第十二話【榊 星周という男】

 ◆


 朝、榊星周は執務室のデスクで太い葉巻を吸いながら、片倉のことを考えていた。


 星周が片倉真祐という男に抱く感情に色があるならば、それは紛れもなく黒であった。


 正しい単色の黒ではなく、あらゆる色が混在した黒である。


 娘である榊澪が死んだのはチームのリーダーだった片倉のせいだという思いと、単に運が悪かっただけで必ずしも片倉のせいとは限らないという思いがごちゃまぜとなり、星周自身にも片倉に対する思いが一体どのようなものであるのか、はっきりとよくわかっていない。


 片倉も娘の後を追って死ねばいいという憎しみもあるし、娘が愛した男に死んでもらいたくないという思いもある……そういった星周の感情が片倉に対する待遇に現れている。


 片倉の罪悪感に漬け込んで待遇を悪くしているのは外ならぬ星周の指金だ。


 しかし嫌がらせをしたいのなら徹底的にやってしまえばいいものを、中途半端な感情のせいで、例えば最新トレーニング機器が揃っているトレーニングルームの使用を許可したり、配属するチームを選定する際に優秀なチームを選んでしまったり、社員寮にしても個室を与えてしまったりと、どこか配慮してしまう。


 星周にも自分のそれが私怨だとよくわかっているのだ。


 片倉の人格や実力を鑑みれば、もっと活かし方というものがあることもよくわかっている。


 ──だがそれでも、奴は、娘を死なせた


 どうしても許す気にはなれないが、憎みきることもできない。


 そんな感情を持て余し、イライラしながら朝の業務をさばいていると、無視できない報告が上がって来ていることに気づいた。


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 インシデント報告書

 件名: 奥多摩調査基地近辺ダンジョンにおける未帰還事案の詳細報告


 発行日: 2xxx/xx/xx


 発行者: 奥多摩調査基地 管理局


 概要:

 奥多摩調査基地近辺のダンジョンにて、探索チームの未帰還事案が発生。調査の結果、深層で非常に強力な個体との遭遇が原因であることが確認。現場から回収された記憶媒体および生存者の証言に基づき、以下の詳細を報告。


 事案詳細:

 発生場所:

 奥多摩調査基地近辺ダンジョン、第6採掘層


 発生日時:

 2xxx/xx/xx


 探索チーム:

 4名(リーダー: 小堺 良平)


 遭遇対象:

 未知の強力な個体(特定の生物名や属性は不明)


 発生状況:

 チームは第6層採掘層の探索中に、通常のモンスターをはるかに凌駕する能力を持つ個体と遭遇。激しい戦闘の末、チームメンバー3名が死亡し、片倉 真祐のみが生還。


 生存者の証言:

 唯一の生還者である片倉 真祐より、当時の詳細な状況を聴取中。片倉は、対象の個体が「これまでに見たことがないモンスターだった」と証言。


 現状:

 片倉 真祐の証言を基に、該当個体の特性や戦闘データの収集が進められています。今後の調査および探索活動の安全確保のために、特別な対策の策定が急務。


 提言:

 より強力な装備の導入、踏破エリアの再調査を提言。生存者である片倉 真祐の証言は、今後の対応方針を決定する上で重要であり、引き続き詳しい聴取を行う必要がある。


 報告書作成者:

 奥多摩調査基地 管理局


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 年間5500人の探索者が死傷者としてカウントされている。


 探索者というのはハイリスクハイリターンな稼業だ。


 どのくらいリスクがあるのかと言えば、具体的に言えば年間11000人の探索者が死傷者としてカウントされている程。


 ちなみに死傷者とは、死亡者と負傷者を合わせて表現した言葉だ。この数は林業のそれと比べても4倍強で、探索者という仕事が群を抜いて危険であることを示す。


 ただこの数字は『六道建設』ではその企業努力のおかげでかなり低く抑えられている。


 その証拠に、ここ数年未帰還のインシデントは発生していない。


 しかし──


 星周は顔を顰めた。


 ──どういう事だ、ここ10年以上の調査で 奥多摩周辺のダンジョンに 出没するモンスターの "格" は大方知れたはず


 奥多摩調査基地周辺の当該ダンジョンには未踏破エリアも まだ残っているため 新種のモンスターが現れないとも限らないのだが、 だからと言ってこれほど 強力なモンスターが 現れる とは六道建設も 想定していなかったのだ。


 ダンジョンでは 原理原則が不明の 理屈に合わないことが多く起きるが、 これもそのうちの一つで、 ダンジョンに出没するモンスターの 強さは ある程度 均されている。


 姿形は違えど、 脅威の度合いは どれも一緒で、 飛び抜けて強い個体も いなければ 飛び抜けて弱い 個体も いない。


 これは 奥多摩に限った話ではなく、 世界中の全てのダンジョンで共通していた。


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 星周は大きくため息をついた。


 これもまた複雑な 意味合いを持つため息だ。


 これまでにない強力な新種が出現したことへの懸念


 そんな個体に六道建設 所属の探索者 チームが壊滅させられた無念


 そんな中 全て片倉だけでも 生存してくれた事への安堵


 そんな安堵を覚えてしまう自分への苛立ち


 星周は報告書を閉じ、深く息を吐きながら今後の対策について思案する。


 しかし、と星周はどこか感じ入るような声でつぶやいた。


「強くなったものだ」

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