世界は僕らを拒絶する 囚われの柘榴編②

「シュバルツの館?」


 こてんと柘榴は首を傾けた。


「吸血鬼の館だよ。俺たちと力の弱い吸血鬼たちが暮らしてる。あ、俺はクロ。で、こっちのイケメンはシロだよ」

「吸血鬼って、あの吸血鬼?」

「あ、その顔は信じてないね?ま、無理もないか」


 吸血鬼は人間にうまく紛れて暮らしている。パッと見、容姿の優れた者が多いだけで人間とほとんど変わらない。だからその存在を知らない者も多い。


「本当に良い匂いがする。堪らない」


 シロが柘榴を見て、舌なめずりをする。その妖しくも鋭い視線に柘榴は思わず後退りをする。シロは距離をつめて、ぐいと柘榴の手を引いた。


「シロ、ストーップ!柘榴が怖がってるよ」

「あぁ、ごめんね」


 シロは慌てて、柘榴を解放する。


「あなたが俺をここに連れて来たんですか?」

「そうだよ」

「なんのために?」

「君に興味があるんだよ。長く生きているけど誰かにここまで惹かれたのは君が初めてだ」


 優しく笑う綺麗な吸血鬼に柘榴の心臓がどくんと鳴り、身体が熱くなってくる。


「……ここなら迷惑をかけずにいられますか?」

「迷惑って?」

「俺、Ωで、ヒートが他の人より激しいみたいで薬があまり効かないんです。だからまともに働けなくて、昨日もまた仕事をクビになったんです」

「ふむふむ」

「途方にくれてたら、あなたに声をかけられていました。なんか気持ちよくなって、意識を失って、気がついたらここにいました」

「シロ、襲っちゃダメじゃん」

「衝動が抑えられなかったんだよ」

「シロがこのレベルって、何回か襲われたことあるでしょ?」


 柘榴は頷く。


「ここに住む?シロが迷惑かけたみたいだし、というか連れて来ちゃったし、仕事も良かったら紹介できるよ?」


 クロの言葉にぱぁっと柘榴の顔が明るくなる。


「じゃあ決まりだね。シロも異存はないでしょ?って、襲わないの!」


 無意識に血を吸おうとするシロを止め、クロはやれやれとため息をついた。


 ☆


 じゅるじゅると音をたてて、如月ユウは血を啜っている。その行為に女は快感の声を漏らし、身体を震えさせている。


 ユウはまさに“絵になる”美形だ。女性が自ら吸血を望んで寄ってくるレアなタイプの吸血鬼でもある。また、ネガティブのために血を確保し、提供するということをしている仲間思いの一面もある。


 ハンターがユウを見つけ、十字架の刻まれた銃を構える。


「私が悪いことをしていると?彼女は自ら望んで私に首を差し出したのですよ?」


 そっとユウは女性を避難させ、ハンターに向き直る。


「美しい人、今宵はここまでにいたしましょう。送っていきますので、少しお待ちいただけますか?」


 そう言うのが早いか、ユウはハンターに距離をつめ攻撃をする。一撃で意識を奪い、ユウはつまらなさそうにハンター見下ろした。


「つまらないですね。私を刈るならもっと強いハンターに出てきてもらわなければ。最低10人は必要ですよ?」


 それでは行きましょうかとユウは女性をエスコートする。まるで戦いなどなかったかのように。



 ☆



 目があった瞬間に電気が走った。

 生まれて初めての感覚で、彼がそうなんだと根拠もなく、でも確信した。

 だから逃げなかった。

 掴まえて、連れ去ってくれるのがむしろ本望だった。

 彼にはまだ自覚はないかもしれない。

 ただの“美味しそうな血の人間”かもしれない。

 ならそれでも構わない。

 俺の血を飲んで?

 あなたの血肉になれるならそれほど幸せなことはないーー。


 ☆


「ここの部屋を使って?一通りそろっているとは思うけど、何か足りないものがあったら言ってね。吸血鬼ばかりが住んでいるから、鍵がかかるようにしてあるよ。鍵は俺とシロだけが持ってるから、まず襲われる心配はないかな」

「どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?」

「下心だと思ってて。柘榴が嫌じゃなければ血をわけて欲しいんだ。断ったからって追い出したりしないからそこは安心してね」

「身体に害がない程度なら大丈夫ですよ」

「あとはね、俺、友達が欲しかったんだよ。吸血鬼は昼間に行動できない。俺ひとりだけはつまんなくてさ。一緒に趣味を楽しめる友達が欲しくて」

「趣味、とは?」

「にんにく料理の食べ歩き!アヒージョとかペペロンチーノが大好きなんだ」

「あれ?吸血鬼はにんにくダメじゃありませんでしたっけ?」

「普通は毒だね。十字架も日光も銀も、俺にはなーんにも効かないよ!にんにくだってへっちゃらさ!」

 クロの言葉に柘榴はクスクスと笑う。

「あ、やっと笑ってくれた。ね、俺と友達になろうよ?」

「俺でよければ」

「敬語もやめよ!」

「うん!」


 コンコンと部屋がノックされ、シロが入ってくる。


「シロ、落ち着いた?」

「うん。柘榴、何回も襲っちゃってごめん」

「いえ!大丈夫です!」

「ねぇ、柘榴。シロに血をあげてほしいんだ。シロはなかなか飲める血が少なくて、食が細くてさ」

「良いですよ。俺の血で良ければ飲んでください」

 その返事に迷いはなかった。

 むしろ、血を吸われたあの快感をまた味わいたいとさえ思っていた。


「僕も柘榴と仲良くしたい。だから気軽に話そう」

 柘榴は笑顔で頷いた。その笑顔に胸がきゅんと高鳴る。


 気がつげばぎゅっと抱き寄せて、シロは柘榴と唇を重ねていた。



 ☆



「あの子、また狙われてる」

「たぶんΩだろうな。Ωの血はそれはもう美味らしいぞ」

「なら大きな獲物がかかるかもしれないね」

「やめとけよ、新人。吸血鬼は基本的に人間よりスペックが高い。なめてると痛い目をみるぞ」

『桜、心拍数と体温があがってる。大丈夫?』


 すすきが心配そうに桜に声をかける。


「この匂い、やばいな。ヒートだ。鼻を塞げ、桜」


 慌てて銀が告げるが時は既に遅し。ふらふらと桜は匂いを追いかけていた。


『銀、すぐに撤退を。強い吸血鬼が来る。たぶん俺たちじゃ太刀打ちできない』

「了解」


 少し乱暴に銀は桜を回収する。桜は完全にΩのフェロモンにあてられている。


 長い銀髪の男が赤毛の少年を連れ去っていく。


「すすき、追跡できるか?」

『やってみるよ』

「銀、離して。あの銀髪を追いかけないと!」

「お前じゃ敵わねーよ。ただ無駄死にするだけだ」

「でもあの子が」

「助けるさ。だから追跡してる。それに殺される心配はない。吸血鬼にとって“血”は食事だ。俺らの食事と何が違う?」


 銀は苦々しく笑う。浮かんだのは平和主義なあの吸血鬼の顔だ。


「吸血鬼ってのは悲しい生き物だな。なぁ、みどり」


 ☆


 善悪の基準は誰が決めるのだろう。


 構えた銃は弾丸を放ち、吸血鬼の命を奪っていく。ふうと息をつき、翡翠ひすいは弾丸をリロードした。


「まだ、生きてるぞ。確実に殺せ」


 そうしんが止めを刺す。


「……薄々は感じていたが、吸血鬼を殺すことに躊躇いがあるな?」


 厳しい視線が翡翠に向けられる。心はハンターたちを束ねているリーダーだ。一癖も二癖もあるハンターたちを束ねるのは容易なことではない。それをこなしているのだから、心はかなり優秀な人間と言えるだろう。


「迷うな。俺が正義だ。吸血鬼は全て滅ぼしてしまえ!」

「でも、女や子どもの吸血鬼やネガティブの吸血鬼まで殺す必要はあるの?」

「ある。吸血鬼は“悪”で、ハンターが“正義”だ」


 心は揺るがない。

 目の前で助けを求める吸血鬼が心に殺される。


「決めつけんな!ハンターだからって良い奴だって限らないし、吸血鬼だからって悪い奴だとは限らないんだよ!!」

「ほぅ。お前にはきついお仕置きが必要なようだな」


 ふたりは睨みあう。


「ストップ!仲間同士で喧嘩するなよ」

「βは黙ってろ!!」」

「なら俺に注意されることをするなよ、α 様」


 慣れたこととはいえ、大牙はやれやれとため息をつく。


「新作できたから、またラボに寄ってくれ。俺の用事はそれだけだ」


 大牙は吸血鬼のことを調べている研究者だ。彼が武器などを作り出している。


 夫婦喧嘩は犬も食わない。まぁ、夫婦ではないがそう変わりもしないだろう。早々に大牙は退散する。


「せっかく強い力を持っているんだ。鈍らせるなよ」


 決して心は翡翠のことが嫌いなのではない。潜在能力の高さを買い、他のハンターとは違い、そばに置いて育てている。

 迷いは隙を作る。吸血鬼を敵に回している以上、隙は致命傷に繋がる。


「お前は強くなれる。俺以上の逸材だよ」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、翡翠はやめろよと手を払った。



 ☆



「これ、飲んでも大丈夫なんです?私、死ななくても苦しいのは嫌ですよ?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら大丈夫じゃないな。吸血鬼に効く毒だからな。ま、死なないくらいに加減をしているから問題はないさ」


 らんは心底嫌そうにため息をつき、差し出された液体を飲み干す。

 これも仕事だから仕方ない。安定した食料と身の安全の保証を条件に藍は大牙に飼われている吸血鬼だった。といっても、鎖に繋がれたり、監禁されたりすることもなく、かなり自由に扱われている。加えて言うならば、大牙を殺し逃げ出すのも可能である。


「あ……身体が痺れてきましたよ」

「動けるか?」

「眠気も、すごい……抗うのは…きつい…?」


 すうと藍は眠りに落ちる。


「ま、なかなかの出来だな」


 満足そうに笑い、大牙は藍をベッドへと運んでいった。


 ☆



 唇に柔らかい感触が残っている。

 気がつけば無性に柘榴が欲しくなって、キスをしていた。

 やってしまった。いきなりそんなことをしてしまった。嫌われたに違いない。


「ホントにさ、“運命の番”かもしれないね」

「さすがにそんな偶然はないよ」

「でも、シロがここまでなるの、普通じゃ有り得ないよ」


 しょんぼりとしているシロをクロが慰める。


「キス、どうだった?」

「ドキドキした」

「幸せだった?」

「うん。嬉しかった」

「“運命の番”の話は抜きにしてさ、シロは柘榴のこと好きになったんじゃない?」

「好きに?」

「そう。まぁ自覚なさそうだけど」


 すとんとその言葉は胸に落ち、シロはかぁと顔を赤くする。


「ねぇ、どうしたら両想いになれるかな?」




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