第2話 魔法を統べる者・後編

「……どういうことですか」


 やっと獲物が食いついたと言わんばかりにニヤリと笑った灯は「取り敢えず、状況を整理しよう」と言って、椅子から立ち上がった。


 そのまま歩きながら人差し指を回して、テーブルの上に置かれているティーカップを指差す。すると、茶葉もお湯も入っていないカップから直ぐに適量の紅茶が出来上がった。


「君も座ったら、どうだ?」


 灯は、そう言いながらソファにドスンと座って、足を肩幅まで開く。琥珀色の液体が揺れるティーカップを鼻に近づけ、紅茶の香りを嗅ぐ。「このフレーバーか」と呟いた灯は、そのまま口に持っていく。

 じっくり紅茶を堪能する彼女を見た律は観念して、灯の対面にあるソファに座った。

 

 そうすると、灯はテーブルに持っていたソーサーを音も立てずに置いて、話始めた。


「さて。まず、君は本日付けでトウキョウ魔法統制局防災部対策治療課に配属となった。

 ここまでは理解できるな」


 当たり前のように語る言葉を直ぐ様否定した律は、相手の言い分を事前に推測し、用意しておいた文章を淡々と披露した。


「いえ。その時点から意味が分からないです。

 日本魔法法第○条『魔法能力の適性及び極めて優れた能力を所持していると認められた者は、総統制官権限により、魔法統制局への強制配属が可能である。尚、以上にトウキョウ魔法育成学園の生徒は含まれない』

 これは、総統制官様が定めた法ですよね」


 流石の灯も自分で決めた法律ならば、少しは怯むだろう、と律は考えていた。が、彼女にはそんな様子は無く、寧ろとぼけて見せた。


「あぁ。確かに、そんな文言を決めた憶えがあるな」


 彼女の余裕そうな態度にイラっとした律は、ポケットから端末を取り出し、日本魔法法が書かれているページを表示させる。

 さらに無詠唱で魔法を発動させ、液晶画面に書かれた文字を浮かび上がらせると、灯の目の前で詰め寄るようにして見せた。


「憶えじゃありません。ちゃんと見てください。ここに、きちんと定められています」

 

 彼女が言った重要な文言が赤く染まって、灯の鼻の先まで迫ってくる。しかし、灯はその状況に怖気付くこと無く、楽しそうにカラカラと笑っていた。


「すまんすまん。からかいすぎた。

 200年も生きていると、物事があやふやでな」


 そのまま灯は横に退けるように空中で手を動かすと、浮かんでいた文字は、いとも簡単に消えてしまう。

 煙のように消えていった文字を見て、律は焦ったように、もう1つの理由を口にする。


「それに、私はトウキョウ魔法育成学園高等部生徒会に所属しています。急にこのような事態になれば、他のメンバーに迷惑が」


「そのことなら安心しろ。退学になった」


「え???」


 予想外の言葉に律の思考は停止しかけるが、直ぐにハッとした。

 そもそも灯が学園の理事長だから退学になったことが問題では無い。総統制官の力を持ってすれば、この程度のことなど容易く出来てしまうのだ。

 それほどまで、灯の権力は日を増すごとに強くなり、彼女の決断を揺るがすのは簡単では無い。


 灯は律が戸惑いつつも、冷静さを取り戻そうとする中、畳み掛ける。

 

「何せ、我は理事長でもあるからな。君の情報も把握済みだ。

 ……そういえば、調査中、幾つか気になる点があってな。

 君はどうやら、高等部からの編入生のようだ。何故、このタイミングなんだ」


 灯は単純な興味だけでは無い、明らかに疑うような眼差しで律を見つめる。


 律が通って、中高大一貫校のトウキョウ魔法育成学園に入学するには、条件がある。それは魔法能力適性検査にて、適性アリと判断されなければならないこと。

 多くの人が11歳の時にある最後の検査が終わった流れで受験する為、その珍しさで高等部からの入学者は、周りの生徒から編入組と呼ばれているのだ。


 律はゴクリと唾を飲んで、気持ちを落ち着かせると、慎重に口を開いた。


「単に中学生の時にテレビで見て、憧れたからです。トウキョウ魔法研究所の研究員に。

 その最短ルートがトウキョウ魔法育成学園に入学することだった、それだけです」


「成程。……憧れ、か」


「はい」


 律の言葉を聞いた灯はソーサーを持ち、ティーカップを口に近付ける。そのまま傾けて1口飲むと、膝の近くまで下ろした。


「──律。残念ながら、それは叶わない」


 灯は、ここに彼女が訪れた時と同じような台詞を口にする。威圧感に足された、ねっとりした口調がやけに耳に残り、律を感情的にさせる。


「叶わないって……貴方が存在しているという理由なら、とっくに聞き飽きてますが。

 じゃあ、何ですか」


 律はトップに対する話し方では無いと分かりつつも、気持ちだけでも引いてしまったら終わりだと思い、負けじと問いかける。

 しかし、彼女は動揺する仕草を見せること無く、ただ机の上にゆっくりとソーサーを置いて驚きの事実を告げた。


「それは5年後。日本に悲劇が、『ゴースト魔法大戦』が起こるからだ。

 そして、我は、あの日。神倉律に救って貰ったのだ。こことは違う未来で」

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少年少女よ、iを抱け! 雪兎 夜 @Yukiya_2

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