第十三話【訪問】

 ◆


『奥多摩調査基地』は奥多摩周辺のダンジョンの管理を担う『六道建設』の重要拠点である。


『水川第一探索拠点』は奥多摩調査基地が管理する水川鉱山跡ダンジョン調査の為の前線基地で、ダンジョンから帰還した片倉は暫くここへ滞在することとなった。


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 唯一生還してきた片倉への周囲の視線には、驚愕、憧憬、尊敬、疑念、不信──様々な感情が交錯していた。


 結局、本来の探索目的であった未帰還チームの救出は叶わなかった。


 それどころか、救出に向かった複数のチームのほとんどが未帰還になるという前代未聞の失態。


 片倉は『六道建設』の危機管理部門に所属するいくつものチームから聞き取りを受け、「あの声」についても全てを打ち明ける事となる。


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「信じられるわけないでしょう、そんな事! ……とは言いません」


「言わないんですか」


「ダンジョンの話ですからね、まだまだ未解明のことが沢山あります」


 六道建設危機管理部門リスクアセスメントチームに所属する鈴木恵子は、片倉の話に一定の理解を示した。


 ダンジョンのメカニズムは、どこの国のどんな機関も未だ全容を明らかにできておらず、ましてや未踏破エリアでの出来事ならば、どんなことでも起こり得るからだ。


 これまでダンジョンに出没するモンスターの強さがある程度平均化されていたとしても、ある日突然、飛び抜けて強力なモンスターが現れることもあり得る。


「しかし、これはあくまで私個人の判断です。上がどう判断するかはわかりませんが……ともかく、聞き取りはここまでとさせていただきますね。ここから先は私事になりますが──片倉さんはどうするおつもりなのですか? その声に従って行動するということなのでしょうか?」


 恵子がそう尋ねると、片倉は頷いた。


「はい」


「確証もないことなのに?」


 確かにそうだ、と片倉も思う。しかし、どれ程細い糸であっても、溺れ苦しむ者にとってはそれが救いにつながる可能性の一つなのだ。


「会社はどうするのですか? 片倉さんは現在、六道建設の企業専属探索者として登録されていますが」


 片倉のケースはともかく、企業探索者にはその企業のサポートを受けられるという大きなメリットがあるが、当然デメリットも存在する。


「企業探索者は企業の利益が少しでも大きくなるよう、企業の意向に沿って探索をする義務があります。片倉さんが自由に探索するというのは難しいのでは……ああ、なるほど、退職を考えているという事なのですね」


「それは少し残念ですね」と恵子は言い、何か言いたそうな顔で片倉を見たが、結局何も言わずに去っていった。


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 ──普通じゃあないわね


 恵子は仕事柄、探索者を数多く見てきた。


 そういう探索者というのは、有形無形のかけがえのないものを失ってしまった者たちの事だ。


 そんな探索者たちに影響され、精神を病みかけたこともあった。


 ──ああいうのってさ、なんていうかまるで活中みたいだよね。最初は元気に見えても、後からずしーんって来るんだよね


 恵子の友人はそんなことを言ったものだ。


 ちなみに「活中」とは、精神活性剤中毒者の略で、簡単に言えば麻薬中毒者のようなものである。


 これは交感神経末端から臓器へと放出されるノルアドレナリンの分泌や、血液中に放出されるアドレナリンの分泌を増大させ、使用者の精神を奮い立たせる。


 異形のモンスターや罠、空間そのものが悪意を持って探索者を脅かしてくるダンジョンという異空間では、タフな探索者でさえ精神に多大なストレスがかかる。


 精神活性剤はそのストレスを和らげる薬として、一部の探索者の間で今でも重宝されている。


 なお、強い依存性がある上に、薬の効力が切れると酷い虚脱症状に襲われる。


 恵子は先ほどの片倉の様子を思い浮かべた。


 彼女は片倉から鬼気とも言える様な何かを感じていた。


 爛と輝く両の瞳には一見強い意思が宿っている様に見えるが、端々に狂気の炎が揺らめいていなかっただろうか? 


 ──辞めたいっていうなら辞めさせたほうが会社の為だと思うけど。ああいうのは下手に手綱をつけようとして暴走させてしまうと、周囲を巻き込んでとんでもない事をやらかすから


 ◆


「兄ちゃん、隣空いてるかい?」


 食堂で一人食事を取る片倉だったが、不意に声がかかり、許可を取ることもなく一人の男が隣に座る。


「原田さん」


 男は死んだ小堺と同期の探索者、原田だった。


「聞き取りはどうなんだ? あの調査官の姉ちゃん、キツい顔をしてたからなあ。あんまり理不尽な事を言われたら俺に言えよ! 一言文句言ってやるから! というか兄ちゃんは別に何も悪くないしなあ。小堺達のボディカムは見せてもらったけどよ、あんなバケモンを相手によくやったぜ……俺もここは長いがあんな奴みたこともない」


 ボディカムとは一般的には警察官や保安官などが体に装着して、捜査の際に証拠となる映像を残すために使用するカメラだが、『六道建設』では探索者用に耐久性などを改善し、小型化にも成功したものを使っている。


 それにしてもよお、と原田は一際大きい声を出した。


「年中 穴掘りだからかな、 なんだか 空気がジメっとしてかなわねえよなァ! いや、空気だけじゃねえか!」


「原田さん、声が大きいです」


「ばっかやろ! 大きい声出してるんだから当然だろ! 片倉の兄ちゃんは何にも悪くないどころか、あのやばいバケモンをぶっ殺した! 俺のダチのよ、小堺の奴の仇を取ってくれた! しかも情報まで持って帰ってきたんだからな! すげえすげえと讃えるのは当然として、少なくとも変な目向けたり避けたりするってぇのは気にいらねえよ! ああ、気に入らねえな!」


 原田は立ち上がり、ギロリと周囲を睨みつけた。


 ずんぐりむっくりとした体型の原田だが、この時は普段より体が大きく見える。高密度に圧縮された筋肉に怒気が吹き込まれて膨れ上がっているのだ。


 原田から睨みつけられた探索者たちは怯えたように目をそらす。


「原田さん、もう大丈夫です。ありがとうございます。他の人たちの気持ちも分かりますから。原田さんも知ってるでしょう、俺の前のチームの事を。俺たちは不思議と縁起を担いだりしますからね。チームのメンバーが何人も死んでる探索者のことなんて、不気味だと思っても仕方がありません。実際、俺も目の前に俺がいたら、なるべく関わらないようにしますよ」


 片倉がそうとりなすと、原田は不満そうに鼻から息を吹き出し、どすんと座りなおした。


「ふん、それを言ったら俺だってそうだ。これまでの探索経験で関わってきた連中が一体どれだけ死んでると思ってるんだ。俺ァよ、雪山のダンジョンで仲間の死体を食ったことだってあるんだ。片倉の兄ちゃんなんて目じゃねえや」


「ああ、白神山地のダンジョンの……」


 片倉も話には聞いていた。


 白神山地は青森県から秋田県にまたがる山地帯の総称だが、現在はそこに巨大な全天型ダンジョンが広がっている。原田は若いころ、チームのメンバーとそこに挑み、そして原田のみが生還した。


「ああ、あそこは地獄だった。地獄ってのを言葉じゃなくて体で理解したぜ。……まあ、それはいいんだ。そうそう、それより兄ちゃん、ちょっと用事があったんだ」


「用事?」と先を促す片倉に、原田は声を潜めて続けた。


「この後……そうだな、16時くらいに兄ちゃんにお忍びの客が来る。お偉いさんだよ。ダンジョンの件で兄ちゃんに話があるらしくってな。まあでも本来ならこんなところには来ないような人だ。騒ぎにしたくないってんで公表はしてないし、出迎えもしないんだが……まあ、あれだよ、社長だよ」

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