朝の出来事

「……んぁ」


枕元でスマホのアラームが鳴っているのが聞こえた。

どうやら朝らしい。

辺りを見回すと、見慣れない景色。そういえばここは宿舎だった、と思い出す。

横でまだ眠っている翠に布団をかけ直し、悠はリビングへ向かった。

今の時刻は午前5時。

流石に誰もいないだろうと思い、日課のラジオ体操をするためリビングへ向かうと、センターテーブルに新聞を広げている浅葱の姿があった。見事なフラグ回収だ。

反射的に回れ右をして帰ろうとした悠の背中に声がかかる。

「おはよう。そして逃げるな。別に気を遣わなくていい。自分の家だと思え」

色々と見透かされて恥ずかしくなり、今度こそ部屋に戻りたくなったが、ここでこちらが折れなければ後が持たないと思い、浅葱の方を振り返った。

「…おはようございます。主任、朝早いんすね。もう制服に着替えてるし。自分より早く起きる人なんて久々に見ましたよ」

ところで、ここでいう「主任」とは浅葱のことである。初めはさん付けで呼ぼうかと考えていたが、相手は、上司という枠にも当てはまらないほど、いわゆる「お偉いさん」なわけで、そんな人にさんやら先輩やらは流石の悠も良くないと弁え、最終的には、浅葱の役職名である特別管理主任の最後の2字を取った主任でシフトした。

そして、そんな主任は悠の褒め言葉らしきものに何を言うわけでもなくすぐに話題は移った。

「そういえば今日はタスク内容の説明と施設案内の日だったな。残念だが担当は俺だ。メモは用意してきたな?」

「いえ、自分は記録より記憶派なんで」

予想もしていなかった返答に浅葱は一瞬固まる。

「そんな派閥があるかっ!普通メモくらい持ってるもんだぞ。お前、そんなのでよくこの職業就けたな」

「こんなのでも一応入社試験の結果は筆記94点で実技187点でしたけど」

筆記が100点満点、実技が200点の試験でのこの点数は歴代の中でもぶっちぎりのトップクラスだろうと踏んだ故での発言に加えて、待ってましたと言わんばかりの悠の渾身のドヤ顔に、浅葱は殴るように拳を硬く握った。どう見ても沸点まで後一、二度の表情をしている。

そのままグーでパンチかと悠は身構えたが、浅葱の怒りが武力に変換されることはなく、その上、矛先は悠ではなく、その時ちょうどリビングに入ってきた葦葉へ向けられた。

「おい、なんでこいつの担当を俺に回したんだ。イラついて話がすすまん」

しかし、相変わらずの葦葉は苦笑いを浮かべながら淡々と述べる。

「おーおー。朝っぱらから喧嘩か。ご苦労なこって。で、怒ってる理由はなんで担当が自分なのかって?それはまず、山吹の兄ちゃんと妹でタスク内容も、案内する場所も違うから個別で案内した方が効率がいいっしょ。んで、女が苦手なお前に翠ちゃんは無理だと判断したわけよ。どう?これでも反論ある?俺としては兄ちゃんと浅葱、意外と相性いいと思うんだけど」

正論に感情論は効かない。

浅葱による怒りのやっかみは、くそっ、と言う台詞を最後に止んだ。

悠の方は突然の救世主の存在をありがたく思ったが、そこで初めて、自分自身も負けず劣らず、感情に頼って調子に乗りすぎたことを自覚した。

…良くないよなぁ



今日一日、浅葱と共に過ごさねばならないというのに、悠は今から不安を感じ始めた。

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