悠と翠
チャイムが鳴った。
冷静になろうと立ち上がったついでに浅葱は玄関へと向かう。
「はい。どちら様ですか」
そういいながら開けたドアの先には、
「初めまして!!!今日からお世話になります。
ものすごい張り上げた声で名乗った少年は、先程写真で見たぎこちない笑みを浮かべていた人物だろう。そして隣にいるのは、おそらく高校生くらいの少女の姿だった。てっきり少年の方はシャイな性格をしているのかと思っていたが、この声量とやる気に満ち溢れた顔を見る限り、相当鍛えがいがありそうだと浅葱は早くも見積もった。
しかしその前に。
「うるっせェ!!公共の場でそんな大声出すな!迷惑だろが」
それくらいは最低限のマナーである。
「改めまして。本日からこの班に配属になりました、山吹悠と申します。そしてこっちは妹の
悠からアイコンタクトを受け取った翠は、
「
そう言うと、翠は悠の髪の毛を引っ張り、無理矢理お辞儀させようとしている。
いででで、と悠は心のうちで叫びながらも、浅葱の目が怖いので、妹に倣って一応謝っておく。
「す、すいませんでした。もう繰り返しません」
「当たり前だ。最低限のルールも分からないような奴はウチには要らん」
容赦ない叱咤に思わず首がすくんだが、相手の方も言い過ぎたと思ったのか、気まずそうに目を逸らされた。
「…まぁ、そういうことで、俺は特別管理主任兼、副班長の浅葱だ。班長はこっちのチャラそうな奴だが、こう見えてしっかりしてはいる。ちゃんと言うこと聞けよ」
そんな自己紹介で良いのだろうか、と思ったが「チャラい」と言われた班長の方は1ミリも気にすることなく、
「どーも。班長の葦葉和です。あ、班長だからって気使わなくて良いから。こっちも困るし。てことでよろしくー」
確かに口調は軽いが、敵に回したくないタイプではあるなと察した。
全員の自己紹介が終わったところで、葦葉が再び口を開いた。
「お二人さんは、指揮官から今日から、今俺たちがいるこの宿舎で生活するってことは聞いてる?要するに、家には帰らないってことだけど」
先程の挽回として、少し抑えた声で悠が答える。
「はい、聞いてます。なので、生活必需品は全て荷物にまとめて持ってきました」
肩から下げていたトラベルダッフルバッグを葦葉の目に止まりやすいよう、腹の前に持ってきてみる。
「おっけ。一応宿舎内にリビング、キッチンとかは揃ってるんだけど、個人の部屋が2つしかないから、俺と浅葱、山吹兄弟の2人ペアで分けて使おうと思ってるんだけどいいよね」
流石は班長。決め事がすらすらと解決していく。しかし、ここで浅葱が口を挟んだ。
「その分け方でいいのか?」
葦葉はなぜここでその質問がでるのかという風に小首を傾げる。
「なんで?なんか困ることでもあんの?」
「いや、仮にもいい歳した異性の兄弟だろ。特に妹の方は兄と2人は嫌なんじゃないか」
そう言って浅葱は翠の方に目を向けるが、
「全然大丈夫です。実家でもそうなので」
一蹴された。
そんなこんなで、結局部屋割りは葦葉の提案通りのものとなった。
2人分まとめて15キロはありそうな荷物を部屋に運び入れたところで、悠は個室に付属していたソファーに腰掛けた。1日の疲労が一気に押し寄せてくるのが分かる。手持ち無沙汰になったので、早速荷解きに掛かっている妹に声をかけた。
「さっきはごめん。翠にまで迷惑かけて。以後気をつけます」
「大丈夫。いつものことだから」
この冷静沈着な妹は時に、自分より大人びて見える時がある。
しかし、「いつも」という言葉はあまり素直にいただきたくない。なんと返そうかと苦慮していると、翠が振り返ってこちらを見た。
「それはいいとして、お姉ちゃん。あの人たち、お姉ちゃんのこと男だと思ってたっぽいけど、いいの?」
あぁ、それは。
「いいんだよ。前も言った通り、自分はそう思われてた方が仕事しやすいからね。だから、翠も外では悠って呼ぶんだよ」
「ふーん。そっか」
翠は満足がいってなさそうな表情を見せたが、それ以上言及することなく元の作業に戻った。
悠は目線を天井へ向けながら自分を説得する。
そう。これでいい。性別なんてとっくの昔に捨てたのだから。
奥歯を噛み締め、目を強くつむる。
たまに胸は痛むけれど、目的さえ果たせれば。
だから絶対─────
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