幕間 見えない見送り

 兄ちゃんが死を覚悟しているのはすぐ判った。妹としての直感だ。

 どんな表情で兄ちゃんが話してたかはわたしには見えない。どんな葛藤をして、覚悟をしているのかは、わたしは知らない。

 それでも分かる。


 声色から。言葉選びから。些細な息遣いから、話す速度から。

 見えなくても分かる。

 わたしは兄ちゃんの妹だから。

 そして理解する。

 わたしには兄ちゃんを止めることができないという事実を。


 だってわたしだったら、兄ちゃんに反対されても止まらない。兄ちゃんを生かすためには命を捧げるしかないってなったら、なにがあってもそうする。気持ちを曲げるつもりはない。

 兄ちゃんに頼まれても、変えない。

 きっと兄ちゃんもそうだ。


 わたしたち兄妹は粥を半分こにするみたいに、二人で分けあって生きてきた。

 なら、命を張るときだって一緒だ。相手のためなら少しも迷いはしない。

 だから兄ちゃんは死ぬと分かっている仕事に行くのだろう。それがわたしを生かすなら。

 その決意は崩せないと分かってしまったら、もうどうすることもできなくて。


 わたしたちは臆病者だ。

 結局一度も『生きる』とも『死ぬ』とも口にはできなかった。

 


 互いに直接的な言葉を使わずに生き死にについて話すなんていう、器用なんだか不器用なんだか分からないやり取りをしていた。

 はっきりと口にしてしまったら真実になってしまう気がして、恐ろしくて。だからちゃんと言えなかった。わたしたちは臆病者だ。


 でも、兄ちゃんは帰ってくるって言ってくれた。

 わたしが安心できるように、二度も。

 すっかり死にに行くつもりの気配は無くなっていて、兄ちゃんの声は真っ直ぐ、力強かった。


 朝が来て、冷たい空気のなか兄ちゃんを見送る。

 まだ夜明け。世界は起きていなくて、遠のいていく足音だけが鮮明に聞こえる。


「待ってるからね」


 兄ちゃんはもう生きて帰る覚悟をしているとわかっていた。妹としての直感だった。



   * * *



 二日後。

〈勇者の剣〉を手にした特殊部隊は邪族に襲われ壊滅していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る