第十一話【啓示、光明、再起】

 ◆


 息が荒くなり、鼓動はますます激しくなるばかり。


「う、お、オオオオオオオォォッ!! お、お前! お前えェェェ!!!」


 精神の均衡が今にも崩れ発狂しそうになる中、片倉は獣の様な叫び声をあげながら、今度こそ死んだ大蛙の死体を何度も何度も短刀で突き刺した。


 全く意味がないし、素材を傷つける愚行であったが、止めることができなかった。


 あの時と同じであった。


 自身の力のなさで仲間たちが、雪が、万田武(マンダ ダケシ)が、そして恋人であった榊澪(サカキ ミオ)が死んだあの時と同じであった。


 一しきり暴れた後、片倉は電池が切れた人形のように立ち尽くし、いつの間にか落としていた短刀を手に取って、自身の喉へと当てる。


 しかし手が震え、突き込むことができない。突けば楽になると知っていてもそれができない。


 できるのならば、もうとっくにやっているのだ。


 前の仲間たちが皆死んだ時に自殺しているのだ。


 ダンジョンが憎い、モンスターが憎い、力のない自分がただただ憎い。


 片倉の瞳の奥に黒い憎悪の炎が燃え盛る。


 そして──


 ──力が、欲しい。


 そう呟いて、力尽きてその場に倒れ伏した。


 ◆


 自分が誰なのか、何なのかよく思い出せないまま、片倉は暗いどこかを歩いていた。


 方向感覚もまるでない。ただ歩くことしかできないから歩いていただけだ。


 しかしやがて、前方にうっすらと光る何かを見つけた。星の光とも人工的な光とも見えない、形容しがたい光。


 とりあえずそこに行こうと、片倉は歩を進めていく。


 そしてとうとう、光の元へたどり着いた。それは光というよりは、光る霧の一粒一粒が集まったような、そんな空間だった。


 そこで片倉は声を聞く。


『────────』


 その瞬間、片倉はすべてを思い出した。自分が一体何なのか、誰なのか。そしてこれまで何を失ってきたのか。


『────────』


 なおも声は続ける。声の調子からして、同じことを言っているようだった。


 酷く聞き取りにくい声だ。男の声のようでもあり、女の声のようでもある。老人のようにしゃがれているかと思えば、次の瞬間には若々しくなる。


 ──俺たちとは違う存在だ。


 片倉は本能的にそんなことを思った。何を言っているのか聞きたい、そう思った瞬間、片倉の耳の奥が冷たくなり、次の瞬間燃えるように熱くなった。


 声は告げる。


 告げていることが片倉にもわかる。


『お前は一つの山を越えた。100の山を越えるがいい。最後の山を登り切った時、どんな願いも一つだけ叶えよう』


 声が何を言っているのか完全に理解した時、片倉は先ほどの死闘が行われた回廊で目が覚めた。


 体を見渡せば、傷一つない。しかし戦闘の痕跡──仲間たちの死体はある。


 片倉は夢を見たとは思わなかった。これは理屈ではなく、本能で理解したことだ。


 啓示を受けた……そう片倉は思う。


 片倉の願いは決まっていた。


 そして仲間たちの死体を一瞥し、少し唇を噛んで背を向け、その場を立ち去った。


 ◆◆◆


 まずはじめに、この世界全宇宙も含めたこの世界にはただ一柱の大きな力を持つ存在がいた。


 それを便宜上「神」と呼ぶ。


 しかし、神は全知全能ではなかった。


 大きな力を持っているだけの存在だ。


 そんな神は何万年も何千万年も何億年も、もしかしたらそれ以上もっと長く、一人きりでこの世界に存在していた。


 やがて神に毒が混じる。


 それは孤独という名の毒だ。


 だから神は自分以外の存在を生み出した。


 しかし生み出された存在は神を知覚できなかった。


 微生物が人間を人間として知覚できないように、存在の格があまりにも違いすぎると低きは高きを認識できない。


 神は悲嘆に暮れたが、すぐにあることに気づいた。


 そう──低きを高きに引き上げることができれば、と。


 しかし、それは神の力を以てしても簡単にできることではない。


 強い肉体を与えることはできるだろう。しかし、それをもって存在の格が高くなったと言えるだろうか。


 肉体、魂魄、すべてが磨かれていなくてはいけない。


 だから神はその目的意識を埋め込んだ端末を用意した。


 すなわち、それがダンジョンである。


 ダンジョンは試練だ。


 そして試練は時に、山に例えられる。


 神はあらゆる生命体に期待している。その存在を高みに引き上げ、──いつかどこかの誰かが自分を見つけてくれることを。

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