第4話 ふたりで一緒に
「そろそろ寝るか…」
部屋の電気を消して俺は布団に入った。
相変わらずさくらは帰ってこないままだが、それ以上にさくらという少女がこの家に居座っているということが気がかりだった。
歳を訊いても教えてくれないし、本当にこのままで大丈夫なのか…?
大きくため息をつくと、なぜか少女も同じ布団の中に入ってきた。
「ちょっ…!それはマズくないか!?」
「よくこうして一緒の布団で寝ていたじゃないですか」
「きみとそんなことをした覚えは全くないけどね!?」
背中に伝わる少女の熱が、なぜか心地よいと感じてしまう。そんなに俺は独身生活が寂しかったのか…?
気を紛らわそうと壁のシミを数えていると、小さな声で彼女が話しかけてきた。
「私、ご主人さまとお話したいことがいっぱいあったんです。伝えたいことがいっぱいあったんです」
「……」
どう返事をしたらいいのか分からず、俺はなにも言わなかった。
「捨てネコだった私を見つけて、拾ってくれたご主人さまにずっとありがとうが言いたかったんです。いっつも可愛がってくれて、美味しいものをくれて、たまに失礼なことを言ってくることもありましたけど、私はとても幸せです」
この時、どうしてさくらが捨てネコだったということを知っているのだろうか、なんていう疑問が浮かぶことはなかった。
背中に伝わるこの温もり、そしてこの心地よさ、俺は本当に彼女のことを飼っていたネコのさくらだと信じてしまったのだ。
「――あの日は雨だったかな。仕事で失敗して近くの公園で落ち込んでたら弱い鳴き声がどこかから聴こえてきてびっくりしたよ」
「確かに、ご主人様のあの時の表情は忘れられません」
さくらは小さくクスクスと笑った。
「こんな小さな子が頑張ってるんだから、俺も頑張らないとなって思ったんだ。それからちゃんとさくらを飼うことになって、家族が増えた気がして嬉しかった。ずっと一人で過ごしていた部屋に、他の誰かが来るなんてことは今まで一度もなかったからさ」
「…ご主人様、今まで彼女いたこと一度もないでしょ」
「なんで今そんなことを…」
図星だった。特に彼女が欲しいと思ってなにか行動したことがなかっただけであって、本当それだけの理由だ。マジで。
「お風呂のとき、色んなところ触りすぎです。いくらネコだからと言って、女の子であることには変わりないんですからねっ!」
「痛たた…っ、悪かったって」
背中を思いっきりつねられた。小さな手だからと言って侮ってはいけないな。
「ふふっ…」
慣れない出来事のせいか笑いがこぼれた。普段は人間の言葉なんて、自分かテレビの声しか発するものがなかったのに、今は違う。不思議な感じだ。夢でも見ているのだろうか。飼いネコが人に変わるなんて、そんなことあり得ないのに。嬉しくてたまらない。
「ご主人様はよく変なタイミングで笑いますよね」
「そうか?」
「テレビを観ているときだって、なにが面白いのか私には一切分かりませんでした」
「さくらにはまだまだお笑いは早かったってことだな」
「むぅ、バカにしてるんですか?私だって一緒にお酒飲めるのにぃ…」
また背中をつねられてしまった。
「っていうかお酒飲めるって何歳なんだ…」
「だーかーらー、女の子に年齢を訊くのは失礼ですよ!」
またまた背中をつねられてしまった。さくらの忠告通り、これからは気をつけるとしよう。毎回つねられて背中に変な跡でもできたら嫌だし。
「――よし、明日は休日だし一緒にどこか行くか?」
「お散歩ですかっ!?」
「そんな感じだな。ただ、いつもよりもちょっとだけ遠いところまで行こうと思うんだ」
「わ〜いです!ご主人様との散歩はいっつもおんなじところだったから退屈で…」
「それはごめん…」
「いえ、それでもとっても楽しかったので許します」
「そっか、よかった」
人が二人で寝るには少し窮屈なベッドの上、俺たちはもうしばらく会話をし続けていた。こんなにも誰かと話すのは久しぶりで、なんだか懐かしいような、心が落ち着くような気がした。やはり心のどこかで俺は孤独を感じていたのかもしれない――。
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