第7話 胸の感触と秋葉原

 夏の朝は––地獄である。

 エアコンが自動的に作動しないのであれば尚更だ。

 僕は……ソファーにもたれかかるように寝ていたためか、首が痛い。

 そしてそんな僕と一緒に寝ていた––隣にいたはずの春香はもういなかった。


 「うぇ?……あれ?帰ったんかな?あー、大学行ったとか?」

 僕は軽くストレッチをしつつ、立ち上がり呟いた。

 そして、パソコンの横に設置している小さな冷蔵庫から缶のコーラを取り出し……1口飲んだ。

あ、エアコンもつけておかなきゃ。暑い。

 はあ、昨日はあんなことがあったから未だに信じられないことが多いんだけど……とりあえず、『哀』は生き返った。そして、春香は無事に大学に行けたなら良いか……。

 僕はコーラを半分ほど飲むと、ソファーの方にある大きめのテーブルにコーラを置いた。

 正直に言えば未だに眠い。でも、僕には1つの目標が叶い、失ったという現実が睡眠欲の邪魔をする。

 「……僕は何をすればいいんだ」

 電子機器から流れた『哀』の言葉は時間が経てばたつほど––僕の芯の部分をえぐっていく。

 だって、今まで『哀を生き返らせることで僕の生きる価値と償い』だったからだ。

 自己満足だとは知っている。でも、その1つの償いを「いらない」と本人が拒否したんだ。

 僕は何をすればいいんだ……。


 「あ、青さん起きちゃったんですか……?」

 僕がソファーに再度もたれかかると同時に––背後から最近ずっと聞いていた声が聞こえてきた。

 「あ、待って!み、見ないで!!」

 僕が「あ、春香?」と言って振り返ろうとした瞬間––春香は僕の首を180度折る勢いで見せないようにしてくる。

 「ちょ、いたいいたい!」

 「こっちが痛いですよ!」

 「は、はあ!?」

 「み、見たいんですか!?」

 「なにがだ!?」

 僕の首をプロレスラーが対戦相手の首を本気で折ろうとするくらい––この体系では考えられないくらいの力で抑え込む。

 ……あ、もしかして。

 「……は、裸みたいってことですか!?こ、この胸なしの裸を見たいと……!?……うー、自分で言って悲しくなる」

 正解だった。

 「おま、僕の家の風呂入ったの?自分家ではいりゃいいじゃん」

 「だ、だって!この時間に出たら人にこんな姿見られちゃうじゃないですか!それに、『あらあら、あの子朝帰りしてぇ~お盛んな事♪』って隣の家に住んでる主人公の母が言っちゃいそうなセリフを聞かされるハメになるかもしんないんですよ!?……あ、ハ、ハメ……も、もう変態ですね!青さん!」

 「やっぱ、春香って実は変態だよね」

 「……っ!」

 春香の力は先ほど以上に僕の首を絞め上げ––僕は思わずタップしてしまった。

 ……そこから春香は「もう、これで我慢してください」と少し濡れているタオルを僕の目を覆うようにかけてきた。

 「とりあえず!着替えるので!」

 そこからは僕の後ろで––拷問のような生着替えが繰り広げられた。

 ところどころで「あっ」とか「んっ」と声が漏れているのは……男性の皆どう思うよ?

 僕はとりあえず––昨日の感触とタオルで補完することにしたぞ。



 「で、できました~!って、まだタオル被ってる!変態!!」

 「お前が言うな」

 「は、はあ?」

 春香の顔が赤い。これは、きっと昨日の事を思い出しているんだろう。仲間だ。

 僕は「まあまあ、落ち着け」と宥めつつ––お風呂上りの春香への日課となったドライヤーをするために収納していた春香専用のクシとドライヤーを準備した。

 春香は「ま、まあ!これで許してあげます!」と何に対しての許しかわからないまま––準備をし終えた僕の股の間に座り、ドライヤーで乾かしてもらうのを子犬のように待機している。

 そこからはいつもの日常がそこにあった。

 ……その時は本当に気が楽だった。それは、きっと春香もそうだったはずだ。


 ドライヤーで髪を乾かし終わり––今はクシでゆっくりと春香の髪をとかしている。

 その時の春香の表情は分からないが、きっとモヤモヤしていたのだろう。

 「……青さんはどう思います?」

 「何が?」

 「アイさんですよ」

 「……あー……今は深く考えたくないかな」

 「ですよね」

 「それに、僕からすれば受け入れる事の出来ないことが多すぎる」

 「……」

 「さ、終わった!ご飯は食べた?」

 「まだです!」

 「じゃ、今日はどうすっか……」

 「あ、さっき連絡があったんですよ。青さんと私を含めてお話がしたいらしくって……秋葉原のファミレスに来てほしいらしいです」

 「は?」

 「いや!私もさっき来て驚いたんですからね!?いつもみたいに直前でお知らせするようなやつじゃないから!」

 「……いや、春香って実は事前に伝えるだろ?1ヶ月までに言ってくることもあるし。。まあ、1度しか言わないから直前でビックリするけど」

 「う~、善処しますぅ」

 「で……えっと、時間は?」

 「あ、今日の夕方でいいらしいですよ?何かあっちも予定あるらしいので」

 「……そっか、じゃあ軽く食ってから秋葉原で再度ご飯でもいいかもな」

 「え!?秋葉原!?」

 「おま、テンション高くね?」

 「そりゃあ!!!そうですよ!!!!!!!秋葉原は日本のオタクの聖地!!!!!もう、あそこの空気は全オタクは吸うべきです!!!!」

 目が輝く春香の姿があった––いや、美少女すぎんだろ。会話はオタクだけど。

 そこから、僕は2人分のご飯(卵サンドとコーヒー)を用意し、春香は自宅で『外出用』の服に着替えるために戻った。




 そこから数時間が経った。

 意外と僕らの住んでいる場所から秋葉原は近く、1時間もしないうちに到着した。

 ただ、背の低い春香が電車で何度も他の乗客に潰されそうになったのを体を張ってブロックしてたので腰と腕が痛い。

 そんな僕と実年齢よりも10歳くらい年齢を落としたようなはしゃぎ方をしている春香は……秋葉原の駅改札を降り、ラジオ会館のある方に歩いている。

 「おー、ここがアキハ––」

 「うっは~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「うっさ!」

 「あ、間違えた……」

 「は?」

 「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーきはばらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

 「うるさいぞ!」

 僕の声を何度も搔き消すように––ネジが壊れた春香は2度叫んだ。

 もちろん、秋葉原にいる人は「なんだ?」「撮影か?」「え、変な人」とか様々な声と視線を送ってくる。

 それでも……春香はおかまいなしに声のボリューム調整を間違えたまま話続ける。

 「ほら!青さん!!!!見てください!!!!!〇神!!!あ、〇方もある!!!え!!?ウ〇娘も!?う~~!!!!!!!!!!!!」

 「ちょっと!」

 僕は今にも走りそうな春香の手を握り––ひとまず近くのゲームセンターの店内へと入った。

 「と、とりあえず落ち着いてくれ……」

 「だ、だって!」

 「ほら、このままじゃ夜までもたないぞ?」

 「じゃ、じゃあ省エネでいきます」

 ……多分だが、女性店員が「あ、可愛らしい彼女ですね」と言ってた事で我に返ったんだろう。

 春香は「ま、キャラづけですから!」と言っていたが––いや、お前は生粋のオタクだろ。手遅れだ。

 ま、確かに秋葉原は僕にとっても嬉しい場所ではある。

 同じ仲間、同じ趣味……なんか、それだけで生きた心地がする。



 落ち着きを取り戻した春香とは手を繋ぎ––秋葉原のありとあらゆる場所を散策した。

 秋葉原にはグッズショップは勿論あるのだが、コスプレに使用する武器を販売する店、懐かしいゲームを販売しているお店、スマホやパソコンをジャンクで売っていたり有名Vtuberとコラボしているお店……本当に色々なお店が混在している。

 そして、僕らが1つの目標としていたお店……『メ〇ンブックス』もあるわけだ。

 それに、春香が「行きたい!」と言っていた絵師のイラスト本やグッズを販売しているお店もある。

 僕らはそんなお店1つ1つに全力で反応し––全身で幸せを感じていた。

 

 そんなこんなで約束の時間まで30分を切っていた。

 正直言って疲労が溜まっているし……今更言うことじゃないかもしれないが……

 春香はちょっとだけキレイめなジャージに『働いたら負け!』と文字の書かれたTシャツで秋葉原まで来ていたので大変だった。

 「へへ、現地調達でいいんですよ」

 そう軽く言っていたのだが……実際、秋葉原はそこまで洋服店はない。

 有名なチェーン店は点々とあるのだが店舗自体が狭い。

 僕らは『相手に失礼のない服』を店にはいっては探していたが……やはり低身長の春香に合いそうなサイズはなかなか見つからない。

 そして、時間が近づくにつれ––春香の顔は焦りで汗だくになっている。

 「え!こ、この格好で会うんですか!?」

 「かもしれないな」

 「え、い、嫌ですよ!こんな“THEオタク”みたいな恰好で会うの!」

 「アルフィーみたいな言い方で言うな」

 ……まだ多少の余裕はあるんだろう。でも、実際ヤバい。

 幸い、僕は無難な服を着ているので印象としては悪くないだろう。

……でも、この隣にいる奴の服は……よくないよなぁ。

 「あ!ドンキは!?」

 「あ!たしかに!!」

 そういって、15分を切っている中––僕は春香の手を引いてドンキへと向かった。


 「お、お待たせぇ」

 ドンキについて10分もしないうちに––春香は自分のサイズにあった“無難な恰好”に身を包んでいる。

 ちょっと短めなスカート、紺色のジャケットに少しだけピンク色のカッターシャツ、ゴムで調整できるリボンもついている。もちろん、靴はローファーだ。

 「……ギャル?」

 「これしかなかったんです!」

 「あ、もう時間ヤバい!急ごう!!」

 「え!ちょっと!」

 僕が春香への感想をちゃんと言う前に––予定の時間が3分前だったため、手を引いてドンキから店を出た。

 ……小さな声で「こ、子供サイズではいるなんて……」と春香が言っていた気がしたが、今はそこを茶化す時間はなかった。



 


 「……え?」「ここ?」

 春香の持っているスマホで示された場所は––どう見ても“メイド喫茶”っぽい装いを醸し出そうとしている……雑居ビルだった。

 「……もしかしたら、秋葉原仕様なだけで中身はファミレスかもしれない……?」

 「で、ですかね?え……本当ここですよね……?」

 「あ、時間だし……入っちゃおう……?」

 「え?ちょっと青さん!?」

 僕は春香の手を引いて––ファミレスの店内へと足を運んだ。



 カランカラーン。

 「いらっしゃいませ!ご主人様!お嬢様!」

 可愛いメイドが1人、入った瞬間に挨拶され––奥に女性とタブレット内で頭を揺らす『アイ』が僕らを出迎えた。

 

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