第5話 お出かけ
「でっけぇ…」
俺の第一声はそれだった。
写真では何度か見たことあったのだが、ここまで大きいショッピングモールだとは思わなかった。
「ご主人様!早く行きましょっ!」
さくらが目を輝かせながら腕を引っ張ってくる。まぁ、こんなところに連れてくるのは初めてだもんな。
ただ、そろそろ言っておかないといけないことがある。
「さくら、ここでは俺のことはご主人様じゃなくてパパって呼んでくれ」
「そういう趣味だったんですか…?」
彼女は俺からほん少し距離をとり、表情を引きつらせた。
「違う!お前みたいな小さな女の子にそうやって呼ばれるのはいろいろとマズいんだよ!」
「うぅ〜ん、今回はそういうことで許してあげます」
「だから違うって…」
これ以上なにを言っても無駄だと判断した俺は、諦めて店の中に入ることにした。
カップルや子連れの親子、果たして俺はこの人たちの中にちゃんと馴染めているのだろうか。そんな心配をしていたら、さくらがあっ、と声をあげた。
「ご主人様!あれはげーむせんたーってやつ――っ!?」
慌てて口を押さえた。
「おいっ、だからその呼び方はやめてくれって!」
「ごめんなさい、慣れてなくて…」
「まぁ他の人たちの声でなんとかかき消されたから良かったけどさ…。それで、ゲーセンに行ってみたいのか?」
「はいっ!テレビでみて楽しそうだと思ってたんです!」
「じゃあ行くか」
まさかネコがテレビを一緒に観ていただなんてな。聞いてみないと分からないもんだ。
ゲーセンに入った俺たちはまずは和太鼓の達人からプレイすることにした。
学生時代よく友人とやっていた俺は、鬼ムズの曲も難なく叩くことができたのだが……
「うぅ〜…難しいですぅ…」
「初めてなのにそんな曲しようとするからだよ」
「だってパパがぁ〜」
軽く頬を膨らませて悔しがる姿は人間の子どもそのもので、もとがネコだったとは思えないほどだ。
続けてクレーンゲームやレースゲームをしたが、さくらにはなかなか難しいものだったらしい。
・ ・ ・
「今日はいっぱい遊びました!」
「そうだな、楽しめたか?」
「はい!初めてがいっぱいでとても楽しかったです!」
「それはよかった」
茜色に染まった路地で二人。
俺は駄々をこねるさくらを仕方なくおんぶしながら家へ向かっていた。
「ご主人さまの背中、とっても温かくて気持ちいいです」
「俺はちょっと熱いけどな…。そうだ、夕飯はなにがいい?」
「ご主人さまがいつも食べてるお弁当がいいですっ!」
「それならコンビニに寄っていくか」
こうして仕事以外で誰かと話すのはいつぶりだろうか。気がつけば実家にも長い間帰っていなかった気がする。心のどこかでめんどくさがってそれを避けてきた今、こうしてさくらと会話をしているとなにか懐かしい感じがする。一人で生きていくことだけが俺の中で正しい道だと思っていたが、そんなことはないのかもしれない。
恥ずかしながら友人も少ない俺は、余計に一人が見に染み付いていたはずなのだが。
そんなことを思いながら俺たちは家へ着いた。
「ちゃんと手洗ってうがいしろよー」
「はーい!おべんとうおべんとうー!」
コンビニを出てからさくらはずっとこんな調子で、俺は腕を引っ張られながら帰ってきた程だった。よっぽどこの唐揚げ弁当が食べたかったのだろう。
のそのそと靴を脱ぎ、俺も洗面所へ向かった。
「いただきまーす!」
よほど空腹だったのか、さくらは次々と弁当を口の中へ詰めていく。
「別に弁当は逃げたりしないからゆっくり食べるんだぞ」
「らっへおいひいふへふもふ」
「こーら、喋るときはちゃんと飲み込んでからだ。そんなリスみたいにして喋るんじゃない」
「――だっておいしいんですもんっ」
「そりゃあ俺のお気に入りの唐揚げ弁当だからな。美味いに決まってる。ほら、この唐揚げも一個やるよ」
普段なら誰にも譲ったりしないが、褒められた嬉しさのあまり気がつけば唐揚げの一つをさくらの方へやっていた。
「ありがとうございます!」
「あ、でも食べすぎには気をつけろよ〜」
「もう!ご主人さまはいっつも一言余計なんです!」
「ははは、ごめんごめん」
テレビもつけずに話を続けた。
今日の出来事や今までのこと。
それはとてもとても長い話で、なかなか終わりが見つからなかった。
ただ、そんな時間が俺にはとても幸せに感じられたのだ。
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