忠告

 それから学校のある日は毎日のように彼とお昼ご飯を一緒に過ごしていろんなことを話した。このまま私がお礼を決めるのを先延ばしにしたらいつまでもこの時間が続くのだろうか、そんなずるいことを考えながらお弁当を口に頬張る。早くなる鼓動が彼にばれていないことを願いながら赤くなった顔を隠すように下を向く。それら一つ一つが新鮮で人と関わることの楽しさを久しぶりに感じていた。


 今日も午前中の授業を終えた私は彼に会うために席を立ちあがる、手にはお弁当箱とラッピングされたマフィン。教室を出て廊下を歩いていると後ろから声がかかる。


「あの…ちょっといいかな?」


 最初は自分に対してだなんて思ってもいなかったが、何度か声を掛けられてやっと自分に向けて話しかけていることが分かった。


「私…ですか?」


「うん、私のこと……知ってる?」


 明るい髪色に気崩された制服。一軍の陽キャ女子という言葉がこれほど似合う人はいないかもしれないと思いながら必死に考えるが誰だか分からない。私にこんなキラキラギャルとの面識はないはずだが、もしかしたら何かのいたずらだろうか。そんなことを考えながら恐る恐る顔を上げると、彼女は驚くような願うような必死な顔をしていた。


「その、ごめんなさい…分からない、です。すみません、急いでるので失礼します」


「あっ」


 消え入りそうな声を背中に早足で離れる。嫌なことがあったらすぐに逃げ出してしまうのは悪い癖だな、咄嗟に体が動いてしまうからなかなか治らないだろうけど。先ほどの事をごまかすように思考を回しているといつの間にか四季桜のところについていた。乱れた呼吸を整える私を見ながら彼が声を掛けてくる。


「今日は遅かったな…っておい!大丈夫か⁉」


 いつものぶっきらぼうな顔を見た瞬間、頭が急に痛み出し視界がぐらつく。荒い呼吸をしながら意識が途絶えた―――


『きらい』


 ぽろぽろと涙をこぼしながらそう言う彼女の言葉をどこか他人事のような状態で受け取る。結局こんなものかと諦める事でこれ以上傷つくことを拒んだのだと思う。まだ幼かった私は彼女に向けて……


 …ゆっくりと目を開けると心配そうにこちらを見つめる彼と目が合った。あれ?これってもしかして膝枕という奴では?後頭部に感じる温かさや全身に感じる重力の向きからその結論を導き出した私は起き上がろうとするが、頭痛がして体にうまく力がかからない。


「このまま安静にしてろ、さっき倒れた時に強く頭を打っていた。異常がないか確かめたいが、いいか?」


 小さくうなずくとメカニックな手袋をつけた彼が私の額にその手をかざす。ひんやりとした冷たさと定期的に鳴り続ける小さな機械音の中で私は呟くように言葉を紡ぐ。


「私、友達だと思っていた子に裏切られてから人と関わるのがとても怖くて…ずっと避けてきたんです。でもあなたに初めて会った時、いつもみたいな怖い思いが忘れたようになかった。あなたと話しているともっと一緒にいたいって思うんです…私にとってあなたは特別なんです」


 こんな私と関わってくれてありがとうと感謝の気持ちを言おうとしたはずが告白のようなことを言ってしまった、というかもはや告白以外のなにものでもないのではと気がついて頭が真っ白になる。彼は何も言わずに黙って私の話に耳を傾けていたが、ここで口をはさむ。


「俺は潔癖症だ、物心ついたころから前から少しその気配はあったんだがあることをきっかけに完全に悪化した。それから俺は機械の製作や研究にのめりこんでいった、なるべく人と関わらなくても生きて行けるように。俺にとって人間は穢れそのものだ、だがお前は違った。直接触れてみたいと心から思った。お前にとって俺が特別だと感じているように俺にとってもお前は特別だ」


 それから私たちは桜の木の下で二人笑いあった。これから関わっていくうえで色んな障害があるだろう、でも私たち二人なら乗り越えて行けるような気がした。

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紅白の桜 和音 @waon_IA

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