第8話 哀とアイ

 『飲食店』というのは様々なお店として1つ1つ存在感がある。

 ファミレス、ファストフード、カフェ……色々な物があるのだ。

 そして、その中に––酒を提供する暗い雰囲気の“バー”も。


 今、何で僕がそんな事を回想しているかというと……

 「う、酒くさ……」

 入店して早々––目の前に2人と1台のパソコンしかないはずなのに、大衆居酒屋並みの独特な“匂い”が充満しているからだ。


 「お~、時間通りじゃな!ささ、座ってくれ!」

 「え、ここお店……?」「うう~、怖いよぉ」

 「は?店?……お~っと、そうじゃな……、うん。そこのメイドさん!こやつらに水とコーラとメロンソーダを持ってくてはくれぬか?あ、後オムライス2人前」

 「かしこまりました」

 「ふう、さてと……って、青と春香よ。アタシが『何故いるのか~』とか『う、動いてる~!?』とかそういった反応はないんかの?」

 「……いや、それよりもさ––」

 僕は背中にギュッと抱き着いている春香をゆっくりと隣の席に座らせつつ、ツッコみをいれる。


 「隣にいる人大丈夫?」

 

 明らかに泥酔状態なお姉さんに目が釘付けになった。

 金髪ロングのツインテール、目は閉じているからどんな感じなのかわかんないけど––雰囲気と暑い夏に涼しさを与えるようなチェック柄のロングワンピースが“できる大人”を醸し出している。今は完全に落ちてるけど。

 ……いや、胸の谷間が見えてるから見てるわけじゃないからな?




 


 「う~……う、気持ち悪い」

 「「「……」」」

 メイドさんが2人分のオムライスと飲み物、そしてジョッキに注がれた水を僕らが座っているテーブルへと持ってきた。

 その時、普通のメイドなら「お待たせしました~♪」みたいな可愛い声で言ってくれると思うのだが––

 「おい、起きろよ」

 ドスのきいた声で……僕らの1人に向かって睨みつけた。

 「ひっ!」

 その視線は春香に向けたものではないが––やっぱり人見知りだと怖いよな。僕もだけど。

 それに、このメイドさん……黒髪で腰よりも少し下くらいまで伸びた後ろ髪と褐色の肌、その褐色を更に引き立たせるシックな正統派の黒のメイド服が“メイドさん”を更に助長させるのだが……目はさっきよりもつりあがっているのが“裏では違う”という印象を強調させる。

 アイは「まあまあ落ち着いて」とメイドを宥めるように言葉をかけている。その姿は今日初対面ではないということを感じさせた。

 というか、まだこの人起きない。酒は飲んでも飲まれるなってやつを体現してるな。

 「うぅ~……」

 「……はあ、すいません。ご主人様、お嬢様。そして、アイ様。少しだけ離れてもらってても良いでしょうか?」

 「……?え、ああ、は、はい」

 ヤバい、僕も春香の緊張が伝染している。

 僕と春香は座っていた出入口側の椅子から貴重品と「ちょっと!ワシも避難させて!」と笑うアイが映るタブレットを持って––泥酔女性とメイドから十分な距離を取る。

 メイドさんもメイドさんで持ってきた料理とコーラとメロンソーダを「お嬢様、持っててくださいませんか?」と春香に渡してきた。あ、春香の顔大丈夫か?

 春香は持たされた料理たちが載せられたトレーに「ひっ、え?え?」と言ってカタカタと音を立てているので––僕が代わりに持つように促した。

 「うわーん!青さ~ん!」

 おい、今抱き着いたら零すからやめてくれ。

 


 ピチャ、ピチャ……バシャー!。

 春香に完璧な作り笑顔をしていたメイドはクルッと振り返り––席に置いた水を泥酔女性の頭から急所を狙うように……ゆっくりかけた後、思いっきり浴びせた。

 「ほらほら~、大事な話をするんですよね?」

 「わっ!冷たい!ちょと!ちょっと!!」

 「「「うわ……」」」

 目の前に広がる光景に……僕らは今日初めて声がハモッた。

 ……水は重力に引かれるように––泥酔女性の頭から顔……そして、上半身へとポタポタとこぼれ、着ていた服から肌色と“女性”という存在を再確認できるような黒い色が浮き上がっていく。

 「ほら、これが欲しんでしょ!?」

 「ちょっと!!!ヒ、ヒィー!」

 メイドは床に転がった氷を拾い上げると––その黒い色の内側に何個も氷を入れていく。

 泥酔女性も最初は正常な反応を示していたが––「ああ~ん」とか「うっ、くっ」とか……ほら、どういった反応を男性はすればいいかわからない状態となっている。

 泥酔女性はそんなメイドの攻撃に––笑顔で受け入れていた。男だったら完全アウトな顔だぞ?あれ。

 「AVじゃな」

 はい、アイさんその通り。

 ……というか、春香もあんなに緊張してたのに「わっ!これが……え!?き、気持ちいいの?」とか小声で感想を言うな。



 そこから、泥酔女性は体を震わせ––再度机に突っ伏した。

 メイドも『一仕事終えた』みたいな満足気な顔をしているけど……え、これ僕らは何を見せられているんだ?

 「イったんじゃろ?」

 「……」「イ!?」

 「……あ、ご主人様達終わりましたのでこちらへ……あ!申し訳ございません!申し訳ございません!今すぐ掃除しますね!」

 急なドジっ娘メイドを演じるように赤面させたメイドは––テーブルと床に散らばった水をテキパキと拭き上げ、ついでに泥酔女性を奥へと放り投げた。

 投げられた泥酔女性は「いて!」と言っていたが僕達の視界から消えたので……どうなったのかは知らない。

 「さ、どうぞお座りください♪私は今から……えっと、ゴミを処理してきますので♪」

 その笑顔の奥は正直怖かった。




 「ふ~、大変じゃな。メイドってやつも」

 「……」

 「青も春香も何しとるんじゃ?はよ飯を食え」

 「え、こんな状況で?」

 「メイドお手特製オムライスじゃよ?……あ、青は『ご主人様のために特別な呪文をかけますね~?』ってやらなきゃ食わんのか?変態じゃな」

 「おいおい、何か僕が厄介オタクみたいな扱いするな」

 「にゃはは、春香も食って良いんじゃぞ?」

 「うぅ~……だって、呪文かかってないもん」

 あ、ここは厄介オタクを発揮するのか。春香よ。

 アイは「しょうがないの~、代わりにアタシがやってやろうじゃないか」といつの間にかあのメイドと同じ衣装にチェンジした姿で––


 「お嬢様!ご主人様!私が最後にこのオムライスがとびっきり美味しくなる魔法をかけちゃいますのでぇ~……一緒にこの呪文を言ってもらってもいいですか?」

 「うんうん!」「……」

 「じゃあ、私が『美味しくな~れ、萌え萌えキューン!』て言いますので言った後に『キューン』って言ってくださいね?わかりましたか?」

 「うん!」「……」

 「あ、ご主人様~?言わなきゃダメですからね?メッですよ?」

 「そうだよ青さん!」「……はあ」

 「では行きますよ?美味しくな~れ、萌え萌えキューン!」

 「キューン!!」「きゅーん」

 「はい!よくできました!ゆっくり召し上がってくださいね♪」


 ……いや、なんで僕まで。

 まあ、でも“秋葉原”っぽいし……このトロトロタマゴのオムライスは名店の味くらい美味い。スプーンが止まらないからよしとしよう。

 そんな姿をアイは「うんうん、食え食え」と促し、2Dの姿でも首を回すような仕草をしてるのが理解できた。

 「う~……はあ、やっぱ日本のメイドってやつは疲れるのぉ~……そりゃ、時給も高いわけじゃな」

 「っ!……違うもん」

 「ほえ?春香どうしたんじゃ?」

 「メイドはそんな“バイト”みたいなものじゃないもん!主人のために愛を振りまく素敵なお仕事なんだもん!」

 「「……」」

 赤くなっている春香の顔を見て––僕とアイは確信した。春香もこの空気に酔ってしまっていることを。

 僕はメイドさんが持ってきたメロンソーダを春香の口にもっていき、飲むように促すが……このお嬢様は口を一向に開けようとしない。

 そして、アイはアイで「えっと……えっと……」と今までには見せなかった戸惑いを見せている。

 「青~!助けてくれ~!」

 「……とりあえず、水を飲ませておこうか」

 「そ、そうじゃな!」

 「ほら、春香?口を開けて?」

 僕が数分前に買って飲んだペットボトルに入った水を春香の口元に持っていき––春香の耳元で囁くと「うー……」と言いながら、素直に口を開き飲んでくれた。

 それを、無言で見ているアイは––

 「何でお前ら童貞で処女なんじゃ?」

 そう言って、僕らの性事情を当てに来た。


 1分程で春香の電源は完全に切れた。まあ、あんなに歩いたり走ったりしたから疲れるのも当然か。

 そのため、この空間には1人と1台しかいない。

 「ところで、青よ」

 「なんだ、哀さんよ」

 「おま、字でしかわかんないボケをするな」

 「はいはい、何ですか?アイ」

 「どうじゃ?この姿」

 「……いいんじゃないか?」

 「へへ、ありがと。……まあ、胸は少し軽いのが少し残念だけどね。……ま、今は口調普通にしとこうか。考えながら喋る相手じゃないしね」

 「……」

 僕とアイ、そして、隣で寝ている春香しかいない空間で僕らは会話をする。

 それは……少しだけ懐かしさはあったが、やはり声と声色––そして、新しく追加された“明るい姿”は僕の中では違和感であり、エラーを常に吐き続けている。

 それをアイは察知しているかのように……この空間に関して説明し始めた。

 「春香には『ファミレス』なんて伝えてあったみたいだけど、ここはスタジオ。様々なカメラとモニターがあってリアルとバーチャルで反映される仕様になってるらしい。詳しく知らないけど凄い技術なんだって!」

 「ということは?」

 「簡単にいえば私も移動できる。ほら、カウンターの上にあるモニターを見ておいて」

 「わかった」

 そう言うと、すぐさまアイはカウンター上部のモニターへと移動した。

 ……というか、だからお客さんもいなかったのか。

 「ほら!こんなことも簡単に~!って、もうファミレスっぽくする必要ないし、モニター全て起動しておくか」

 「……すご」

 「へへ、どうだい?」

 すべてのモニターの電源がONになると––この空間が“リアルとバーチャルの境目”を消すように空間が広がっていく。

 それは……僕の想像していた『未来』を簡単に超えてくるくらいの––凄い空間で技術力だった。

 「あ~そうそう、この2Dは動きづらいから……ほい、チェンジ。う、うわ!」

 アイはカウンター上部にモニターから––尻もちをつくように落ちてきた。

 それは、本当に痛みを伴うような落ち方で。人間そのものの形で生まれ落ちたんだ。

 

 「あぁ~痕にならなきゃいいけど……あ、青!どうだい?」

 「……え?えっと……」

 確かにあの時の哀じゃない。でも、身長も声も『哀』であり……面影がまだ不完全な分より“現実”を錯乱させる。

 「ま、まだこれは整備が必要みたいだからなぁ……あ、どうもどうも、青君や~」

 ニッコリ笑顔で手を振る哀に––僕の目からは雫が流れる。

 いや、自分でもわかんないんだけど––

 「ごめん」

 その言葉しか出なかった。

 

 多分……目の前にいる『アイ』は僕が求めていたであろう“未来の哀”……でも、裏腹に“僕を恨む哀”の方が自分の気持ちが浮かばれる気もしたからだ。

 そうでないと……目の前にいる姿が様々な感情が乗ってしまって直視はできないかもしれない。

 ……だって、あの時の哀の表情は……。

 今は『アイ』という存在と『哀』は似て非なる者だと心のどこかで思って話せているんだろう。自分でもよくわかんない。


 「あっはっは!もう青が謝るなんて何度も見たよ!いいんだって!こうやって生きてるわけだし~!」

 「……」

 「もうそんな顔するんじゃない!青は青で自分の未来を選択したでしょ?私はそれだけで嬉しいよ?」

 「……」

 「それに、私の大事な存在を守ってくれたじゃん」

 「……」

 「と、とりあえず!ここで暗い話は終わり!君にはこれから大変な事がい~っぱい来るからね?覚悟して?」

 「大変な事?」

 「そうそう、今日来た理由は“話を聞きたい”って感じだったでしょ?実はあれも嘘」

 「は?え?」

 「……あー、一部はそうなのかな?今日契約を締結するために呼んでるんだってさ」

 「……えっと、もう少し詳しく教えてくれ」

 「はあ、我が社長って肝心な時に酔いつぶれるもんな~……実はあの泥酔ババアが新社長なんだよ。君と春香のサークルを買収したいっていってた社長。で、新プロジェクト?新会社?として私や君達を“Vtuber”で活動させたいらしい」

 「いやいや、理解が追い付かない」

 「ま、私も“AI(エーアイ)”っていう体で生きることになったから詳しくはわかんね」

 「……」

 さらっと更に訳が分かんない事を言っていたけど、この目の前の光景を見たら受け入れなきゃ理解が追い付かない……か。

 僕は氷が溶けだして薄くなったコーラをがぶ飲みした。

 「ま、これからよろしくね」

 そう言って近づいて握手をしようとするアイに––僕はドキッとして……リアルとバーチャルの壁を感じた。

 「はは、触れないんだけど」

 その言葉は僕を悲しませ、アイも同様の顔をした。

 

 「きっと大丈夫だよ。私達ならなんでもできる。だって……」

 何かを振り絞ったかのようなアイの言葉は––狭い空間で何度も小さく反響した。


 「生きているって証明できてるんだから」

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