世界は僕らを拒絶する 囚われの柘榴編④
パタパタと血が流れ落ちる。
「ーー死にたくないなら、動くなよ。この手を動かしたらどうなるかくらいわかるだろ?」
悔しげにアキは銀を睨み付ける。
血は出ているものの、傷は致命傷ではない。
完全に銀の実力がアキを上回っていることを示していた。
「ーーアキを離せ」
素早い動きでハルが銀に襲いかかる。
「あんた、ハンターだろ?アキの血の匂いがすると思ったら何してるんだよ!?」
「兄さんっ!まだ太陽が沈んでません!」
「夕陽くらい平気だ!傷ついてるお前をほっとけるか!」
そんなハルの言葉とは裏腹に皮膚はじゅうじゅうと嫌な音をたてている。
「吸血鬼が無理をするな。太陽は毒だろう」
バサッと銀はハルに布を投げる。特殊な加工をした布は太陽からハルを守る。
「柊アキ、よくわかっただろう?今のお前じゃ俺に敵わない。秘密を守りたいなら力に訴えるんじゃなくて、頭を使うんだな」
刀を銀は引き抜く。ばたりとアキは倒れ、ハルが駆け寄る。
「喧嘩を売ってきたのはこいつだ。俺はそれの相手をしただけだ。あんたの弟を殺す気はないから心配するな。それに秘密を口外するつもりは元からない。一生懸命に生きてるお前らの邪魔をする気はないさ」
銀は刀の血を拭い、去っていく。
「アキっ!医者のところに行くぞ!」
ハルはアキを背負い走り出した。
☆
「はぁ……う……ん…ぁ……」
シロの牙が柘榴の首筋に傷をつける。じゅるじゅると水音をたて、血を啜る。吸血の快感に柘榴は身を捩り、甘い声を漏らす。
柘榴の血は極上だ。力が満ち溢れてくる。
でも、これで終わりではない。
シロは傷口を舐め、癒す。とろんとした柘榴に口づけをする。
ここから先は“恋人”の領域だ。
「ーーもっと気持ちイイコトしてあげる」
妖しげに笑うシロに柘榴はゆっくりと頷く。
「うなじを噛んでも良い?」
αがΩのうなじを噛むことには特別な意味がある。
その行為は“番”になることを意味している。
結婚よりも強い絆を、シロは柘榴と結ぼうとしている。
「……噛んで。俺を番にして…っ!」
「一生愛するよ。共に生きよう」
シロは柘榴のうなじに噛みつく。くっきりと歯形が残り、痛む。だが、その痛みさえ愛しくて、柘榴はぎゅっとシロに抱きつく。
「大好きです、シロさん」
☆
「ーー前から聞きたかったんですが、あなたは私のことが怖くはないんですか?」
「怖いって、なんで?」
藍の言葉に大牙はキョトンとする。
「私は吸血鬼、あなたは人間です。謂わば狩る側と狩られる側です」
「そうだなぁ。でも怖いって思ったことはないなぁ。だってさ、殺そうと思ったらいつでも藍は俺のことを殺せるし、逃げることだってできる。それをしないのは何か思うことがあるんだろ?」
笑う大牙に藍は苦笑する。
この男は鋭いのか鈍いのかイマイチわからない。
ぐいと身体を引き寄せて、藍はキスをする。
「ーー知っていましたか?私はあなたのことが好きなんですよ、
つぅと唾液が糸を引き、固まる大牙の頬に藍はそっと触れた。人間よりも低いその手の体温にびくりと大牙の身体が震える。
「あなたの隣にいるのが私ではダメですか?」
上目遣いの綺麗な顔にドキリとする。
「吸血鬼の私が人間のあなたといるためにはこの方法しかなかったんです」
「……俺でいいのか?俺は藍を利用していたんだぞ?」
「あなたがいいんです。あなただから何をされてもよかった」
そっと大牙が藍を抱き締める。
「藍はΩだからαを選ぶと思ってた」
ふるふると藍は首を横に振る。サラと長めの髪に触れ、キスをする。
「俺も藍が好きだよ」
優しく大牙は笑っていた。
☆
「ーー相手はかなりの実力者だね。的確に急所を避けてる。これなら綺麗に傷は塞がるよ」
医者は、夜空は、不安そうにするハルを安心させるように柔らかく笑いかけた。
「それより酷いのはハルくんの腕だよ。夕陽だからこの程度で済んでるけど、もうこんな無茶をしちゃいけないよ」
そう言いながら夜空はハルの手当てをする。この程度とは言っているが、皮膚は壊死している。吸血鬼だからこそ耐えられた怪我だった。
「この布がなければ危険だったよ。一体誰が作ったんだろうね?」
「そんなにこの布、凄いんですか?」
「すごいよ。作った相手と話をしたいぐらいだ」
「……あの人、私たちの邪魔をする気はないというのは本気だったんですね」
苦々しそうにアキが呟いた。
「ふたりとも今日は泊まって行って?」
夜空の好意にふたりは素直に甘えることにした。
☆
「柘榴、それってもしかして……?」
クロの目は陸のうなじを見ていた。そこにはくっきりと歯形が残っている。
「シロさんと両想いになって、番になったんだ」
そう柘榴ははにかみ、笑う。
「幸せそうでよかった」
クロも笑う。
「今日はお祝いにお赤飯を炊かなくっちゃね!知ってる?お赤飯ににんにくを入れても美味しいんだよ?」
「……僕は普通の赤飯が食べたいな」
眠そうにシロがリビングに顔を出す。柘榴と目が合うとおいでと腕を広げ、柘榴を抱き締める。
「ねぇ、クロ。何かいい太陽対策はないかな?柘榴にあわせて昼間に活動できるようになりたいんだ」
「俺は体質だから参考にならないかも。夜空さんに聞きに行ってみる?」
「あぁ、夜空なら知ってそうだね」
「あの、夜空さんって?」
「あ、柘榴は知らないんだね。柘榴の薬をくれたお医者さんで、シロの友達だよ」
「シロさんの友達ってことは吸血鬼?」
「ううん、人間なんだ。数少ない吸血鬼の理解者だよ」
☆
「お前、なんで昼間に外をうろつくんだよ」
はぁとため息をつきながら、夜空はシロたちを迎え入れる。
「ほら、見せてみろ。やっぱり赤くなってる。薬、塗ってやるから」
文句を言いながらもその表情は優しく、柘榴は良い人なんだなと微笑んだ。
急いで家のなかに招き入れられ、診察室に通される。
「えーと、赤髪のその子は?」
「前に抑制剤を出してもらった子です」
「あぁ、君が山科柘榴くんだね。秤夜空です。医者をやってます。人間も吸血鬼も診てるから、何でも相談してね」
「はい!ありがとうございます」
「夜空さん、お昼ご飯できました!お客さん、ですか?」
ノックの後にハルが顔を出す。
あれ?とシロは首を傾げる。どこかで会ったかのように感じ、いや、たぶん気のせいだと首を振る。
「友達なんだ。彼らも一緒に食事をしてもいいかい?」
「大丈夫です。料理、ありますし」
「紹介するよ。こっちのショートの子がクロくん。髪が長いのがシロ。その隣にいるのが山科柘榴くんだよ」
「なんで僕だけ呼び捨てなの?」
「お前とはいい加減付き合い長いからな。で、この子は柊ハルくん。弟のアキくんが奥にいるよ」
さ、ご飯にしようかと夜空は立ち上がった。
☆
6人で食卓を囲む。実は料理が得意だというハルの作った料理の美味しさに舌鼓を打つ。吸血鬼は血を必要とするが、別に普通の食事が食べられないわけではない。
「ハルくん、クロくんとシロは吸血鬼なんだ。シュバルツの館というところに住んでて、たくさんの吸血鬼たちを保護してる。いろいろと詳しいから聞いてみたらいいよ」
その名前にアキがぴくりと反応する。
「シュバルツの館って、あのシュバルツの
館ですか?」
「あの、って?」
「人を拐う、吸血鬼のいる館だと」
「んー、アキってひょっとして吸血鬼じゃない?」
「私は人間で、ハンターです」
その一言で場が凍りつく。
「ここでの喧嘩はご法度だよ」
その夜空の言葉に空気の緊張は若干ではあるが和らぐ。
「弟が人間で、兄が吸血鬼…?」
「兄さんは元々人間です。吸血鬼にされ、元に戻る方法を探しているんです。あと、兄さんを吸血鬼にした相手も探しています」
「何か手がかりはあるの?」
「光る薔薇のタトゥー、です」
「光る薔薇のタトゥーか。俺は知らないなぁ。シロはなんか知ってる?」
「……僕も知らないな。ごめんね、力になれなくて。ハルくんは“血”はどうしてるの?」
「アキと血の誓約を結んで、アキに吸わせてもらってます」
「ただね、アキくんは“α”なんだ」
「それは、あまりよくないね」
「よくない?」
「“α”の血は不味いでしょ?不味いだけなら問題はないんだけど、“α”の血は吸血鬼にとっては微弱な毒なんだよ。すぐ死ぬとかはないんだけど、吸い続けるのはよくない」
「シロ、血の誓約ってのは破棄できるものなのか?」
「僕とクロなら破棄できる。ハルくん、シュバルツの館には自ら血を調達できない吸血鬼のために血のストックがある。誓約を破棄して、提供しよう」
その言葉にふるふるとハルは首を横に振る。
「人間の血を吸いたくないんです。本当はアキの血も吸いたくないんです。それで死んでしまうなら、それでいいんです」
何かを言いかけるアキにハルはふるふると首を横に振る。
「俺はあくまでも“人間”でいたいんです」
☆
「ーーそれこそ、人間になる方法を探すんだな」
シロの“太陽を克服したい”という言葉に対しての返事はそれだった。
「俺の知る限り、そんな方法はないよ。てっきりお前のことだから柘榴くんを吸血鬼にして、一緒に永遠の時を生きるのかと思ったよ」
「……それはしないよ。だって僕らは“嫌われ者”だ。命を狙われるようになんかしないよ」
「柘榴くんのこと、大切なんだな」
「うん」
素直に頷くシロの頭をくしゃりと夜空は撫でる。
「こっちでも調べておくよ。がんばれ、シロ」
「ありがと、夜空」
☆
外に出た瞬間、アキは銃を抜いた。照準をあわせ、トリガーを引く。クロもシロも驚きはしなかった。
「だから、柘榴を“吸血鬼”にはできないんだよ」
悲しげにシロはそう呟いた。
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