第3話 バグった僕ら

 「んにゃ~……これは違うか~……」

 春香は僕のソファーを占領してから1時間以上は経つ。

 何かをタブレットに描き、消しては描き、消しては描き……何かを白紙の状態から心を宿そうと必死になっている。

 僕はそんな春香の邪魔をしちゃわないようにと……今はパソコンデスクでデイリー作業と化した『リモートワーク』ができる仕事を探していた。

 

 まあ、そこまでお金には困っているわけではないけど……春香みたいに“才能”があるわけじゃないなら先の先まで考えないといけないよね。大学生だとしても安心はダメ、絶対。

 そのため、できるだけ得られる情報は隅々まで見つけ––春香のように安定した生活ができるようにしたいと思って時間を浪費している。

 「……まあ、やっぱりスキルないとダメだよな」

 結論、人間は無能なら仕事はない。

 前に春香に軽く話をした時「青さんって欲張りですね」と言われたけど……僕には何も理解できなかった。

 それでも、今は“大学生”として……両親の遺産で軽い気持ちで人生が過ごせるんじゃないかとも思っていた。




 「青さんってもしかしてですけど……ど、〇貞ですよね?」

 「ゴホッ!……は、はあ?」

 僕に視線を合わせる訳もなく、春香は突拍子の無い事を言い出した。

それを聞いた僕は……パソコンデスクの方に放置していたコーラを口に含んだ瞬間に吐き出した。

 その音を聞いたであろう春香はソファーから頭を出すようにこっちを見て––すぐさま僕のためにタオルを持ってきてくれた。

 「なにしてるんっすか」

 「お前が悪いんだろが」

 「え~?下ネタは“大人ならかわさなきゃ”なんでしょ?」

 ニヤニヤとした春香が––僕の下半身にかかったコーラを丁寧に拭いている。

 いや、危ないからやめてくれ。頼む。暴走するだろ。

 僕は冷静に……このままだと僕の僕が成長するかもしれない……だから、春香の頭にチョップをかまし––タオルを奪い取って、自分で拭くことにした。

 そんな僕に「むー」と膨れつつ、春香は男性の性を同人誌から得ているのか––

 「ほら……私って美女でしょ?いいんだよ?」

 「はいはい、とりあえず着替えるから作業に戻りな」

 「……あほ、青アホ」

 「じゃあ、もうご飯作らないぞ?」

 「いや、青様!ありがとう青様!青神!ブルージャスティス!」

 「……ゼヤッ!って知ってる人少ないだろ。お前ってプロレスまで知ってるのかよ」

 「守備範囲は広くなきゃですから!」

 ない胸を張りつつ、春香はドヤ顔をしていた。

 ……僕は心配だよ。そんなアナタが。


 僕は直ぐ様濡れてしまったズボンと拭いたタオルで下半身を隠し、風呂場へと足を運んだ。

 その際、春香は「ごゆっくり~」と言っていたのがナニを期待しているのか……少しだけ背中がブルっとした。

 「……着替えるついでにシャワーでも浴びていたほうがいいか」

 あ、別にやましい意味はなくって!ベタベタするんだよ!コーラは!?

 ……でもまあ、勝負下着は付けておこう。

 春香とはこんな感じで毎回毎回変な空気になるけど––まあ、最後は2人共臆病で何もしないんだけど。

 「……まあ、お互いの寂しさ埋めるためでもあるし」

 全裸となった僕は……シャワーと一緒にため息と本音を漏らした。

 






 春香との出会いは––最悪の高校生生活を卒業する直前だった。

 僕のクラスではあの事件があったからイジメはなくなった。

 でも、それは全クラスが共通ではなかったんだ。

 「えっと……大丈夫?ですか?」

 「……はい」

 「とりあえず、タオルと着替え持ってくるから!……あ、と、とりあえずこれで隠しておいて!」

 全身がずぶ濡れになって、快晴の屋上で1人佇んでいる少女––桜井春香に僕は着ていたブレザーで頭を隠してあげ、階段に置いていたバッグの中にあったタオルとジャージを取り出して春香に渡した。

 「……あ、ありがとう」

 あの時の顔は……僕にとって『哀』の存在と被ったように見え、僕はトイレに駆け込んだ。

 これがあの時にできていたら……いや、できていても運命は変わったんだろうか。

 僕は何度も何度も顔を洗い、決して流せない跡を薄くできないかと数分以上顔を洗い続けた。

 


 「……あ」「あ」

 きっと30分以上は経っているはずなのに、春香は僕が屋上へと帰ってくる事を待っていた。

 僕自身は帰っていると思っていたため……正直、ビックリして最近読みだした本を落としてしまった。

 「……あ、だ、大丈夫ですか?」

 「……あ、ああ大丈夫ですよ」

 お互いコミュ障で陰キャだと会話なんて続かない。

 しかも、同じ反応だったなら尚更だ。

 僕は落としていた本を再度拾い上げ、汚れをポンポンとはたいて落とし––バッグへと戻した。

 「えっと……大丈夫……?」

 「そっちこそ大丈夫?」

 「あ」「え」

 ……やっぱり話が噛み合わない。

 そんな時はとりあえず––この場から離れて、1つのテーマで話した方が良いのかもしれない。

 僕は過去に読んだ心理学っぽいような、会話術向上のような……正直訳がわからない本の知識をひけらかすことにした。

 「ここだとなんだし……ファミレスにでも行きますか?」

 「……えっ!?」

 春香の顔は段々と赤くなり、僕のサイズだから大きくブカブカのジャージで顔を隠して……しばらくして頷いた。

 「じゃあ、行きましょう」

 僕は春香の荷物も持って、階段を下りていく。

 春香もその姿にパタパタと追いかけるように……小動物のようについてきた。


 僕と春香は数駅先のファミレスへと足を運んだ。

 高校の近所は何か良くない気がしたので、春香には申し訳ないがジャージ姿でついてきてもらった。

 普通は初対面な異性を前にすれば緊張や口数も減ると思うが……電車に揺られる春香は「うわ~凄い綺麗!」と子供のようにはしゃぎ、僕に見上げるように同意を求めてきた。

 おい、ドキドキしないやつなんていないだろ。

 「で?とりあえず……何か食べる?ドリンクバーはつけようか?」

 「は、はい」

 さっきまでの威勢はどこにいったのか––今は借りてきた猫状態だ。

 僕はとりあえずとフライドポテトと唐揚げ、ピザを頼むことに決め––メニューのある部分をずっと見ている春香の代わりに店員さんを呼んだ。

 「えっと、ピザとポテトフライ……唐揚げとドリンクバー2つ。あ、あとチョコパフェもお願いします。えっと……食後でいいかな?」

 「うんうん」

 大きく頭を振る春香を見て「可愛い奴だな」と正直思ってしまった。


 そこから、数分も経たないうちに注文したものが続々と出てきた。

 今更だけど「重いか?」と思った。でも、春香はドリンクバーから持ってきたメロンソーダを片手に容赦なく口に頬張っていく。

 「……はは、凄い食欲じゃん」

 「ぶっ!」

 「おいおい……、えっとおしぼりここにあるから」

 「ふ、ふみません」

 口に物が残っていながら喋るため……ポロポロとカスが落ちていく。

 僕はそんな春香の口を勢いよく、隣に座り直し––塞ぐようにおしぼりを当て「とりあえず飲みこんでくれ」と懇願した。ジャージが汚れてしまうのは嫌だしな。

 そんな願いを受け取ったのか、口の中にあるものを少しづつ租借し––春香は呑み込んだ。よし、ジャージは汚れてないな。

 僕は隣にいちいち座り直したのが––恥ずかしいので元の向かいに座るように立ち上がる。

 すると、僕のワイシャツを何かが引っ張る抵抗感があった。

 「あの、食欲が止まんないので……と、隣にいてください」

 「え?あー、わかった」

 ……今考えればおかしな口実だけど、その時は何とも思わなかった。


 「ありがとうございます」

 そこから数分もせず、大半は春香が食べた残骸が目の前に広がっている。

 まあ、別に僕は食欲があるわけじゃなかったからいいんだけど。

 「はい。まあ、あとはパフェが来るから。ゆっくり話しましょうか」

 「は、はい」

 僕と春香はパフェが来るまでの時間で軽い自己紹介と学年を伝える。

 そこで、初めて1学年下で名前を“春香”って知るんだけど……もう色々とバグってるし、今もバグってるからね。回想だから“彼女って言わなきゃ”とか思う人は脳内変換してくれ。

 それくらい、僕の頭の中は日に日に距離感がおかしな方向に行ってる––今の状態に混乱してるんだ。

 ……っと、話を戻そうか。

 春香の目の前にパフェが置かれた。

 そのパフェは僕の想像した2倍以上の大きさだったんだが……まあ、こんなに目を輝かせて僕の「食べていいよ」という合図をスプーン片手にもって待ち構えている春香には余裕なんだろう。

 「……食べな?」

 「うん!」

 そこから、また会話は中断された。

 僕はドリンクバーから大人ぶったようにホットコーヒーを持ってきて、一口飲んだ。苦い。

 意外と言ってもいいかもしれないが……目の前の女性はパフェは好きなんだろうけど、果物は嫌いのようだ。避けて食べている。

 「ん……食べます?」

 その食べない果物を僕に食べさせ様とするが……いや、僕も苦手なんだ。

 僕は手で拒否のサインを出すと春香は「そうですか」と少し悲しそうな顔をした。

 

 ブー、ブー。

そんな違うお客さんからすれば“高校生カップル”のような姿に––僕のスマホは音をたてて、雰囲気を壊した。

 しかも、スマホをテーブルの上に……画面が見えるようにしていたのが運の尽きだった。

 「あれ?もしかして、このアニメ好きなんですか?」

 ……簡単にオタバレしてしまったからである。

 春香は下層にあるコーンフレークをもっさもっさと食しながら、通知で丁度目が隠れている当時神アニメと評された待ち受けを見て呟いた。

 「私も好きなんですよ!!」

 そこからはさっきまでのある意味甘い雰囲気が一変した。


 「あのアニメって本当凄いですよね!メディアミックスも全部成功してるし!」

 「そうですよね!私、コラボカフェ行きましたよ!」

 「うわ!いいな!」

 「さいっこうでした……!もうあの日常がずっと続けばいいのになって!」

 「しゃ、写真はないのか?」

 「ふっふっふ、ありますとも」

 「見せて!」

 「……あ、電源がつかない。……あの時かぁ……」

 「……あっ」

 感情のジェットコースターはこの度、地獄へと放り込まれました。

 僕らは一気に冷めた雰囲気と“本来の目的”でもある事に話題を移した。

 「青先輩には悪い事しちゃいましたね。えっと……実は私は引っ越したばっかりで、この学校ってエスカレーター式だから友達もできないで……はは、いじめられちゃいました」

 「水をかけられたのか」

 「……はい。元々『じゃれ合いじゃん』と言われてたから我慢してたんです。でも、今日屋上に連れていかれて……陰湿ないじめってあるんですね」

 僕の胸はどんどんと痛くなっていく。

 それは、隣に座っている子が––死んでしまった『緑哀』と被っていたからからもしれない。

 「だから、嬉しかったんです。青先輩が来てくれたの。『こんな自分でも見てくれる人はいるんだ』って」

 「……」

 「はは、もうこんな話はやめましょ?美味しい物食べたのにもったいない」

 「……あるよ」

 「え?」

 僕の口から––僕の意に反して言葉が出てきた。

 その言葉は春香に対してなのか、哀に対してなのか……それとも惨めな自分に対してなのかわからない。

 

 「そいつらを一掃する方法がある。僕にはそれができる。きっといい方法ではないとおもうけど」


 春香の顔を見れないままだったから……この時の春香の顔は知らない。

 でも、春香の口から微笑みのような息が漏れた事だけは覚えている。

 

 「じゃあ、それに私は乗っかります。運命共同体でいきましょ。ファミレスの恩です」

 

 まだ“奢る”とは言っていないけど……春香の声は僕に賛同し、協力をしたいと願ってくれた。

 そこからは、僕は直ぐに行動した。記憶は曖昧だ。

 でも、これはきっと『哀』にとっても償いになるんだろう。

 ……その自己満な謝罪の気持ちだけは心の隅に常に残っていた。


 翌日、学校には多くのマスコミが来ていた。

 それは––とある“疑惑”を追求するため。

 【生徒の死。実は虚偽で他殺だった?隠ぺいする学校の責任はいかに!?】

 哀の死の責任を取るように退職した先生からもらった情報を––僕が各メディアとネットに流したからだ。

 そこからは簡単だった。

 勝手に崩れていく学校を尻目に……僕と春香はこの時期には珍しい転校をしたからだ。

 ……哀と離れるのは苦しかったけど、きっと僕にはそれが必要だったんだろう。


 「へへ、先輩って実は馬鹿ですよね」

 「……褒め言葉として受け取っとく」

 新しい制服に身を包み、僕と春香は短い高校生活を送ることになった。

 その時だ––今のように隣同士で住むようになったのは。




 ……あー、水道代勿体ないな。5分くらいはふけってしまった。

 というか、この気持ちはやっぱり流れないんだな。

 僕はさっと体をボディーソープで洗い流し、出ようとした瞬間––

 「青さんの裸描かせてくださいな!!!!」

 勢いよく風呂場のドアを開けてきた春香の顔が見えるか見えないかくらいで……僕はまた風呂場のドアを閉めた。

 「ばーか」

 この会話が“生きているんだ”という生を実感できているのは哀には内緒にしたいと思う。

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