第12話 訓練を終えて

 やしきにもどると、「遅い」とテングさんに怒られた。それから有無をいわせずに、おふろにはいらせられた。


 これからしばらく、ずっと長いあいだ、からだを洗えないだろうから、はいっておけということだ。

 おふろの温度をみると、三十度になっている。ぼくは口をとがらせた。


「まったくもう、ケチケチしちゃってさ」

そう言いながら、四十二度に設定しなおして、わかしなおした。ぼくの家では、いつもお湯は熱めだったんだ。


「アチっ」

 ぼくは思わず叫ぶ。急いで上がったけど、大やけどだ。


 シャワーがつめたい温度になるように、急いでノブをまわして、頭からあびる。シャワーの水がつめたくて、じんじんしてくるけど、きもちいい。


 すると、いきなりなんの音もなしに、ドアがあいた。そこからひょっこり、お手伝いさんの顔がでてくる。ぼくはまだ、すっぱだかで、つめたいシャワーをあびたまんまだ。


 ぼくの、まっかにやけどした背中をみて、お手伝いさんは、なにもいわずに顔をひっこめた。


 お手伝いさんは、からだだけ浴室に入ってきて、ぼくの手当てをはじめた。気をつかってくれているらしいけど、ぼくはとてもこわいっ。


 お風呂をあがって部屋にもどると、着替えがふとんの上にそろっていた。とびらのそばには、荷物がつまったリュックがおいてある。ツッチがカゴにはいって、じっとしていた。


 本当に、このやしきから出ていくんだ。


 ぼくはナーニャのせなかにおぶさって、お手伝いさんは、テングさんにおぶさって、電車まで移動した。日がくれたら、森のなかに入っていって、野宿をした。


 人間からごはんを盗むやり方を、テングさんから教わった。帰ってくると、お手伝いさんが火をたいて、スープをお湯をわかしていたところだった。

 ナーニャもちょうど、うでいっぱいに木の枝をかかえて、もどってきたところだった。


 ナーニャは、地図をリュックからひっぱりだして広げた。


「海まで、もうちょっとよ」


 ぼくは、ナーニャのとなりにこしをおろして、地図をのぞきこんだ。


「陸での生活を大事にしなくちゃ。こうやって、土のうえに眠れるのも、あと少しよ」

「もう少しって言ったって、だいぶ、いやかなりあるよ。この国ぜんぶがかいてある地図でさえ、小指いっぽんぶんくらいあるんだ」


「そんなの平気よ。人間が使っているあの乗り物。あの汽車って、けっこうはやいのよ」


「おう、乗りかたは俺にまかせとけ」

「ぼくのほうが、ぜったいくわしいよ。もし知ってる駅だったら、案内してあげる。テングさんたちの船って、どこにとめてあるの?」


「まあ、港に行けば、いっぱいあるんじゃないか?」

「『あるんじゃないか?』って、もしかして、船も盗むつもり?」


「ああ、そうだ。それがどうした」

テングさんは、あっけからんとした様子でいう。


「そんなのダメだよ。悪いと思わないの?」

「これまで、食べものをぬすんでおいて、いきなりなんだ」

「でも、食べものと船とじゃあ、ケタがちがうよ」


「なにがちがうんだ。それは、おまえが勝手に決めつけただけだろう」


そう言われたらそうなのかな?考えこんでしまう。


「そりゃそうだけどさあ。それに、できっこないよ。きっとみはりがいるにちがいないよ」


 ぼくはこれ以上、悪さをして人の道をふみ外したくなかった。


「みはりは、わたしたちが力をあわせれば、どーんと倒せるわよ」

「そんな、悪いと思わないのかい?」


テングさんは、いらだたしい気持ちをおしころすのに大変なようだ。


「こうしているあいだにも、ヤツは私たちを殺そうと、さがしまわっているんだぞ。妖怪すべてのためなんだ。」


「わかったよ。港なら、カナガワのほうに走る汽車に乗ろうか」


「というか、こんな姿の妖怪たちが、汽車にのって、さわがれないの?」


 ぼくはつるつるのはげた頭、テングさんは長くて気を付けないと突き刺さりそうな鼻、ナーニャはスタイルが良いというにはお尻が大きすぎるし手足が長すぎる。

 かろうじて、お手伝いさんの見た目が普通の女のひとだったけど、それはそれで誘拐犯みたいになっちゃってる。


「だいじょうぶよ。ちゃんと変装していくから」


 ナーニャは、からだをすっぽり隠すマントや、口ひげをだした。百円ショップで売られているような、安っぽいパーティグッズだ。


「うわ、ダサい。そんなかっこうして乗りこむなんて、笑いものだよ」

「通報されたり、ニュースになったりするよりはマシよ。写真なんか撮られたら、たまったもんじゃないわ」


 ナーニャが、これでいいのよ、とぶつぶついいながら、カバンに変装道具を、ぎゅうぎゅうつめこんだ。


ぼくたちは、その晩ぐっすりねむって、翌日にそなえた。

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