第9話 柔らかい感触と窒息

 「ご、ごめんなさい!」

 アイに謝る女性がいた。しかも、土下座。

 ……というか、死角からジャンピング土下座するって……。


 「はっはっは~、まあよかろうよかろう。酒は美味いもんじゃし」

 「やっぱ、カルーアミルクは魔物です!3杯も飲んだのが間違いでした!!」

 「あ、何か聞いたことある!美味しいの?」

 ……そのアイから発せられた言葉を聞いて––土下座していた女性は人間があるべき姿へと急成長を遂げて大きな声で叫ぶ。

 「知らん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おこちゃまなめるな!!!!!!!!!!!!!」

 はい、もうイミフです。撤収、撤収。

 っつか、こんなしっかりしてそうなのに……。

 泥酔して倒れていた女性は「えへへ、大人ぶるのも疲れますよぉ」と言って、半透明で僕の隣にいるアイに何度も謝罪をしている。

 ……さて、ここで問題です。僕はどうすればいいでしょうか?

 ピンポーン。

 『正解は……越〇製菓!』……なわけない。

 


 僕の前で同じくらいの背格好の2人がトークを繰り広げていく。

 「あ、黄瀬さん。改めてアタシの隣にいるこやつが草薙青じゃ。アタシの高校時代の同級生でな。アタシの豊満な胸を揉みまくって“大きくな~れ、大きくな~れ”って言ってた張本人じゃ」

 「は、はあ!?そんな歴史なんてないだろが!」

 「にゃはは、そうだったけのぉ?アタシと青の違う世界線の話だったかの?同人誌も出てた気が––」「ないない」

 「むぅ。……で、そこでちょこんと寝ている子が桜井春香じゃな。黄瀬さんがやりとりしてたと思うから知ってるだろうけど」

 アイは––壁にもたれかかるように寝ている春香に目線を配り、僕らの紹介を“社長”と思われる方にしてくれた。

 そして––「春香は青とできてるからの?」と不必要な情報まで付け加えていた。


 「まあ!……コホン、改めましてお越しいただきありがとうございます。私がその……桜井さんとやり取りをしていた黄瀬と申します。あ、黄瀬真(きせまこと)です」

 「あ、どうも。草薙青です」

 「……」「……」

 「あ」「あ」

 なんでだよ、毎回こうなるのは。

というか、悪い意味でタイミングが毎度合うのは宝くじだと何等くらいに相当するんだろうか?

 「にゃはは、黄瀬さんも実はコミュ力高くないからの」

 「ひどいよ!アイちゃん!」

 「ワシとアレクさんいなかったら何もできないじゃないかぁ~」

 「うう……じ、事実ですけど」

 ……アレクさん?

 僕はまだ登場していない名前が出てきたことで––頭の中は『?』が更に倍増していく。

 そんな僕に––2枚の名刺が視界へと入ってきた。1枚は黄瀬さんで“社長”と肩書がついている。

 そして、もう1枚には“副社長”と肩書が書かれている。

 「……えっと、黒瀬アレクサンドラ……?」

 「私の事だが?」

 僕の独り言に––店の奥から戻ってくる高身長の元メイドが答える。

 その姿は、女子高や女子大で“男性役”としてチヤホヤされる事間違いなしの高身長とルックスだった。絶対、王子様扱いされるやつだわ。

 「……おい、黄瀬。この名刺って必要か?」

 「え?ないと困るって言ってたのはアイちゃんだよ?私が決めたことじゃないも~ん!……ふぎゃ!」

 アレクサンドラと言われた美女は頭を抱えながら社長へと質問を投げかけ、社長は華麗にアイへと責任転嫁させる。

 といっても、実質“社長”な黄瀬さんに……この美女はお尻にタイキックを決めた。

 「にゃはは!流石、アレクさん!」

 「……褒めてないよね?それ」

 「あ、青!この人が黒瀬アレクサンドラさん。さっきまでメイドさんしてたけど雰囲気違うでしょ?」

 アイはこの完全に疎外されているような僕に……上手く軌道修正し、黒瀬さんを紹介してくれた。

 「どうも、僕が草薙青っていいます。よろしくお願いします」 

 「……あう、よ、よろしく……」

 そこから、体感時間5分くらいはあったと思う。

 「……え?」

 「ちょ、ちょっと見ないで……恥ずかしい」

 褐色の肌でもわかるくらいに顔が赤くなっている。え?人見知りとか?

 メイド服を脱ぎ、今は黒のTシャツにジーパンスタイルでカッコいいのに……?

 僕の疑問を察知してか––さっきまでお尻をさすりつつ「痛いよ~」っと言っていた黄瀬さんがニヤニヤしながら答えてくれた。


 「あ、アレクは女装男子が好きだからね?波動感じたんじゃないかな?」


 ……そして、2発目を食らった黄瀬さんのお尻は一時的な成長をし、突っ伏した。

 「ち、ちが!……は、はあ、はあ。う、うん。私は女装する男が好きだ!でも、特に青さんは何度か女装のコスプレしてましたよね!?私何度も会ったり、写真も撮ったんですけど覚えてないですか!?」

 「……あ、確かいましたね。あの時は……〇神のキャラクターのコスプレしてた……?」

 「はっ!そ、そうです!嬉しいです!!感激です!!握手してください!!」

 その言葉とは裏腹に––黒瀬さんは僕を包み込むように抱きしめた。

 いや、男性の僕よりも背が高いのに……こんなに豊満なのって実際いるのかよ。

 「にゃっはー……こりゃ、春香には見せられないのぉ」

 「お、おい!そんなこと言ってないで、た、助けろ!」

 「だって嬉しいそうじゃん。そうだよねぇ、今までにない“柔らかい感触”が全身を包んで––」「た、助けろ!」

 「……むぅ、何でアタシにはこんなに当たりが強いのかねぇ?あ、ツンデレってやつかの?ア、アタシはバーチャルなのよ……?」

 「顔を赤らめるな!……う、どんどん息が……」

 「……はいはい、アレクさん~?とりま、離してやらんと窒息するぞい?」

 「へっ!?」

 暴走していたアレクさんは––アイの言葉で我に返り、少し名残惜しそうに僕を離した。

 はあはあ……天国はコチラってやつか?


 そこから少しだけ気まずい空気が流れた。

 アイも上手く剥がしてくれたのは嬉しいが……なんでそんなに顔を膨らます?

 黒瀬さんも「あ!あ!」とまた抱き着きたい欲を言葉を発しつつ––“オ、オレの右手が疼く…!”と左手で抑えるような仕草でいるのが怖い。

 そんな中––尻の痛みが癒えた黄瀬さんが口を開く。

 「アレク~?ちょっと春香さんが寝てしまって起きそうにないから奥で寝かせてやって?」

 「……あ、ああ。とりあえず、黄瀬のベッドでいいか?」

 「いいにょ~」

 「わかった」

 「あ、あと途中で起きたら不安にさせちゃうだろうから傍にいてやって」

 「……」

 「そうしたら、今度アイちゃんからもらった青さんのコスプレ写真あげるからさ」

 「っ!わかった!」

 黒瀬さんの目をキラキラと輝かせ––春香をお姫様抱っこをして、奥へと消えて行った。

 

 そこから、黄瀬さんは「ごめんね~」と言いつつキッチンの方から新しい飲み物を2つ持ってきた。

 アイはアイで「アタシもコーラ持ってくる」と言って消え––10秒もしないうちに戻ってきた。

 黄瀬さんは持ってきた飲み物を1つ僕の方に渡し、黄瀬さんは黄瀬さんですぐさま蓋を開けて1口飲んだ。酒ではなさそうだ。

 「さ、青くんもゆっくりして。緊張してると良い話できないし」

 「そうじゃよ?ほれ、アタシと乾杯でもするか?」

 「あ、私もすればよかった~」

 「またすればいいのじゃ」

 「あ、そうか。青くん準備はいい?」

 「あ、ちょっと待ってください。……よし、いいですよ」

 「うし、じゃあ–––」

 「「「カンパーイ!」」」

 そう言った後、各々のペースで持ってきた飲み物を飲んでいく。

 そして、一息ついた後に核心部分を話す準備を始めた。


 「さ、ビジネスの話をしましょうか」

 「ええ、大事ですわね」

 「……え?アイはどんな立場?」

 ぼくらはそう各々準備を進め、黄瀬さんはアイが納まっていたタブレットを用いて話をし始めた。

 ……アイは何で眼鏡かけて“できる秘書”みたいに立ってるんだよ。

 

 

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