」

 「は?それでいいの?」

 「理解できない事を苦痛になるまで知りたくはないよ、ドMなわけじゃないし。まあ、言えるのは全幅の信頼をしているわけじゃないってこと」

 「はは、それでいいよ」

 「いいのかよ」

 「まだアタシにもわかんないからね。でも、それでもアタシは嬉しかったのは事実だよ?だから、青をモデルにした姿も春香に作らせたし」

 「……」

 「え?なに?照れてる?おっぱい揉む?」

 「いや、揉めねえだろ」

 「そこは現実的!?」

 視覚的には見えないけど、黄瀬さんの尻から煙が落ち着くまで……僕とアイはこんな会話をしていた。

 『これが本当に哀なのか』という部分は拭えないけども……それでも、この声と春香の力で作られた姿は悲しみ以上に喜びと幸せを与えてくれた。



 「あ、口下手社長の代わりに黒瀬さんが作ってくれてたのがあったっけ」


 アイはタブレットの中にある––さっきよりも明確にわかりやすいプレゼン資料をモニターへと映し出した。





 

 【企業理念】

 オタクが住みやすい環境をネットを通じて、リアルへと提供する。

 クリエイター育成を積極的に行い誰にも分け隔てなくチャンスが与えられる社会をつくる。


 【会社に関して】

 新社長の黄瀬真の父親であるアニメ会社の子会社として設立予定

 また、大学4年で社長となるため父親からの定期的な監査は実施予定

 

 【事業計画】

 基盤となるクリエイターと広報、スタジオを建てた後に順次行動予定。

 最初は声優事務所の買収を予定。後に親会社を生かしたアニメをインターネットを通じて配信。

 それと同時に広報による活動も開始予定。

 

 【新規モデルに関して】

 『全知全能のAI』で独立して行動ができるアイを筆頭に他事務所との交流を図ることができアイとは対照的な女性モデル、10代~20代をターゲットにした男性モデルを作成し推移を計測。その後、順次追加予定。このモデルたちを“広報”として考えております。


 【モデルの活動に関して】

 会社、親会社への損となるような事がなければ基本的には各自に活動を任せる方向である。

 しかし、定期的な社内コラボは実施予定。

 

 【予想される推移】

 設立1年目は大幅なマイナスを予想。

 2年目以降には徐々にプラスへと推移を理想としている。

 (この推移にイベントは含まれません)


 【イベント】

 スタジオ内でのイベントは1年に1回は予定(喫茶店を予定)

 また、クリエイター育成は専門学校に協力を仰ぎコミケの前後に秋葉原か池袋で実施することを想定。






 ……。

 「最初からこれ見せた方が早いじゃん!」

 「にゃはは!黄瀬さんが『私だって社長らしいことしたい!』っていうからさぁ」

 まあ、確かにこの短時間で“黄瀬社長”ってのがどんな人が理解できるくらい単純なのはわかるんだけど。

 「……社長で大丈夫なのか?」

 「んあー……まあ、アタシからすりゃ黄瀬さんじゃなきゃダメだと思うんだよね。あ、お金持ちだからとかじゃなくって……」

 「な、なんだ?」

 「大事な先輩だから」

 「……」

 僕と出会うずっと前の記憶なんだろう、アイの顔は少し微笑みが見えた。

 そして、その微笑みの先に––「私がなんとかするんだ!」と息巻いて色々な事をしてた黄瀬さんの姿を思い浮かべてるような気がした。

 


 黄瀬さんは何度か小さい声で「あん」とか「イっくぅ」とか言っているのは遊びなのかリアルなのかわからないので……僕はアイと黒瀬さんの作った“学生が頑張って作った資料”に再度目を通していく。

 そこには、春香が殴り書きしている各モデルのイメージ案を再構築して語源化してくれている。

 

 【アイ】

 黒髪(少し茶色)のショートカットで少しだけつり目になっている。八重歯があり、左下に黒子。眼鏡は時たま装着する。服装は基本的には片方の方が出るくらいダルダルのTシャツにショーパンだが人前や配信上では取り繕うように女性らしい服を着る(ギャル寄りかな)、推定Eカップ。

 

 【青さん】

 主人公顔よりは脇役顔をイメージ。隣にいる優しい兄のような暖かいオーラが見えるような感じ。髪は青……?(黒が良いけど)、私(セミロングくらい)から少し短めで猫っ毛だから印象は大事。目はダルそうな眼がデフォだが特定の人や物ごとだとキラキラする。口元に黒子。服は……んー、そこらへんにいる大学生の服でいいか。でも、アイドル衣装は力を入れて描く!カッコいいよりも可愛い感じで!女装の時の青さんは可愛すぎて襲いたいくらい好き!何度も「え?ついてるの?」って思ったくらい可愛い感じで描く!絶対!これは最重要事項。


 【名前なし】

 発注通りにエロさを全開にする。胸はIくらいにする。童貞を〇すセーターとか平然と着て「キモイ」って蔑んでくるような感じに描こう。髪は長髪赤髪で角がある(鬼?ドラゴンかはまだ決めてない)、かなりのつり目で印象はかなり怖い風だけどヤンキーが子犬に「お前も一人か?一緒だな」みたいなキュンキュンさせるように首に首輪をつけよう。胸に黒子がある。実はM気質があると良いな。あと、ロリ化もさせたい。


 ……いや、これどんなメモだよ。

 「にゃっは~、青の事好き好きソングだねぇ~」

 「……」

 「帰ったら夜の運動会するんか?」

 「し、しないよ」

 「ふ~ん?まあ、アタシがいなきゃいいけどね?」

 「は?」

 「アタシ、バーチャルだから移動時間とかなく青や春香の家行けるもん」

 「見てたらコロス」

 「きゃー、怖いナリ~」

 ただ、春香の書いた各自のメモの最後には『私の絵で誰かが幸せになればいいな』と書いていた事には、僕らは嬉しくなった。

 


 「あぁ……グチャグチャだ~」

 「お、黄瀬さん起きた。ところで、どこがグチャグチャなんだい?」

 「え?パ––」「黄瀬さん!」

 「お、あ、ああ、はい。青さんどうしました?」

 「質問いいですか?」

 お尻をはたき––股の中央辺りを“何かと何かが擦れないよう”に蟹股でこちらに歩こうとする。

 そんな、無様な姿の黄瀬さんに僕は質問をぶつけた。


 「素敵な話をいただき本当に感謝しています。そして、僕の相方をつかっていただきありがとうございます。そして……そこの『哀』も。さっき、軽くですが黄瀬さんは哀にとっては大事な先輩なんだと伺いました。だから、僕が言うのも変かもしれませんが……ありがとうございます。ただ、何で僕にもこんな話をくれるんですか?僕にはそんなスキルなんてもっていませんよ」

 

 僕の言葉を黄瀬さんは「アイちゃん、アレクに替えの下着と服を持ってきてっていってきてくれない?」とアイに促し––僕と2人きりになった時に言葉を紡ぎ出した。

 「私にとっては哀ちゃんは大事な存在だった。だから、私が高校卒業した後に亡くなったことを知った時はショックだったんだよね『そんな事をする子じゃない!』って。だから、私なりに色々な情報を調べたわ。確かに結論を言えば『そうしなきゃいけない状況』だった。でも、あんなに物事をすっぱりと切り分けちゃうような子が最後まで『どうしよう』って悩んでた事があったの。それが青さんと桜井さん」

 「……え?」

 「青さんは最後の最後まで哀の存在を認めてた。確かにイジメに巻き込んでしまった部分は良くなかったかもしれないよ?でも、人間って愚かじゃん。だから、私はそこには何も感じてない。むしろ、私が思うだけだけど哀は嬉しかったんだと思う」

 「……」

 僕の中にある傷がズキズキと痛む。

 それでも、黄瀬さんは更に続けていく。

 「そして、桜井さん。実は哀と姉妹なの。まあ、生まれてすぐに別々の施設へと送られてたみたいだけど。ほら、哀は家族の事何も言ったことなかったでしょ?」

 「……春香もそうですね」

 「だから、哀の強い希望を感じて……この事業で『皆を生かしたい』っていう自己満足で動いてるってわけ。でも、それだけじゃダメだから良い目標を立てて始動しようって感じかな?」

 「……」

 「あ、これじゃ青さんも納得しないか。大丈夫ですよ?青さんの実力はもともと認めてるんです。コミケの時の笑顔と声だけでも惹きつけることができるけど、頂いた同人誌の構成や物語は青さんが担ってるんですよね?私からすればその能力は是非欲しいわけです」

 「……」

 「青さんの質問の答えになってますか?青さんには大きな期待があるんです」

 「期待ですか?」

 「はい♪私達のメンタルケアです♪」

 「はい?」

 「やっぱり、目論見通りです♪あのアレクまで懐柔するなんて♪」

 「……」

 「あ、でも私の方が胸は大きいんですよ?触ります?」

 「は、はあ!?」

 「あはは、触りたいときは言ってくださいね?大きい胸には希望が詰まってるんです♪」

 「変態ですね」

 「変態は世界を救うと言いますからね?……あ、でも桜井さんの胸毎日揉んでるんですもんね?」

 「いや、それは誤解です!」

 「ふふ♪……で、どうでしょう?協力してもらえますか?」

 その黄瀬さんからの問いに……僕は決断を下した。

 それは、実際は容易く––僕にとっては簡単すぎる決断だった。

 

 「はい、不束者ですがよろしくおねがいします」


 パタッ。

 僕の後ろで––替えの服を持ってきた黒瀬さんと起きてきた春香とニヤニヤ顔のアイが立っていた。そして、黒瀬さんの手から服と派手めの下着がボロボロと零れ落ちる。

 「「はあああああああああああああああああ!????????」」「にゃはは」

 ……そこから1時間かけ、事の流れじっくりと春香と黒瀬さんに説明した。

 その間も、春香は僕の右腕に抱き着きつつ黄瀬さんを睨みつけ、黒瀬さんは黒瀬さんで見えないように僕の左太ももを撫でまわしていた。

 「……わ、わかりました。もう!青さんはハーレム漫画のヒロインなんですか!?」「ま、私は草薙さんが近くにいればいいんだけど……ね、ねっ?」

 各々の言葉が交差する中––僕と春香は形式上の契約書にサインをした。


 「さ、私達の仲間にようこそ!一緒に頑張りましょう!」

 「青も春香も一緒にがんばろうぞ~」

 サインを終えた僕達に––黄瀬さんの言葉とアイの言葉が秋葉原の街へと響き、街中の喧騒へと消えて行った。

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