世界は僕らを拒絶する 囚われの柘榴編③
「シュバルツの館に連れて行かれた、か。撤退したのは懸命な判断だな」
ハンターたちは勢揃いしていた。
アキ、スイ、桜、銀、すすき、翡翠が心の言葉を聞いていた。
「あの少年と桜は知り合いだとか?」
「兄弟です。わけがあって、離ればなれになってはいますが」
「すすき、詳しい情報を」
「はい。彼の名前は山科柘榴。Ωなのですが、どうやらヒートが強いらしく、社会になかなか適合できないらしいです。また、その体質故、吸血鬼に襲われやすいと思われます」
「柘榴を連れ去ったのは銀髪の男と言ったな?」
「はい。美しい男でした」
「シロ、だな。シュバルツの館にはたくさんの吸血鬼がいるが、規格外が二人いる。まず、シロ。シロは五感が優れていて、奴に気づかれずに近づくのはまず不可能だ。動きや思考も読まれ、まともに戦うのも不可能。ただ、吸血鬼の弱点は高い耐性があるものの、効きはする。だから作戦を練れば殺せないこともないだろう。問題はもうひとりのほうだ。クロは吸血鬼の弱点が全く効かない。太陽もにんにくも銀も聖水もなにひとつとして無意味だ。そのくせ、吸血鬼特有の高い治癒能力や運動神経を持ち合わせているから質が悪い。クロとは戦わないことだ。まず、勝ち目はない」
「んじゃ、どーすんの?助け出すには戦うわけじゃん」
「柘榴という少年、利用価値がありますね。多少の痛手を被っても助け出す価値はあります」
「あぁ、アキもそう思うか。切れ者のお前がそう言うなら、俺の考えは間違っていないわけだ。Ωだから子どもを産ませて、その子どもを利用するのもありだ」
「利用するために柘榴を助け出すのですか?」
「Ωだからって利用するのは気にくわない」
「Ωを見下すんじゃねーし」
桜、翡翠、スイが心の言葉に異を唱える。
「なら、お前ら三人は作戦から外れろ。邪魔だ。甘い考えは必要ないんだよ。どれだけ吸血鬼がいるかわかってるか?殲滅するには手段は選べないんだよ」
「あっそ。じゃあ俺は帰る」
「僕は抜けるわけにはいきません」
「俺も。あんたに任せてはおけない」
スイはすたすたと帰っていく。
桜と翡翠は食い下がる。
「桜と翡翠の意見も聞いてやってください。ただでさえ戦力不足な中、人が抜けるのは痛いでしょう?この二人の気持ちをないがしろにするなら、俺も作戦から抜けますよ」
「……ベテランの銀に抜けられるのは痛いな。良いだろう。利用云々は救出してから考えることにしよう。じゃあ、作戦会議を始めようか」
☆
「おかえり、スイ。早かったね?」
スイは自分の帰りを待っていた紫をぎゅっと抱き締める。
「どうしたの?」
「Ω、利用するんだって。胸くそわりーから帰って来た。なんでさ、Ωだってバカにされなきゃいけねーの?」
ぐずと鼻を啜るスイに紫はふわりと笑う。
「ありがと、スイ」
「俺、Ωだからって紫といるわけじゃねーもん。運命の番じゃなくても、αでもβでも紫といたい。紫がいい」
スイは優しくキスをする。
心から嬉しそうに紫は笑っている。
「ちょっと無理していい?」
「何をするんだい?」
「Ωのその子を助ける。リーダーたちより先に」
「僕も力を貸すよ。その子はどこにいるんだい?」
☆
「よく眠れた?」
「ぐっすりと!薬もよく効いて、身体が楽だよ」
「ならよかった」
「一体どこで買ったの?こんなに効いた薬は初めてだよ」
「ツテがあるんだよ。吸血鬼を見てくれる医者がいるんだ」
「あ、そっか。吸血鬼は医者にかかれないんだね」
「ま、身体は丈夫に出来てはいるんだけどさ、病気とか怪我がないわけじゃないしね。特に力が弱いやつは守ってやらないと」
「だから、シュバルツの館があるんだね」
柘榴の言葉にクロは笑う。
「一緒に朝ごはん食べよ!今朝はガーリックトーストだよ」
「にんにく好きだねぇ」
「大好き!ね、ね、柘榴は好きな人いるの?」
「特にいないかなぁ。この体質のせいで、ちょっと恋愛恐怖症かも。恋愛感情無視して、フェロモンは誘惑するからね」
「いろいろ苦労したんだね。これからは俺が守るから安心して?」
「ありがとう」
「シロはぶっちゃけどう!?」
「あれだけ綺麗だから相手がいるんじゃないの?」
「ふふ。それがいないんだな。良かったら考えてあげて?」
そこからしばらくはシロの話で盛り上がっていた。
☆
「久しぶりだね、紫。元気にしてた?」
紫は久しぶりにシュバルツの館を訪れていた。かつて紫もここに一緒に住んでいた。Ωであることも、吸血鬼であることも受け入れてくれる温かな場所だった。
「スイ、だっけ?番の彼とはうまくいってるの?」
「僕のことめちゃくちゃ大事にしてくれてます。血をもっと飲めって言うくらいですよ」
「紫、細いからね。心配してくれてるんだよ。で、急に訪ねてきて何かあった?」
「ここに山科柘榴という人間はいますか?」
「いるよ。あー、なんとなく読めてきた。確かスイはハンターだったね?」
「はい。ハンターたちが彼が拐われたと話をしているらしいんです。けど、僕にはクロさんやシロさんが人間を誘拐するとは思えなくて話を聞きに来たんです」
「……結論から言うと、誘拐したと言えばした、としか言えないかも。シロが連れて帰って来ちゃったんだよね」
「本人の意志は?」
「人間だけど、吸血鬼に好意的だよ。仕事もなくて困ってたし、シロが気に入ってるみたいだからここにいるよ」
「仕事に困ってるって、ひょっとしてΩですか?」
紫もΩで苦労をしていたが、まだこの館のおかげでだいぶ助けられていた。人間となるとさぞかし大変だろう。吸血鬼の自分でさえΩだからと血を狙われるのに、人間ならその比ではない。命の危険もあったに違いない。
「あ、柘榴。こっちおいで。仲間を紹介してあげる」
「仲間?」
「そうだよ。月城紫、柘榴と同じΩだよ。ここに来るまではΩであることも、吸血鬼であることも隠して生きてきたんだ。いろいろ参考になると思うよ」
「初めまして!山科柘榴です。俺、Ωに出会ったの初めてです!」
「紫には“運命の番”もいるんだよ」
「うわー、素敵です!やっぱり出会った瞬間にわかるものなんですか?」
「どういったらいいのかな?なにか“違う”んだ。他の人にはない感覚があって、気がついたらお互いに惹かれあっていたかな」
「急にドキドキしたり、とか?」
「そういうのもあったよ。もしかして心当たりある?」
こくりと頷く柘榴に紫はふわりと笑う。
「それなら、もう出会ってるかもしれないね」
☆
「紫くんじゃない。久しぶりだね」
「お久しぶりです、シロさん」
「スイくんとはうまくやってる?喧嘩したらいつでも帰って来ていいんだよ」
「ふふ。大丈夫です。シロさん、柘榴くんを連れ去ったことがハンターの話題になっていますよ。救出作戦が練られているそうです」
「救出?利用の間違いだろ?」
「だからスイが怒って帰って来ました。リーダーよりも先に救出するって」
「柘榴は望んでここにいるんだけど、ハンターは自分の価値観を押し付けてばかりだな」
やれやれとシロはため息をつく。
「スイくんには大丈夫だと伝えて。あと、君なら遊びに来るの大歓迎だよって。紫くんも情報ありがとう」
ぎゅっとシロは柘榴を抱き締める。
「柘榴は渡さない。僕は利用なんかしてないし、するつもりもない。頭のかたい奴らにはちょっとばかりお仕置きが必要だね」
「シロ。戦うの?」
「館に足を踏み入れるならね。大切な家族たちを守らないと」
頼もしいシロの言葉に柘榴はドキドキする。
「柘榴も家族だからね?」
その言葉に柘榴は驚いた顔をする。
「柘榴は僕が守るよ」
☆
「あれ?スイ?」
館から出たすぐの場所でスイは紫のことを待っていた。
「もう帰る?」
「帰るよ。待っててくれてありがとう」
「あんた、ひとりにしたらあぶねーし」
「だから来るときも着いてきてくれてたんだね」
「気づいてたなら言えよ。はずいじゃん」
「ふふ、ごめんね?」
仲の良さそうな二人に柘榴は笑う。
「この子が柘榴くんだよ」
「俺はスイ。紫の旦那さん」
「へへ、旦那さんって照れるね」
「照れんなし!なぁ、柘榴はここにいたい?いたくない?」
優しそうに笑う顔がふっと真剣なものになる。まっすぐな視線に柘榴は返事をする。ここにいたい、と。
「なら守るよ。ここにいるってことは紫の家族ってことだろ?紫の家族は俺の家族だ」
にかっと笑うスイに柘榴も笑顔になる。
「ーー口説くの禁止。柘榴は僕のだから」
背後からシロが柘榴をぎゅっと抱き締める。
「口説いてねーし。俺は紫ひとすじだし!」
「みたいだね。良かった、君が紫くんの旦那さんで。いつでも遊びにおいで。君も家族だよ」
「ーーシロさん、俺が“僕の”ってどういう意味ですか?」
抱き締める腕を柘榴がきゅっと掴む。
「柘榴が好きだよ。柘榴は僕のことどう思ってる?」
「俺もシロさんが好きです。初めて会ったときからドキドキが止まらないんです」
「僕も」
シロの唇が近づいていく。柘榴はシロを受け入れ、キスを交わす。
すっかり二人の世界で、スイと紫はそっと退散した。
☆
「意外だったな。お前はてっきり吸血鬼贔屓だと思ってたよ」
「こちらこそ意外でしたよ。やる気のないあなたが他のメンバーを庇うだなんて」
「皮肉で返されたなぁ。兄貴だけが特別ってことか」
銀の言葉にアキの眉がぴくりと動く。
「……知っているんですか?」
「何を?」
「私の秘密をです」
「兄貴が吸血鬼なんだろ?」
アキが銀の襟を掴む。
「なぜ知っているんです!?」
「力入ってる、力入ってる!」
「いいから答えてください」
「たまたま見たんだよ」
「他の誰かに言ったりは?」
「しないさ」
「なら、あなたの口を塞げば秘密は守られるわけですね」
カチャリと銃がこめかみに当てられる。
「これは人間に向けるものじゃないぞ?」
「秘密がバレるわけにはいかないんですよ」
なんの躊躇いもなくトリガーに指がかかる。
さすがに大人しく殺されるわけにはいかず、銀は銃を弾き飛ばし距離をとる。
「先に喧嘩を売ったのはそっちだからな?戦うのはあまり好きじゃないが、ずっと命を狙われるわけにもいかないから手加減はしないぜ?」
銀色の刀がすっと抜かれ、その刃がアキの身体をいとも容易く貫いた。
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