2人の男
「こんにちは!鳩羽郵便です」
鳩羽郵便局に入社してから早4か月。そろそろ配達の仕事には慣れてきた頃合いだが、未だ緊急の呼び出しがかかったことは一度もない。
当然、それは島が平和であることを表しており、その方が良いのではある。
「えーと、ここにサインをお願いします」
「はぁい」
現在は研修期間も終え、一人前の配達員として担当地区への配達を行なっている。
サインの記入を終えた受け取り相手のおばさんは、ボールペンをこちらへ戻しながら、
「悠くんは相変わらずイケメンねぇ。これで今日1日頑張れるわ」
と言って微笑んだ。
担当地区が狭いため、何度も配達を繰り返しているとお互いに名前も覚えられるほどの顔見知りになってくる。
「ありがとうございます。じゃあ今日も頑張りましょう!」
満面の笑みをおばさんに返し、悠はトラックへ戻る。
そういえば、自分は未だに性別を浅葱と葦葉に明かしていない。葦葉の方はたまに怪しむような素振りを見せており、緊張する時もあるが、浅葱に至っては全く違和感も抱いていないようだ。
トラックのドアを開けると、既に運転席と助手席には上司2人が乗り込んでいた。
「ただいま終わりました。遅くなってすいません」
「もう少し巻いて作業しろ。いちいち客と雑談していたら終わる頃には日が沈んでるぞ」
相っ変わらず怒りっぽいんだよなこの人、と内心で浅葱に文句を言う。
「すいませんね。主任よりも好かれてるもんで」
嫌味を返しながら後部座席に乗り込む。
このトラックはダブルキャブで4人乗りとなっている。
悠の返答に不機嫌になった浅葱は荒っぽい手つきでハンドルを回す。
車体がガタンと揺れ、身体が一瞬浮いた。
「悠がそんなこと言うから…」
悠の隣に座っている翠が呟く。
「だってムカつくんだもん」
「子供か」
翠にまで叱られ、そろそろ本気で拗ねようかと思ったその時、無線機からの通信を受信した。
全員が息を呑む。
「北1〜5班二通達スル。鳩羽北門ニテ不審者ガ侵入シタトオモワレル。タダチニ現場ヘ向カエ。繰リ返ス…」
無機質な声が異常事態を告げた。
葦葉が無線機を取り上げて応答する。
「こちら、北1班。了解した。10分ほどで到着する。どうぞ」
北1班とは悠達のいる班の名称で、東西南北それぞれ5班あり、4方角にある鳩羽門を護っている。
4ヶ月目にして初めての実践。緊張が全身にはしる。
浅葱がトラックを急ターンさせながら指示を送る。
「山吹。後ろに積んでるライフルと爆弾取れ。ライフルはAR-18、爆弾はあるだけ全部だ。後、救急セットは妹に渡しておけ」
「はい」
悠はドアを開けてサイドガードに左足を掛け、脚力のみで身体を支えながら荷台に積んである武器を取った。
走行中にドアを開けることは本来ならば道路交通法に違反するが、日本の法律の対象外である鳩羽島では、鳩羽郵便局と警察のみ、この行為が大目に見られている。
やっとの思いでライフルに手が届く。
よっしゃ、と思わず声が出る。しかし、
「戻れ山吹!」
浅葱の怒号が響いた。
驚いた拍子に手が離れる。急ブレーキがかかり、本能的に滑らないよう踏ん張った足が一命を取り留めた。
翠が思い切り悠の服を引っ張って車内に押し戻す。
「何。何があった」
「しっ」
黙れという仕草をした後に、翠はフロントガラスを指差した。
前を向く。
正面には、銃口をこちらに向けて構える2人の男の姿。
その内の片方が叫んだ。
「動くな!動いたら撃つ!」
状況は飲み込めていないが、少なくとも、この人たちが先ほどの伝達の「不審者」であり、服についている返り血が門番のものであるのは確実であろう。
ジリジリとトラックへ寄ってくる。
「そのまま手を上げて、運転手は後ろに座れ。少しでも変な動きをしたら、頭吹っ飛ばすからな」
運転席から出てきた浅葱の頭に銃を突きつけ、後部座席に移動させる。その隙にもう片方の男は運転席へ乗り込んだ。
いきなり4人に増えた後部座席は身動きさえできないほど狭い。
運転席の男はエンジンをかけ、門から遠ざかる方向へ発進させた。
翠とアイコンタクトをとる。
…この人達、多分私達をただの配達員だと思ってる
翠の目がそう言っているのが分かり、無言で頷く。
車を乗っ取られて30分経ったところで、トラックはいきなり停車した。
辺りを見回すと、どうやら空き家街に着いたらしい。
鳩羽島には、人口の減少による空き家が集中している地域があり、その場所のことを地元の人々の間で空き家街と言っている。
浅葱に銃を向けていた男がこちらを振り向いた。
「今から1人人質をとる。そのほかの奴は管理塔へ行って俺たちの分の入国許可書を1時間以内に発行してこい。勿論名前は伏せろ。その間に警察に通報したり、妙なことをしたら、人質を殺す」
「…入国許可書は本人立ち会いの元でないと発行できないけど」
「黙れ!」
口を挟んだ葦葉は、はいはいといった様子で顔を背ける。おそらくは相手の、この島に対する認識度を測ったのだろう。
男は向き返って、一瞥する。
「人質は……お前にする。来い」
そう言って銃を向けたのは、翠だ。
「駄目!」
思わず叫んでしまい、慌てて口を噤む。
浅葱が、余計なことをするな、という目でこちらを睨む。
しかし、悠としては妹を人質に取られたくない。
冷静に、だがはっきりと男に向かって言う。
「人質ならこの子じゃなくて、自分にしてください」
男は怒るかと思われたが、案外あっさりとその申し出を了承した。
「分かった。ならさっさと出ろ」
半ば引っ張られながら車外へ出る。
おそらく空き家のどれかに連れ込まれるのだろう。
窓越しに一瞬だけ浅葱と目があい、頷いたのが見えた。
「必ず助けに戻る」
そういう意味なのだろうと、悠は自分に言い聞かせた。
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