第11話 やしきとのお別れ 人間とも
やしきにはあっという間についた。それこそナーニャの笑いがおさまる前に。お手伝いさんが、首をながくして待っていた。それも首を二階まで届くくらいながくして。文字どおりながいってやつだ。ながいおかげで、おたがいに遠くからでも、よくみえる。
「おかえりなさいませ」
お手伝いさんは、おちついた声で、それでもよく通る声でそういうと、とびらをあけた。ナーニャの走る(糸で移動する)スピードは、とてもはやいから、お手伝いさんがとびらをあけたのは、ずっと遠くでだったのに、ぜんぶ開けきってしまうのとほぼ同時に、玄関のなかにすべり込んだ。
「ただいま。ありがとね」
ナーニャは、くつを適当にけちらしながら、どかどかあがっていく。ぼくも、急いであとを追いかけていった。ナーニャは、はじめてぼくをつれてきたときには、屋敷にあがっていかなかったのに。そんなぎもんを察知したのか、ナーニャが答えてくれた。
「今日は、とくに仕事がないのよ」
仕事?ぼくはまだききたいことがあったけど、ちょうどテングさんの部屋についたところだったから、また今度きこうとおもった。
「やっぱりテングさんの部屋か」
ぼくは、少しげんなりした顔でいった。ぼくをこんなカッパの姿にしたのが腹立たしかった。それに、だまっていなくなったのが、少しうしろめたくもあったのだ。
「うん。じゃあ、がんばってね」
ナーニャは、ぼくをはげますように、さわやかな笑顔で言った。それから、階段をつかわずに、糸と足を交互に使いながら、上にのぼっていった。
「また会えるかな」
「ええ、いやでも会えるわよ」
「本当に?」
「ほんとの本当。だってあなた、わたしに負けずおとらず、キテレツな見た目じゃない。つまり、『ルイトモ』ってことっ」
彼女はそういったあと、キャハハと笑った。その笑い声は、とびらがバタンッとしまるまで続いた。
彼女みたいな、おかしな見た目。そう考えれば、少しはマシな気分…かな。ナーニャはそれくらいうつくしくて、みりょくてきな妖怪だった。
ぼくは、空気を大きく吸って、それを少しため込んで、はいて、を二回くりかえした。テングさんのペースにのみこまれないようにしなきゃ。今回ばかりは、あの怖い顔にびびらないぞ。
集中ができてから、ぼくは、ボロボロの障子がさらにこわれてしまうくらい、らんぼうにあけた。
「テングさん、説明してくださいっ!ぼくの姿はいったい…」
テングさんは土下座していた。
「いやはや。このたびは、ほんっとうにすまんかった」
テングさんはまた頭をさげた。たたみにおしつけるようにしているから、とても痛そうだ。
「しかし、これには深いわけがあるんだ。きいてくれるか?」
まずい、早くもぼくのペースを乱されている。ここは強気でいかないと。
「ダメですっ。ぼくをこんな姿にしておいて、まずは話をきいてくれなんて、ムシが良すぎる!」
まずい。『ダメです』と敬語で言ってしまった。けど、まだペースをとりもどすチャンスはあるはず。
「しかし、説明してくれ、と飛びこんできたのは、おぬしだろう」
「ぐぬっ」
テングさんは、いちおう土下座しているけど、目つきはするどい。
「わかった。説明はきこう」
ぼくはきまり悪かったけど、しぶしぶそういった。
「おぬし、先ほどウグメにおそわれただろう」
「はい。ナーニャから敵の手下だって、ききました」
「そうだ。その敵の名は、アマノザコという。アマノザコは、すべての妖怪を支配しようとたくらんでいるんだ。わたし達は、それから逃げるために、こんなへき地に追いやられた。そして、もう逃げ場はない。見ただろう、あのウグメたちを。アマノザコの手が、この屋敷まで迫ろうとしている」
「なるほど、戦おうっていうんですね」
ぼくは、これまでみてきた、マンガや小説、映画を思い出していった。
「ばかもんっ。アマノザコと真っ向から戦えるわけ、ないだろう」
テングさんは、もはや土下座なんかしていない。
「え、でも、逃げられないんでしょう。まさか、集団で腹を切るってやつを…」
ぼくは歴史ものを思い出した。
「ええいっこのバカたれっ」
テングさんは地図を取りだした。この部屋の障子みたいに、ぼろぼろだ。テングさんはそのなかの海を指さした。
「ここに逃げるんだ」
「ここ?かなり遠いよ。それに、こんな姿で、船にのれるの?」
「船や汽車なんかには、こっそり忍び込めばいい。だが、ここは、人間の船がとおっておらんのだ」
「え?なんでだよ」
「ちいと、訳ありでな。人間たちには、バミューダ・トライアングルって呼ばれてて、おそれられているんだ」
船や飛行機がしずむ都市伝説のニュースを、同級生がさわいでいたのをおもいだす。テングさんは、続けて言った。
「そこで、おまえさんの力が、必要なのさ」
「ち、ちょっと待ってよ。こんな姿にしておいて、次は命を助けてくださいって?いいかげんにしてくれよ」
「ふむ、なるほど。たしかにそうだ。もちろん断ってもいいぞ。カッパのかっこうで、食べ物の好みも変わってしまったお前が、どうやって人間となじむのかは、ぎもんだがな」
「くそっ。はめやがって!さいしょから、ぼくを利用するつもりだったんだろう。だから、カッパに変身させたんだ。お前のせいだ!お前がいなかったら、ぼくはずっと、友達と、家族と、いっしょにいれたんだっ!」
「それはちがうぞ。ナーニャから聞いとらんか」
……確かに聞いたような気がしなくもない。
「おまえは、いつかはカッパになる運命だったんだ。たしかに、時期をはやめたのは、まちがいない。けれど、おまえが大人になり、からだが成長していけば、いつかは、カッパになるときがくる。からだつきがまわりとちがうことに、悩みはじめただろう」
「うそだ!」
「ほんとうだ。やり方が荒っぽかったのは、あやまる」
「でも、ここから出ていくのは嫌だ。責任をとってくれよ」
「責任は、おまえを連れていくというかたちでとる。考えてみろ。もしおまえ一人だけのときに、カッパに変化してしまったら、おまえの命はなかったんだぞ」
ぼくは、だまってうつむいた。とてもかなしくて、くやしくて、涙をこらえきれなかったのだ。ウグメにおそわれたことや、カエデの悲鳴を思いだしていた。
テングさんのことは、許せない。これからも、たぶんずっと、にくいと思う。けど、テングさんのいうことは、もっともで、何も言い返せなかった。
「おまえを、そのまま連れていくわけにはいかない。アマノザコらが、わしらの居場所をかぎつけるまで、わずかだが時間がある。訓練するぞ」
「訓練?いったい、なにをするの?」
「カッパの動きに慣れてもらう。それに、これからの旅で、必要な心得も、たたき込むぞ」
訓練は、時間がないから、テングさんに一日でつめこまれた。
ぼくは、訓練がおわると、へとへとになって、芝生にたおれこんだ。
「いいか。おまえはカッパになったから、人間だったときよりも、はやく動ける。水のなかでなら、なおさらだ。そのはやさに、身を任せることに慣れろ」
ぼくは休憩していると、草の茂みからがさり、と音がした。ぼくはおもわず身構えた。とうとう、アマノザコの手下がここまできたんだろうか?
でも、茂みから顔を出したのは、ハルキだった。
「やあ。ずいぶんな姿に、なってしまったようだね」
「ハルキ!?……ぼくが、えっと…ぼくって、わかるのかい?」
春樹は笑顔でうなずいた。
ぼくの姿は、カッパだった。面影はけっこう残っているものの、やっぱりカッパだから、わかるはずないとおもってたのに。
「君を助けにきた。サクヤとカズキも、とても心配している」
「二人とも、大丈夫?」
「ああ。でも今回は、ないしょできたんだ。安全はほしょうできないから」
「でも、きてよかったよ。さあ、いっしょに帰ろう」
ハルキの気持ちは、うれしかった。でもぼくは、くらい顔でうつむいた。
「でも、ぼくはもう、人間じゃなくなっちゃったんだ。だから、人間といっしょには、もうくらせないよ」
「そんなこと言わないでくれよ」
ハルキは、かみの毛をくしゃくしゃにして、続けて言った。
「お医者にいけば、なおるかもしれない」
「でも、もし無理だったら……この姿で人間のみんなとやっていける自信がないんだ」
ぼくは妹のカエデの、おびえた顔や、カレーをまずく感じたことを思いだして、首をふった。
妖怪のみんなとも少し仲良くなってしまった。
それから、わたさなくちゃいけないものがあることを、おもいだした。
「ちょっと待ってて」
ぼくは部屋に駆けだして、ノートを持ってきた。
「はい、狐火は観察できなかったけど、ツチノコなら」
ハルキは、目を大きく見開いた。
「これ、もしかして、ツチノコの観察日記?すごいよ」
ページをめくりなから、おどろいた声をだす。
それからハルキには何度も説得されたけど、やっぱり断った。
「ありがとう。いっしょに発表できないのは残念だけど、君の名前は、ちゃんと模造紙に書くとも」
ぼくたちは、きつくハグをした。
「さあ、はやくここから出て。君まで妖怪にされちゃあ、たまんないから」
ハルキは、何度も振りかえりながら、立ち去っていった。
しばらくの間、ぼくはそこから動くごとができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます