第1話中編3

 実は、この事件をテレビのニュースでは大きく取り上げていない。


 流出したのが些細な商品売り上げデータと言うのもあって、経済ニュースや株式情報を扱うサイトでは取り上げていたのだが……。


 仮に顧客情報とか個人情報の類であれば、確実に炎上はするだろう。


(やはり、犯人はトウタクで確定なのか)


 裁判のライブ配信を視聴していたガーディアン渋谷支部支部長の男性、やはりというか何かを感じている。


「歴史VTuberを始めたのがごく最近でしたので、そこまでの情報はありませんでしたが、気になることが……」


 支部長室に入ってきたのは、先ほど来たメンバーとは別の男性。彼も渋谷支部のメンバーだった。


 トウタクの動画自体は、そこまではない。始めたばかりと言うのは、そういう事なのだろう。


 しかし、その数か月前、彼は違う動画配信者として活動をしていたのだ。


「株式投資系の配信者か。なるほど、そういう事か」


 支部長は、何か考えている様子。


 彼が株式投資系の配信者という事は、自分が購入していない株の株価を下げて市場を混乱させようという意図が見えてくる。


 しかし、VTuber事務所で株式上場している場所もあるにはあるが、今回のコンビニコラボを行う予定だった事務所は上場していない。


 そうなってくると、トウタクが犯人と確定させるには別の証拠も必要となってくるだろう。


「仕方がない。こちらも都市伝説レベルで気になっているが、あのホワイトハッカーに依頼するか」


 支部長が考えたのは、スマホに表示されたあるSNS上の噂であった。


 伝説とも言えるホワイトハッカー、レインボーブレイカーの存在である。


「しかし、そのホワイトハッカーがガーディアンの為に動くでしょうか?」


 メンバーの考えている事も分かる。


 支部長も、ガーディアンのような組織に同調して動くような存在ではない、と百も承知だ。


 それでも……彼はレインボーブレイカーに依頼するしかなかったのである。それ以上に優秀なホワイトハッカーがいない、と言うのもあるのだが。



(依頼ねぇ……)


 VRのフィールドに入った虹坂にじさか姉、その外見は忍者に軽装のSFベースのアーマーを装着した外見になっていた。


 一応、これが彼女のVR空間上のアバターと言うことらしい。それに加え、いわゆるボイチェンはしていないのも特徴か。


 今のタイミングでは、蒼影そうえいの話題は拡散されていないし、SNSの炎上を鎮圧する忍者は目撃されていない。


 一方で、この人物が後の忍者構文の忍者なのかと言われると……違うのだろう。


 彼女としては、このアバターはパワードスーツに忍者の要素を組み合わせた、と言うのかもしれない。


(依頼は抜きにしても、あのトウタクにはどう考えても裏がある。やることには変わりがない)


(ただ、それが依頼なのか……自分自身の目的なのかは、別問題だけど)


 周囲を見回しても、特に変化がある場所ではない。いわゆる現代をイメージしたメタバース空間だ。


 彼女としては、目的地がどこなのかは特定できていなかった。それを含めて、フィールドを発見するのが彼女の仕事だろう。


 それに加えて、目的のものが何なのかも分からない。


 依頼は『コンビニのビッグデータを取り戻してほしい』という事だが……彼女はその辺を見ていない可能性がある。



「さて、と。これを使いますかね」


 ふと彼女が展開したもの、それはいわゆる携帯型ゲーム機を思わせるような形状のガジェットである。


 画面にタッチしたと同時に何やらゲーム画面のような部分から、タイトルと思わしきものが表示された。


 彼女のテンションを踏まえると、これを既に何度か使用しているような気配もある。


 これが、彼女のメインとしている仕事なのだろう。


〈パルクールブレイカー〉


 かつて、平成の末期にリリースされたVRパルクール、それがパルクールブレイカーだった。


 舞台は今の令和に近い東京、SNS炎上勢力を一掃するためにプレイヤーは東京をフィールドに走るランナーとなり、炎上勢力の敵ランナーを発見し捕まえるというもの。


 プレイヤーのアバターはカスタマイズができ、やろうと思えば他の版権作品のコスプレだろうが、実在するVTuberもできてしまう。


 そういった事情もあって、サービス終了が早まったのでは……と言う説もあるが、所詮はまとめサイトが書いている事なので、信用できるソースではない。


 このゲームは、いわゆる鬼ごっこにも近いようなシステムにも見える。しかし、彼女は何故にゲームをわざわざ起動したのか?


 それには、もう一つ理由があった。このゲーム自体、実はオンラインゲームで会って家庭用でリリースされたわけではない。


 追加すると、制作予算的な理由でパルクールブレイカーはサービス終了しており、現在はプレイできる手段がなかった。



 ただ、一つの例外を除いて……。


「ブレイカーシステム、起動!」


 その声を聞いたのかどうかは知らないが、生成されたフィールドの周りにはギャラリーが集まり始めている。


 生成されたルートは、直線のみ。一方で、障害物の部類は確認できない……本当の意味で一直線のコース。


 一体、何を彼女は初めようとしているのか?


『虹の名を持つホワイトハッカー、アカシックレコードに記された真実を求めるレインボーブレイカー……』


 彼女は、まさかのワードを口にした。それを聞き、ギャラリーが急に湧き出し、口上の途中は歓声にかき消されていく。


 彼女の名は、レインボーブレイカー……。ガーディアンが白羽の矢を立てたホワイトハッカーだった。


 あくまでもレインボーブレイカーはやり方がどうであれ、ホワイトハッカーである。企業勢VTuberを悪意ある炎上で潰そうとするクラッカーとは全く異なるのだ。


 つまり、トウタクを悪意あるクラッカーと認識し、彼女は走り始めようとしていた。この直線コースを。

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