第5話 ホラーと思ったらコメディだった件

 悲報。

 我が【にじライブ】は会社に買収予定。


 春香から告げられた言葉は––あまりにも突拍子もなく、理不尽すぎる言葉だった。

 「はい?……ちょ、ちょっと待って」

 「決定事項らしいですよ」

 「いやいや、僕と春香が趣味同然でつくった一端の同人サークルだぞ?」

 「決定事項らしいですよ?」

 「え?春香が了承したってことか?」

 「決定事項らしいですよ」

 「……この学食を奢るのは僕ってことも?」

 「決定事項ですよ☆」

 「おい」

 「だって、私にも訳わかんないですもん。あ、でもこのご飯は奢ってくださいね」

 僕の向かいの席に座った––万年ジャージの低身長女子はそう告げては大盛のカツカレーを頬張っていく。

 僕はそんな女子と言葉に気圧されながら、この大学で定番らしいラーメンをずるずると啜った。

 ……まあ、整理をするか。


 【買収される】は理解した。言葉の意味は。

 【何故僕らのサークルか】は理解できない。

 【春香が了承したのか】は本人の顔を見たら……僕と同じ顔だから理解が追い付いていないんだろう。


 「……で?その買収したいっていうのはこの前の?」

 僕は整理し、浮き出てきたキーワードを––春香にぶつけていく。

 春香は大盛カレーに席に置いてあったタバスコをかけながら、その質問に答えてくれた。

 「そうらしいです。詳しい事はまだわかんないですけど……私が知ってることは『後日、面談しましょうね』って言われたくらいですかね。それ以上は知らないです」

 「……えぇ?なんだそれ」

 「う、辛い……。うっ!ケホッ、ケホッ!……んあー……えっと、青さんの事も気になってるらしいですからね。あ、ありがとう」

 僕は咳き込む春香に水を差しだしつつ、自分の飲み物を取りに行くついでに春香の背中をさすってやった。

 「春香だけを引き抜くならわかるんだけどなぁ……何で、僕を気にしてるんだ?僕が春香の親じゃないんだし」

 「お前に娘はやらん!って言ってみてくださいよ」

 「言うか」

 ニッシッシと笑う春香に適当なツッコミをいれつつ––僕の頭の中では疑問が何度も浮かび上がった。

 だって、神絵師とも思える春香を引き抜いて自社で育てたり、自社のイメージキャラクターを生んでもらうなら理由はわかる。…でも、それに『ついで』として僕が入るのは何か違う気がするし、僕も春香も気分が悪い。

ましてや、そうじゃなく「僕にも興味がある」というような言い方は少し引っ掛かりがある……。

 「……さん、青さん」

 僕が脳内でリトル青と話している中––顔が見る見る赤くなる春香が目の前にいた。

 「さ、流石に……そこ触られるとドキドキするんで……あ、せ性感帯とかじゃないですけど!?……あ、あ、きゅ休憩しにいくます!?」

 「……落ち着け」

 ……といっても、僕もそんな姿を見てたら落ち着くわけないよな。

 だって、昨日あんなに密着しちゃったんだし。

 

 僕と春香はその後無言となり––大学から自宅へと足早に帰っていった。




 時計は19時を過ぎようとしている。

 僕は今––不完全な『哀』と対峙している。

 ……そう、これは僕が作った『哀』。

 そして、昨日春香が作った『哀』はこんな無表情じゃなく––本当に息をして、生きているような……人間らしさが見えるような気がした。

 だから……目の前にいる『哀』が本当に『哀』であるのかがわからなくなっている。

 「……でも」

 ……そう、一緒のクラスの時の緑哀はこんな……こんな最後の顔だった。

 何もかもを捨て、何もかもを感じない––ここに“自分”という存在を消去しているような……そんな顔だった気がしたんだ。

 だからかもしれない、未だにこの『哀』を消すことができないのは。

 それでも、僕が対峙している理由は……きっと“何か”を変えないとダメなんだと思ったからだ。

 春香との未来……ではないけど、僕が『哀』を生かすことが本当に正解なのかどうか理由がわからなくなってきた。

 「……」

 そこから、僕は何度もゴミ箱の上まで持ってきては……元の場所に戻す。

 そんな事を何度も繰り返していた。


 「君がそんな事をする必要があるのかね?」


 僕の耳元で急に声が聞こえる––これは僕でも春香でもない、聞き覚えのある懐かしい声だった。

 「え?」

 「え?」

 「……?え?幻聴?」

 「そうそう、幻聴~ってそんなことあるかいな!私だよ、私!」

 「は?」

 「めんどくせぇ~……青ってそんなにクヨクヨ人間だったのか?」

 僕の脳内はショートを起こしている。

 だって、そうだろ?耳元では久しぶりに聞いた声が聞こえるのに––見えないんだぞ?幽霊か?僕の頭が壊れたか?

 「……あ、もしかして春香から聞いてないの?あっちゃー、そりゃメンゴメンゴ。そりゃ、私の存在って怖いわな~にゃはは」

 「……えっと」

 「哀だよ。哀。緑哀!……ま、バーチャルだし幽霊っちゃ幽霊かもしんないけど~って、落ち込ませるなよ!あほ!」

 「……違う」

 「は?」

 「僕の知ってる哀は違う!」

 あの時とは全く違う性格なのに––あの時と同じ声に僕の脳内は更にバグっていく。

 でも、それと同時に「嬉しい」という気持ちは多少はあった。

 そんな錯乱状態の僕に「落ち着け」と言ってた後「深呼吸してくれ」と哀は何度も指図する。

 そして––

 「私は正真正銘、青がいた時に死んだ緑哀だ。まあ、君からすれば暗い顔をした私ばっかりを見てたと思うけど……ありゃ、幻想にすぎないぞ?人間と言うのは愚かなんだ。一度「この人はこんな人だ」とイメージを付けたら覆す事なんて努力もしない。だから、その場面だけしか拾い上げることができない。大丈夫だ。私はここで生きている」

 

 受け入れることができるわけない。

 でも、本人(?)が言っている。

 「ってなわけで、このモデルはさ~くじょ♪こんな暗い奴は誰からも受け入れらないぞ?……って、こういうと偏見が生まれるなぁ……あ、偉い奴が言ってた言葉を借りよう“どんな人間でもすべてがマイナスじゃない、プラスはあるんだ”ってにゃ。まあ、誰の言葉とかは知らんけど」

 「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 「うっさいなぁ~」

 「ちょ、ちょっと!!!!!」

 「ほれ、こんなモデルだから縛られるんだろ?ちょっと待っておれい」

 「……うわ、なんだよ。こいつ」

 僕の耳元で言ってた声は––どこから操作しているのかわからないけど、僕のPCのデスクトップに合った『哀』のモデルをゴミ箱へとぶち込み、完全に消去させた。

 そして––春香が僕の部屋まで聞こえるくらいの大きな声で「ああああああああああああああ」と言っていたので、俺の耳元の悪霊が春香の方に向かっていったんだろう。


 そこから––10秒もしないうちに春香は自身のタブレットを持って僕の部屋に入ってきた。

 ……半裸っぽい状態なのはこの際は何も言わないでおこう……あ、でもとりあえず乾燥したての毛布を被せておこう。

 「うわっ、ちょっと!……あ、青さん!幽霊です!!!」

 「だから、違うって言ってるじゃん!」

 「うお!悪霊退散!!」

 「あ、浄化される~!ってないわ!!」

 「え、タ、タブレットに盛り塩すればいいですか?」

 「タブレットが壊れるぞ?」

 「うわあああああ、しゃ、しゃべったああああああああああああ!!!!!!!!」

 ……やば、この2人の会話聞いていると……さっきの自分がこんなに滑稽だったのかと自覚してしまった。冷静さは大事。

 僕は春香に「とりあえず、服を着直せ。風邪引くから」と言って毛布で絶妙に隠れた部分を––更に隠すようにして少し触ってしまった。

 「あ」「え?」「にゃは」

 声が––ほぼ同時に重なった。

 

 数分後、春香は片方脱げていたズボンとパンツをはき直し

 上半身は肌着に愛用ジャージのファスナーをしっかりと閉めた。

 「こ、こほん。すいませんね」

 「いえいえ」

 「ない袖は振れぬってやつかの?」

 「は?はあ?」

 「ほれ、アタシの方が大きいしな~?まあ、触れないだけアドバンテージはあるかもしれぬが」

 「……こいつ、どこにいるんだ」

 珍しくおこモードの春香の頭をポンポンと叩きつつ––僕はあの生感触を思い出してしまった。

 「……や、柔らかかったから」

 「……」

 多分、悪手なんだろう。

 でも、これ以上の言葉が思い浮かばなかったし––このうるさい空間が静まり返ったから結果オーライだろう。


 「コホン、ではいいかの?」

 今はタブレットの方から聞こえる『哀』と名乗る声は話し出す。

 「とりあえず、春香はこの画像をタブレットに映し出してくれ。じゃなきゃ、ずっと悪霊扱いされるからの~」

 そういって、タブレットのトップに表示された通知画面を押すように促した。

 その言葉をうけても春香はビビリ散らかしているので––僕が代わりに春香のタブレットを受け取り、指示通りに映し出した。

 そこには……春香が作画した『哀』の姿が映し出されていた。

 「まだ完璧じゃないし、動かせるまで時間がかかるらしいので先に挨拶に来たってわけじゃ!これからは仲間としてよろしゅうの~?」

 「「はい?」」

 「……は?まだ何もきいておらんのか……。じゃあ、それは後々聞いてくれ。アタシから言えるのは『哀』って言葉は悲観的だからの『アイ』として生きていくのでよろしく!ってことと、アンタ達の面倒を見ることもしなきゃいけないってこと!」

 「「…はい?」」

 いや、理解が追い付くわけないだろ。

 しかも、色々と変わりすぎている。ホラー映画かと思って見たらコメディ映画だったくらい理解できんぞ。

 「とりあえずじゃ!青!君は過去の要らないモノを受けすぎじゃ!だからモテないんじゃぞ?……まあ、このちんちくりんにはモテてるらしいけど。アタシは生きているし、あの時のアタシは『その時』であって一生そうじゃないってこと!わかった?」

 「はい」

 ……いや、理解してないけど。気圧された。

 「そして、春香!アンタは凄い才能の持ち主じゃな?こんなに素晴らしいモデルを作れるんだからな!……ちと、エロさが足りないのは体型から見ても経験がないからじゃろ?こうご期待ってとこか」

 「うっさい!」

 「にゃは、まあこれからよろしくなぁ」

 そう『哀』もとい『アイ』の声は––どこかに消えてしまった。

 僕が「おーい」と春香のタブレットに話しかけても返答がないから––きっともういないんだろう。

 

 僕はまだ少し震えている春香に再度毛布を被せ、一緒にソファーへと座った。

 まあ、いきなり受け入れることなんてできないよな~……僕もだけど。

 実際、僕が作った『哀』を削除されたり……否定されたのは心に来る。

 それでも……本当に『哀』がどういった形でも生きているのであれば、どこか嬉しい気持ちだった。

 とりあえず、そこだけ理解できれば良いかと適当に片づけ。今は隣にいる春香のメンタルケアに努めようと思う。

 「……怖かった」

 「だよな」

 「ってか、なんですか!?あいつ!」

 「……僕にも理解が追い付きません」

 「……はあ、怖かったから絶対寝れないじゃん」

 「……」

 ここは冗談でも言えば気持ちが安らぐか……そう思って、軽い言葉で誘った僕が悪かったんだと思う。

  

 「じゃあ、一緒に寝るか?まだそんな時間じゃないけど」

 「……うん」

 そこから、僕らは暗くした部屋で時間を––有意義に過ごした。

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