第十四話【過日】

 ◆


 ──社長が……


 片倉にとって『六道建設』の 社長である榊 星周は、 あるいは自分の義父となったかもしれない男だ。


 返し切れぬ程の借りがある相手。


 少なくとも、片倉は榊 星周に対してとても金銭では贖いきれない罪を犯した──と、本人は考えている。


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「真祐くん、娘が面倒をかけてはいないかね」


 ある日の昼下がり、片倉は星周に誘われて都内某所のホテルのラウンジへと来ていた。


 コーヒー1杯が3000円もするような 高級ホテルだ。


 片倉 は当時、3000円のコーヒーを 好きなだけ飲める程度の 稼ぎはあったが、それでも どこか 気おくれしてしまう。


 それは 自分の人間としての格が まだこの場にはそぐわないという 思いがあったからかもしれない。


「いえ、澪さんには随分と助けられています」


 緊張が片倉の口を重くする。


「そうか。ならいい。ところで、娘が雑司ヶ谷のダンジョンに向かうと言っていた。君も納得した上の決定なのかな」


 星周の問いに、片倉は「やっぱり聞かれるよな」と内心で 冷や汗をかく。


 §


『雑司ヶ谷ダンジョン』は副都心・池袋に近い南池袋の住宅地の中にある全天型のダンジョンだ。


 元々は広さ10ヘクタールほどの霊園なのだが、ある日ダンジョンへと変貌してしまった。


 ダンジョン領域は元々の霊園の敷地めいっぱいに広がっており、一歩足を踏みいれればたちまち 周囲の環境は魑魅魍魎が跋扈する 魔界へと変じるだろう。


 内部は 巨大な墓石が立ち並び、侵入者を惑わす 迷宮然 とした様相となっている他、出没するモンスターは視覚的にも非常に大きなストレスを探索者に与える。


 難易度としては乙ー2。


 乙というのは甲乙丙の乙。これは難易度の大分類を表し、数字は小分類で1~3まである。


 数字が小さければ小さいほど難易度が高い。


 つまり乙ー2とは、ダンジョンの難易度を上から数えた場合、5番目の難易度という事になる。


 そして一般的に、高難易度ダンジョンというのは乙ー3指定以上のダンジョンを意味し、その死傷率は標準ダンジョン──つまり丙ー1~3のダンジョンの比ではない。


 ちなみにこの難易度指標は異領管制省の発表に基づいたもので、片倉のようなフリーの探索者などもその指標に基づいて探索計画を立てている。


 §


「はい。出来る限りの情報収集をして、 "攻略" 可能だと判断しました。星周さんもご存じの通り、雑司ヶ谷ダンジョンには非実体モンスターも数多く、それがダンジョンの難易度に大きく影響しています。しかし僕らのチームには雪がおり、彼女は優秀なPSI能力者です。勿論彼女だけに対処を任せるのではなく、出来るだけ多くの物資を持ち込んで精神の正常化に努めます。非実体モンスターは言ってしまえば気合を入れれば殴る事も出来るし斬る事もできますから」


  "攻略" は、一般的には一定価値以上の物資をダンジョンから持ち帰って初めて認定される。仮にダンジョンで一度も モンスターと交戦しなくても、ダンジョン内の物資を規定量持ち帰ることができればそれは "攻略" だ。


 逆に、100、1000とモンスターを倒しても、物資を全く持ち帰る事ができなければ "攻略" とはみなされない。


「真祐くんがそう判断したのなら信じたい所だが。娘の事がどうしても心配になってしまうというのは、探索者の親としては失格なのだろうね」


 星周は苦笑し、コーヒーカップに口をつけた。


 そしてカップをテーブルに置き、少し居住まいを正して再び口を開く。


「じゃあ君が雑司ヶ谷行きを決めたのは、私が以前君に申し渡した事とは関係なく、片倉 真祐という探索者としての判断でそう決めたと信じていいんだね?」


 星周がそういうと、片倉はどうにも居心地が悪そうに「はい」と頷いた。


 そんな 片倉の様子を不審に思ったのか星周の眉間に皺が寄る。


 片倉は慌てて言い訳をするように言を継いだ。


「い、いえ。信じてくれて構いません。仮に澪さんとの事がなくても、僕は雑司ヶ谷に挑戦したでしょう。ただ、その──」


「ただ?なんだね」


「澪さんとの、その結婚とかの条件が、その、探索者として上り詰めるっていうのはなんだかその、ちょっと違うんじゃないかなって……二人の気持ちとか、なんといいますか……」


 片倉としてはもう少し ロマンティックな あれこれに憧れがあるのだが、星周はそんな片倉を馬鹿にするように鼻で嗤った。


「ふん、いいかね?娘の相手に優秀な相手を望むというのは親として極当然の事だ。──その上で、優秀というのは何を意味するのか考えてみたまえ。何を以て優秀と言えるのか……学があるだとか腕力があるだとか、金を稼ぐ力があるだとか色々とある。しかし私はもっと根本的な意味で優秀な者を求めている」


 それは、と星周が続けた。


「生物として優秀であることだ。そういった意味で探索者とは──私個人は "挑戦者" と呼びたいのだが、探索者として優秀な者は私の思う優秀な者のイメージに近い、と考えている。そしてこれが肝心な点なのだが、私は古い人間でね、交際するだけしておいて結婚はしないなんてありえないと思っているんだ。真祐くんはなかなか出来が良い探索者で、だからこそ娘との交際を許している。しかしいつまでも中途半端はいかんよ。だから君には二択しかないのだ。娘の前から姿を永遠に消すか、私が思う優秀な男になって娘と結婚をするか。分かるかい?」


 分かるにはわかるが、と片倉は苦笑した。


「だが、無理はしてほしくないな。真祐くんはまだ若い──娘もだ。だから、焦って無謀な計画を立ててほしくない。時間がかかってもいいから、少しずつ前へ進んでいって欲しいと思っている」


 星周の言い分は 非常に傲慢に思える。


 しかし これが 彼にとっての 最大限の落とし所であった。


 星周は元来 非常に 選民的な性格だ。優を愛で、劣を憎む。


 しかし澪に対しての愛情は本物で、片倉の事はまだ見極め切れてはいないものの、澪が愛する男ということで少しでも認めようとはしている。


 片倉は星周に必ず澪を守る事、地道であっても一歩一歩、向上心を忘れずに前へ進んでいく事を約束した。


 そして結局、その約束は守られる事はなかった。


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 ──随分昔の事のように思えるな


 片倉は原田に礼を言って、部屋に戻り身支度を整えた。


 星周と会うならばくたびれた格好ではよくないだろうと思ったからだ。


 髪を整え、髭をあたる。


 つるりとした顎を撫でて出来るだけ清潔そうな衣服を物色していると、ルームフォンが鳴る。


 取れば、思った通りの用件だった。

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【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】※ネオページで先行連載中 埴輪庭(はにわば) @takinogawa03

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